第889話・武芸大会を終えて
Side:久遠一馬
四日間の武芸大会は終わった。清洲の町はお祭り騒ぎになっていて、城では家中の主立った者と本戦出場した武士たちを招いて宴が行われていた。
「今年も勝てませんでしたな」
石舟斎さん、優勝決定後のエキシビションでジュリアに負けたことを若干嬉しそうに語っている。
毎年見ているとどんどん接戦になるのがわかる。今年はかなり白熱していてジュリアもアンドロイドの身体能力をセーブしたという条件付きではあるが、本気なようで楽しそうだった。
失礼ながら、それよりも愛洲さんとか奥平さんの驚いた顔のほうが面白かったが。
よく知らない人はだいたい同じような顔をする。女の身ではあり得ないと。まあ実際そうなのかもね。元の世界のような科学と文明が進むとジュリアがここまで楽しめる勝負は出来ないだろう。
領外からの出場者で決勝まで残ったのは愛洲さんただひとり。今年から参加した松平宗家の本多忠高さんが優勝したということもあるが、実際初出場で決勝まで残ったのはこの二人だけだ。
北畠家と松平宗家は大いに面目が立ったと思う。
「あれは久遠流の技でございましたか」
「ああ、そうだよ。まあ新介だと剣で勝負が付かない相手がいなかったからね。武芸大会であれを出させたのはアンタが初めてだよ」
そうそう愛洲さん、何故かジュリアと先ほどから話している。自分からお酒を注ぎに行って話を始めたんだ。石舟斎さんとの勝負が相当な衝撃だったらしい。
武術や体術もこの時代だってある。とはいえギャラクシー・オブ・プラネットの接近戦闘術は、長い歴史の上にある元の世界の接近戦闘術を基本として宇宙空間や地上など様々な環境に適応するようにジュリアたちが考えたものだ。
久遠流。ジュリアが勝手に名乗った流派だけど、久遠流はそれをこの時代に合わせたものになる。どうも愛洲さん、実戦経験が乏しいようで少しばかり不利だったようだ。
武芸の素人のオレに言わせてもらえば、この大会は愛洲さんや奥平さんや真柄さんにとってはアウェーになる。しかも義統さんや信秀さんを筆頭に万を超えるような観客の見ている前でだ。
元の世界のプロスポーツですらホーム&アウェーのアドバンテージはあった。この時代では領国が違えば外国のようなもの。実質初めて行く外国でルールも知らない大会に飛び入りで出たようなものだ。あれほどの実力を出せただけでも凄いと思う。
あと人気なのは塚原さんか。多くの人がお酒を注ぎに行って話を聞いている。他にも出場者同士で互いの技について話したり、優勝者について話して盛り上がっている。
第五回、節目と言うのは少し早いけど、武芸大会は織田家にとって欠かせないものになったことがなにより嬉しい。立身出世、名声、腕試し。目的はなんでもいい。奪い、殺し合うことから変わっていくのなら。
またみんなで来年に向けて考えていこう。もう、オレが言わなくてもみんな考えてくれるだろうけどね。
Side:真柄直隆
「面白かったな!」
遥々尾張まで来て良かった。世の中にはあんなに強い奴らがいることがわかったんだからな。
「若、それもいいですけど、もう少し急いでください。雪が積もれば帰れなくなりますよ」
武芸大会の翌日、オレは世話になった久遠殿らに礼を言って帰路に就いた。本音を言えばもう少しいて武芸でも習いたかったが、越前はそろそろ雪が降る。オレはいいが、先を急がせる家臣らを春まで帰さないわけにいかねえ。
「尾張は雪もたまにしか降らないらしいな。羨ましい限りだ」
越前は雪深い。冬は何処にも行けなくなる。それと比べるわけでもねえが、尾張は雪そのものがたまにしか降らないんだと。冬にも賦役をやっているって聞くじゃねえか。
清洲は随分と栄えてやがるし、朝倉は大丈夫なのかねぇ。
主から国を乗っ取った謀叛人。斯波からするとそのことに変わりはねえ。一乗谷の奴らは斯波など傀儡だと言っていたと聞いたが、そこまで軽んじられているようにオレには見えなかったがね。
まあいいか。朝倉に義理はあるが、義理以上の関わりはねえ。あとは宗滴のじじいが考えるだろうさ。いずれにせよオレが進言しても誰も聞かねえからな。
「若、土産まで貰って良かったのでございますか?」
「突き返すわけにもいかねえだろ? まあ親父は大丈夫だ。小言を言われるだろうがな」
久遠殿からは酒を土産にと頂いた。家臣は案じているが、今や越前でも名が知れる久遠と誼が出来たんだ。朝倉家の手前、表立って褒めることは難しくても怒ることはないさ。
春まで大人しくして、また来てみたい。それまでは少し武芸の鍛練を真面目にやるか。力で叩き潰すだけじゃ勝てない相手が見つかったんだ。
願わくは、戦場じゃねえところでまた会いたいもんだな。
Side:奥平定国
「まことに
武芸大会の翌日、平手様に改めて問うてみた。わしが困っておることを察してのことであろうが、しばらく尾張の者に武芸を教えてくれぬかと頼まれたことだ。
正直、わしが負けた後は驚くばかりであった。多くの強者が己の武を競っておった。特に剣の最後は凄まじかった。わしが手も足も出なかった柳生殿が、防戦一方になるほどの男が伊勢から来ておったのだからな。
さらに今巴の方様。女の身にして柳生殿を相手に一歩も退かぬどころか、押しておった力量には信じられぬとさえ思った。されど柳生殿が手加減をしておらぬことは見る者が見ればわかる。
東三河では敵なしなどと言われて少し驕っておった己が恥ずかしいとさえ思った。
「あのふたりに並ぶ者は尾張でもそうおらん。それとそなたは知らぬであろうが、尾張では学校というところで子らに武芸を教えることもしておる。腕の立つものはまだまだ足りておらぬ」
情けはありがたいが、あの者らと比べるとお役に立てる自信があまりなかった。ところが平手様のお考えはわしの浅はかなものを超えておった。
「無論、無理にとは言わぬ。されどあまり上手くいっておらぬのであろう?」
「はっ、腕の立つ四男という立場は邪魔なようでございます」
「わからんでもないがの。それが東三河の現状を物語っておる。そなたのこと、悪いようにはせぬ。そろそろ独り立ちを考えてもよかろう。我が殿は三河守。三河生まれのそなたが従ったとておかしなことはあるまい」
独り立ちか。確かにわしにとっては最初で最後の機会かもしれぬな。いずれにせよ帰って褒められることなどあるまい。案じておるであろうひとつ年上の兄には尾張で世話になると文を送ろう。
武芸大会で一番となれば二度と戻らぬかもしれぬとも考えて、せめてまともな刀をと奥方の父の形見を持たせてくれたのだろうからな。
「はっ、よろしくお願いいたしまする」
「うむ、疎んでおった者らを見返してやれ」
情けか、まことに人が足らぬのか。情けであろうな。とはいえ恩を返すためにも、わしが己の力で生きるためにも、今は甘えることにいたそう。
強くなり立身出世をしたい。平手様に恩を返して、ひとつ上の兄を尾張に呼べるようになるくらいには。
わしも負けぬ。腕を磨いて来年こそは必ずや……。
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