第886話・第五回武芸大会・その七

Side:久遠一馬


 奥平さん負けちゃった。石舟斎さん強いよ。あんなに強いんだね。鍛練とか試合は何度も見たことがあるけど、こうして歴史に名が残る人を一方的なほどの試合で勝つと改めて実感する。


 途中でなんかふたりが話をしていたのが気になったけど、終わった後の満足そうな奥平さんの顔で良かったのかなと思う。あえてなにを話したのかは聞かなかった。


 ああ、奥平さんはしばらく政秀さんの屋敷に滞在するそうだ。政秀さんが若い衆に剣を教えてくれないかと誘ったらしい。当面は客人として残るんだって。


 真柄さんは武芸大会終了までウチにいるらしい。さすがにこちらは帰ると思うけど。実家も嫡男だから心配しているだろうしね。


 さて、白熱した武芸大会も今日で最終日だ。熱田神社の主上の和歌は今年も大人気だ。千秋さんは休む暇もないほど大忙しなようで大変だが嬉しそうだと、昨日顔を出したシンディが言っていた。


 津島神社ではメルティを筆頭に書画の展示をしていてこちらも人気だ。今年はウチの本領となっている島の風景を慶次が描いた絵を出したようで、それが人気だとか。彼はいったい何処を目指しているんだろうか?


 蟹江は工芸品の展示をしている。熱田が和歌で手一杯なので今年はそうなった。大内関連の職人が出品したものや、昨年に続き馬車の試乗をしていて、こちらも連日行列が出来ているんだとか。


 今年は近江や南伊勢からの観光客が多いらしい。南伊勢は船に乗るとすぐだし、具教さんが家臣を大会に出場させているからね。彼らの応援も来ている。近江からはそこそこ裕福な武士や商人が来ているみたい。


 単純に武芸大会を見物したい人も多いようだ。守護とか一国の国主クラスになると著名な武芸者を呼んで見られるが、あとはそうそう見られるものじゃない。


 経済効果大きいよなぁ。織田家の持ち出しも相応にあるが、領外から来る人の関所の税と経済効果が大きくて気にならないと思う。他国から来た商人や武士は、野分が来たばかりなのにこんなに人を集めて祭りをすることが凄いと驚いているんだとか。湊屋さんが教えてくれた。


 無論、この期間はその分だけ悪銭や鐚銭が集まるが、領内の商人や寺社には個人相手には価値を落とさず受け取るようにと命じている。悪銭や鐚銭はあとで織田家が回収してウチが同額の良銭と交換する予定だ。回収したものは島に運んで工作艦で鋳造しなおす。


 信秀さんからはウチが損をしないかと少し心配されたが、許容範囲内だと説明している。経済効果や貨幣価値による利益など、ちゃんと説明しているんだよ。すべて理解しているかはわからないが、大筋は理解出来ているみたい。


 多少は悪銭を持ち込んで良銭に交換する目的の商人もいるが、行商人レベルだとこの時期は見逃している。大商人辺りだと拒否しているけどね。


 堺だけじゃない。この時代のモラルなんてそんなもんだ。


 みんなが楽しんで織田領が一体化するなら現状がベストとは言わないが、ベターだろう。




Side:愛洲宗通


 北畠の若様がわざわざ我が家を訪ねて参られた時は、あまり気が進まなかったのが本音だ。父上を知る者らからは未だに未熟者だと言われる。大勢の者が見物する場で己の技を披露するなど考えられなかった。


 ただ、北畠の若様には武芸の手ほどきをしたことが幾度かある。武芸者の心をおわかりになるお方だ。『面白い者らがおる。強い者らもな。会ってみたくないか?』そんな言葉に興味を惹かれた。


 尾張に来て驚いたのは賑わいだ。大湊よりも更に賑わう町と多くの人。噂は聞いておったが、己の目で見てみると驚きであったな。父上は諸国を渡り歩き己の武芸を磨いたという。少し父上の見た広い世の中がわかった気がした。


「柳生殿か」


 尾張で一番強いとも二番目に強いとも言われる男。嘘か真か女に勝てんと聞いてからは興味が持てなかったが、実際に見て驚いた。北畠の若様が強いと言うのも当然だ。わしが知る男では一番強かろう。父上が教えた兄弟子たちよりも確実に強い。


「あの女は何者だ?」


 この日、最後の相手である柳生殿との試合のために武芸大会の場に向かうと多くの兵を引き連れた銀髪の女を見かけた。一目でわかった。強いと。所作立ち居振る舞いがまったく違う。


「ああ、氷雨の方様でございますよ。久遠様の奥方様のおひとりで。いかがされましたか?」


 案内役として付いておる者に問うたが、その答えに驚かされる。


「あの者が今巴殿ではないのか? あの者も相当な使い手であろう」


「流石は北畠様が御推挙された愛洲様だ。お目が高い。氷雨の方様は尾張では今巴の方様と双璧をなすと言われるお方。武芸大会にはお出にならないので尾張でも知らぬ者も多うございますが」


「どちらが強いのだ?」


「さあ、手合わせはしておると聞き及びますが、本気で立ちあった姿は見たことがありませぬので」


 まだ二十歳そこそこの小娘と言えば無礼になるのであろうな。とはいえ向こうもわしに気付いたようだ。軽く一礼して通り過ぎた。


「かの塚原卜伝殿が女に負けたというのも、満更嘘ではないらしいな」


 兄弟子たちは年老いて衰えたのだと笑っておったな。晩節を汚した塚原卜伝殿は父上には遠く及ばぬと誇らしげに語っておったが。


「ええ、あれは凄まじいものでございました。もっとも負けたというのが正しいのか某にはわかりませぬが」


「手合わせを見たのか?」


「はい。驚きました。尾張でも己の武芸に自信のある者らを倒し、柳生殿ですら手も足も出ませんでした。そんな塚原様が自ら指名しての手合わせでございました」


 まさか噂の手合わせを見た者から話を聞けるとは。あの柳生殿を軽くいなしただと?


「お二方の手合わせは某を含めてよくわからぬものでございました。自ら攻められた塚原様の太刀をかわした今巴の方様に、塚原様が負けを認めて終えたのでございます」


 ふむ、もともと勝敗など当人同士がわかればよいものだ。とはいえ気になる話だな。眉唾物とまでは言わぬが、塚原卜伝殿は何を見て何に負けたというのだ?


「気を引き締めてかからねばなるまいな」


 次の試合に勝てば、噂の今巴殿と手合わせが出来るという。織田の名を上げるための余興かと思うたが、よくよく聞くと今巴殿はあまり乗り気でないものを周りが勧めて出したというではないか。


 強き者が認められぬのが我慢ならなかったというのはわかる。ということは……。


「次お勝ちになられると今巴の方様と手合わせ出来ますね。いかがされるのです?」


「無論、お願い致すつもりだ」


 面白い。己の弱さを棚に上げて父上のことばかり口にする兄弟子たちに少々嫌気がさしておったのが本音だ。まさか近隣にこのような強き者らがおるとは思わなんだ。


 勝ちたい。心底そう思うたのは初めてかもしれぬ。柳生殿に勝って、塚原殿に負けを認めさせた今巴殿と本気で立ちあいたい。


 北畠の若様には礼を言わねばなるまい。これほどの面白きことをおしえてくれたのだからな。




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