第891話・忘れた頃に

Side:雪乃


「酷いもんだねぇ」


 中央司令室から送られてきた伊豆大島の映像を見てリーファがため息をこぼしました。


 司令の元の世界の記録にあった天文二十一年の伊豆大島にある三原山の大噴火。こちらでも警戒していましたが、史実と同じく噴火をしました。


「北条は動いていませんね。まあこの時代ではそんなものでしょう」


 大規模噴火との記録にあるように溶岩流が確認されており、噴石噴煙もあります。ただ、伊豆大島を領有する北条は特に動きもなく、このままでは被害が甚大でしょう。


 もっとも沿岸水軍しかいない時代の離島です。領有するといえば聞こえはいいのですが、特に領有する大きな意味もなく江戸時代ですら罪人を島流しにしていたところです。


 現在では北条よりも当家の船が立ち寄ることが多い島です。このままでは噴火や噴石に火山灰の被害で、今年の冬はもとより来年以降も苦労するでしょう。


「それじゃ、行こうかね」


「離水上昇。進路、伊豆大島」


 私たちは三隻のガレオン型で本領近海にて待機しています。今回の船には私とリーファ、それとバイオロイドとロボット兵しかいません。離水上昇して低空飛行にて一気に伊豆大島を目指します。


「伊豆大島到着。着水、帆走に切り替えます」


 やはり飛行は速くていいですね。すぐに伊豆大島が目視出来るところまでくることが出来ました。ここからは帆走のみで伊豆大島にさらに接近します。


 表向きはいつもと同じ補給。とはいえここからもすでに伊豆大島から立ち昇る噴煙が見えます。


 火山の影響を避けつつ、いつもと同じように接近します。島のほうでもすぐにこちらに気付いたようで、ギリギリまで接近すると小舟を出してきました。


「水が必要でございましょうか?」


 島の代官の家臣が小舟で来ました。顔見知りの者で型通りの挨拶をしたところでこちらの目的を問うてきました。着物は火山灰のようなもので汚れており疲れた様子です。思った以上に大変そうですね。


「そのつもりでしたが、島のほうは大丈夫ですか?」


「お山があの様子なので……」


 リーファはあまり対外的な交渉などはしないので私がします。溶岩流から逃れても噴石や火山灰に火山ガスで相応の被害が出ている様子。自然には逆らえない。まして彼らには逃げる場所もない。そんな感じでしょうか。


「よろしければ島民をこの船で避難させることが出来ますが。いかがしますか?」


「避難で……ございますか?」


「いつ収まるかもわからず、これから冬が来れば困るでしょう」


 さて、私たちがここに来たのはひとつの計画のためです。島民の救助をして北条へ貸しを作ること。そしてあわよくば伊豆諸島はこちらで買い取りたいのです。


 この計画は島の代官や島民の意思、そして北条の考えや出方もあります。どこまで上手くいくかは未知数ですが、貸しを作れるだけでも損はない。


「されど、逃げても行くところが……」


「北条が受け入れてくれないのならば、織田で受け入れましょう。山が収まるまで尾張で働いてはいかがでしょうか。ここは当家の船が立ち寄る場所。山が収まればすぐにわかります」


 代官の家臣はこちらの提案に困惑していますね。災害が起きようが戦が起きようが、土地を離れると生きていけない。それ故にこの時代の人は土地にしがみつきます。


「少しお待ちくだされ。某ではお答えできませぬ」


 先に水と海産物などの補給を始めることになり、その間に代官に報告して検討するようです。前代未聞のことですからね。果たしてどのような答えを出すのか。




Side:久遠一馬


 武芸大会を終えると尾張では冬の支度に入る。新しく領地となった北美濃と東美濃には冬場は雪が降るところもある。村を維持するのに必要な人員は残さねばならないが、余剰人員は南美濃あたりで賦役をやらせることになる。


 同時に北と東美濃の領地には防寒用の稲わらと食料を運び込む必要がある。人口調査の概算がようやく出ているので、それに応じて送っている。


 一応監視は要るよなぁ。ないとは思うが、武士や寺社なんかがあとで回収して懐に入れるなんてやってもおかしくない。


「いいんじゃないかな。次の評定にて進言するか」


 それはさておき、忍び衆による野分の報告書と、ウチから進言する今後の対策についてもまとまった。


 今後の対策は災害時の行動指針を織田家で示して、紙芝居やかわら版にて領内に広めることにした。もちろん国人、土豪、寺社とそれぞれ管理者が違う土地に命令を伝える情報伝達の法と仕組みは要る。


 とはいえこの時代だと村単位で暮らしているので、村に具体的な行動指針を示さないと命令しても理解出来ないということも判明したんだ。


「そうね。根気強く指導していくしかないわ」


 メルティとも相談して、紙芝居とかわら版を先に頼んである。とはいえこの手のことは衛生指導と同じで何度も根気強く説明して教えていかないといけない。


 元の世界だと大丈夫だろうと安易に考えて避難しないで、被害に遭ってから文句を言う人がいたが、この時代でもこちらの指示に従わないで勝手に判断する人がいるだろう。


 人命優先というよりは田んぼ優先なところもある。今まではそうだったんだから仕方ない。徐々に慣れてもらわないと。


「それにしても糞尿から硝石が出来るとは思いませんでしたな」


 野分報告が終わると忘れていた報告があった。硝石丘法。そのテストの結果が出たみたい。史実で一向宗がやっていた培養法なんかは既にあると思われるが、これは欧州にもまだない技術だと思われる。一応、ウチでも実験中の技術ということにしていたので、本当に硝石が出来たと織田家の重臣ではちょっとした騒ぎになっているらしい。


 資清さんも結構驚いているようだ。


「ウチでも試していたけど、結果が出たのもちょっと前なんだよね。遥か西の国ではやっている技を参考にうちで考えたんだけどね」


 出来上がるまで四年半くらいか。ヨモギを混ぜるとか多少時間短縮の試作をしたが、結局これだけかかった。


 この時代だと硝石の値は上がることはあっても下がることはない。織田家にはウチが格安で安定的に供給しているが、最近は重臣クラス以外でも硝石の値が高いことは商人の話で聞いたりして知っていることだ。


 それが糞尿からできる。まあ夢のような技術に思えるよねぇ。ただ、生産量は加工土壌の重量に対して二%から三%。花火や日頃から鉄砲を撃たせて訓練している織田家ではそれだけで賄える量ではない。


「この技は隠さねばなりませぬなぁ」


 硝石丘法、あれって寝かせるのに時間がかかるので、駄目だったら肥料になるからと五年ほど前から継続的に硝石作りをしている。場所は最初のものは那古野郊外にあるが、あとはほとんどが知多半島にある。


 資清さんも渋い表情で考え込んでいるが、情報の秘匿には知多半島が一番だったんだよ。尾張下四郡。主に清洲や那古野などの織田弾正忠家の直轄地を中心に糞尿を集めて作っていた。


「与次郎様も頭を悩ませていたわ。どこでやるか」


 上四郡では信康さんの犬山領内にテスト名目で硝石丘がある。あそこは作るのが遅かったんで一番古いものでもまだ寝かせている途中だが。


 織田家としても硝石はいくらあっても困るものじゃない。とはいえこの技が外部に漏れると困るんだよね。むしろ織田家の利点よりは欠点に皆さん頭を悩ませていた。


 ウチが裏切るよりも、外に漏れて敵も鉄砲やら焙烙玉を使うほうが怖いと考えてくれているらしい。


「硝石の入手法はいくつかあってね。他の方法なら日ノ本の外から伝わるかもしれない」


 史実では一向宗が硝石丘法と同じような仕組みである培養法で硝石作りしていたはず。ただ史実と違うのは宣教師が未だに日ノ本に来ていないことだ。とはいえ南蛮人はごくごく少数だが日ノ本にも来ている。


 培養法はいつ伝わってもおかしくないし、もしかするともう伝わっているのかもしれない。


 オレとしてはこの技術はいつか太平の世が来たら、全国で花火をやるために使いたいんだよね。


 現状では戦のために使うことになるけど。



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