第887話・第五回武芸大会・その八

Side:久遠一馬


 最終日、領民参加種目から優勝者が決まる。工芸品部門の人気投票も開票が始まっている頃だろう。もちろん主上や公家衆の和歌は選考対象外だが。


 徒競走なんかの優勝者は毎年どこかの家中で召し抱えられている。足の速い人は伝令とかで使えるからね。


 番狂わせと言えば失礼だろうが、史実の本多忠勝の父である本多忠高さんが馬上槍部門で優勝した。僅差の接戦ではあったが見事な結果だ。ここのところいいところがなかった松平宗家の人たちも喜んでいるみたい。


 流石は本多忠勝の父か。史実の本多忠勝の伝承は多少誇張されたものに思えるけど、強かったのは事実だろうね。


 連日運営本陣で働く松平広忠さんも嬉しかったんだろう。控えめながら笑みを見せていた。


 弓部門は大島新八郎光義さんとウチの太田さんのほぼ独擅場だった。年々出場者は増えているとはいえ、大島さんとか太田さんも鍛練に余念がないからなぁ。


「うおお!!」


 弓の決勝はギリギリの戦いが続いた。太田さんは最後の一射で吠えた。普段はそこまで熱い人じゃないんだけどね。見事最後の一射で大島さんを超えて初優勝をしたからだ。


 今ではウチの重臣として文官仕事が多い。太田さんが書いた関東や久遠諸島や畿内の道中記はオレも読む。他人視点で書かれたそれらは、なんか自分のこととは思えないほどの出来栄えだ。


 最近では地元のお坊さんや隠居した武士たちを使って、地元尾張の郷土史や大内義隆さんの一代記の執筆の手伝いもしている。


 信秀さんも太田さんの働きを大いに気に入ったようで、今では織田家からの禄も出ているほど。織田家から見ると太田さんは陪臣だ。本来ならばウチを通して褒美なり禄を与えることになるが、そもそもウチでは家臣の郎党などにもウチから直接褒美や禄を出しているからね。信秀さんも最近では出すことがある。無論、事前に直接の主君に打診した後でだが。


 そんな太田さんだが、それでも武芸の鍛練はしている。武士としてのこだわりなんだろうね。


「勝てば喜び、負ければ相手を称えて次は勝つべく鍛練に励む。織田が強いわけでございますな。思えば某は、そのようなことをさせることも出来なかった。家中で恨みや諍いを起こさず競わせるとは……」


 最終日となり、ようやく馴染んだのか話が出来るようになった松平広忠さん。太田さんと大島さんが互いに相手の健闘を称える姿を少し羨ましげに見つつそんな言葉をこぼした。


 大島さんって武闘派だけど、意外に機を見るのが得意な人なんだよね。三河本證寺との戦ではウチの陣から弓で相手の弓を射る者たちを多く討ち取って武功を挙げた。その後もウチと交流があり、関ケ原での浅井との戦でもジュリア率いる本隊の下で活躍した。


 ただ、織田家の武闘派が広忠さんの言うように見えるのって、ジュリアとセレスの影響なんだと思う。面倒見が良くて武闘派の気持ちをちゃんと汲んで動いてくれる。


 文治政治に移行しつつあることもみんな知っているし、鉄砲や金色砲が今後の戦の主力になることもみんな知っている。でもね。武芸がなくなることはないし、接近戦闘がなくなることもない。


 彼らに生きる道を見せてやれるのは本当に大きいと思う。大内家の最期を思うと特にね。


 オレ自身は文治派というか文官衆と近いが、ふたりやすずとチェリーにウルザとヒルザのおかげで武闘派ともよく話す。家臣のみんなとか重臣の皆さんにも常々言っているけどね。喧嘩をしてもいいんだ。刀を抜かずに本音をぶつけるのならば。


 そういう意見に賛同してくれるのは武闘派が多い。文治派は冷静に話せるからいいんだけど、それが出来ない人がいるのも理解している。織田家の中で大きな派閥の対立がないのはウチが調整しているからでもある。


「久遠殿の目に見えぬ功だな。わしには松平殿の言うことがようわかる。家臣と言うても勝手をする者ばかりだ。皆がひとつとなっておることは信じられぬとさえ思う」



 少し落ち込む広忠さんに、斎藤義龍さんが仕方ないと言いたげな様子で声を掛けた。まあ斎藤家というか美濃はね。三河とは違うがいろいろ大変だったから。


「斎藤殿……」


「わしの周りにはな。父上を嫌う者ばかり集まっておってな。このままでは廃嫡にされるぞ。殺されるぞ。そんなことを囁く者ばかりだった。家中でこのようなことをしようものなら恨みが残り、家柄の良き者らは下の者らを脅したであろう。出来るものではない」


 理想と現実。広忠さんも義龍さんも共に家をまとめて守ろうとした。でも出来なかったことが多い。それが悔しいのだろう。


「父上がまことに廃嫡を考えていたのかは知らぬ。されどな、わしがこうして己が力で家の役に立っておる今はそのような話など出ておらぬ。結局、己の力が足りぬだけだったのだからな。恥ずかしい限りだ」


 他家に臣従する。ふたりの会話で簡単なことじゃないんだなと改めて思う。


 それでもね。生きていれば先はある。頑張ってほしい。みんなで力を合わせないと次の世の中は遠いんだから。




Side:柳生宗厳


 武芸大会か。面白きことをお考えになったものだ。


 本来、武芸の手合わせにおいて他の流派の者らと幾度も手合わせをするということは多くない。真剣であれば命を失うことも珍しくなく、またそうでなくとも幾度となく手合わせをする機会そのものがないのだ。


 互いに命を懸けて勝負をしてこそ武芸者の本来の姿と言う者もおる。されど、こうして幾度も手合わせをして高みを目指すというのも悪くない。そう思う。


「次の相手、気を引き締めることです」


 最後の試合前。お忙しいはずのセレス様が激励に来てくださった。案じてくれておることが嬉しく思う。これまでの相手と格が違う相手であることはわしにもわかる。


「思えば、お方様をお見かけしたことが始まりでございましたな」


 父上が筒井に敗れ臣従することが面白くなかった。今思えばわしも若かったのであろうな。流浪の旅に出た。武芸者となり諸国を巡り、桑名で多少の銭を得るべく戦に参陣するつもりであったが、肝心の戦が起きずに桑名を追い出された。


 西か東か。黒い南蛮船があるという尾張に行って見てみようと津島に来たところで、セレス様をお見かけした。女の身で男どもを軽々と叩きのめしていく技に、思わず弟子入りを志願したのだ。


「あれから四年ですか。懐かしいですね。そろそろ新介殿も鹿島新當流の免許皆伝が近いと塚原殿が申していましたよ。多くの者と立ちあったのが貴方の強み。自信を持ちなさい」


 柳生の里で旅の途中で訪れた師から富田流を学んだ。己で流浪の旅に出てから念流を少し学び、尾張では久遠流と鹿島新當流を学んでおる。


 未だに塚原殿とジュリア様とセレス様には勝てぬ。それが悔しくもあるが、それもまた面白いと近頃は思える。わしはもっと強くなれると思えればこそ。


「はっ、必ずや勝ってご覧にいれましょう」


 わしには夢がある。いずれ太平の世が来たら、多くの者に武芸を広めたいのだ。


 遠くないうちに乱世は終わる。我らが終わらせるのだ。さすれば武芸もまた新たな世で生きる道を見つけねばなるまい。心身を鍛え戦に備える。それは当然として武芸の素晴らしさや面白さも多くの者に教えたいのだ。


 武芸者もまた太平の世で飢えずに生きられる。わしはそれを示したい。


 出来るはずだ。わしは久遠家家臣なのだからな。殿やお方様がたのように皆に新たな世を見せるのだ。


 そのためにも、愛洲殿とのこの勝負。負けられぬ。


「柳生殿、刻限でございます」


「心得た。では行って参ります」


 さあ、試合だ。セレス様に深々と頭を下げて試合場にと向かう。


 久々に胸が躍るほどの強者だ。我が剣をどう受け止め何処まで通じるのか試してくれようぞ。



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