第885話・第五回武芸大会・その六

Side:ジュリア


 今年はアタシも貴賓席で見物している。優勝者とは手合わせをすることになっているし、武芸指南役としての役目もある。同じ席にはエルとお清もいるけどね。あとは塚原先生や北畠殿もいる。


 盛り上がったのは真柄殿の試合だ。この時代、体格がよく武芸が得意な男は華があると好まれる。そんな真柄殿があっさりと負けたからだろう。


「左中将殿、とんでもない男を連れてきたねぇ」


 体格がよく鍛えてもいるけど、ちょっとばかり若いからね。しかし愛洲宗通殿か。


「ひとりくらいは本戦に出したくてな。なんとか誘いを受けてもらった」


 北畠殿はご機嫌だね。本当は自分が出たいんだろうが、許しが出ないだろうしね。それに北畠家は織田と協調どころか、それより一歩踏み込むつもりだ。ここらで力と名を示したいんだろうね。相変わらず油断も隙もない。


「優勝もあり得るね。新介でも勝てるかどうか」


 ここ数年で新介も腕を上げた。尾張では敵知らずと言われるほどに。それでも愛洲殿がまだ剣の腕は僅かに上か。


「ほう、新介を止める者が現れたか」


「面白いのう」


 大殿と守護様は北畠家の推挙した男が勝つかもしれないというのに楽しそうだ。家の威信がと考えないところが凄いね。尾張でも負けたら家名に傷がと考える連中がいるのに。


「勝機はどちらにもあろう。勝負は五分とみる。新介殿は己より強い相手とよく手合わせをしておる。愛洲殿にはそのような相手がおるのかの?」


 さすが先生だね。新介の勝機をすでに見抜いているよ。愛洲殿は強いよ。武芸として見ても実戦として見ても。でもね、少しばかり強すぎる。


「相手か? さすがにおらぬかもしれぬな」


「わしくらいの歳になると体も衰え、若い者との鍛練でも得るものが多い。されど愛洲殿は今が一番良い時であろう。そういう頃は手合わせの相手にも苦労するものじゃよ。わしが旅に出たのは、それもある」


 北畠殿がハッとした様子で考え込んでいる。己で教えた弟子や兄弟弟子では動きも太刀筋もわかるからね。アタシだって新介たちやセレスたちとやることで修練を重ねているんだ。新介にも付け入る隙はあるはず。


「終わったらアタシも手合わせを願いたいね」


 優勝してくるとアタシがエキシビションとして相手をすることになるけど、愛洲殿は望むかね? 駄目なら終わったら手合わせを頼むとするか。陰流、直に手合わせをしてみたいよ。


 歴史と技術の積み重ねた戦闘術ならアタシにはある。鹿島新當流も習った。でもね。この乱世で生み出された陰流にも興味がある。


 史実の愛洲宗通は確か後年になって佐竹家に仕官したはず。師としてしばらく尾張にいてくれないものか。あとで北畠殿に頼んでみようかね。




Side:奥平定国


 仏の弾正忠か。ふとそんな名を思い出す。尾張の殿様は敵方の民にまで情けをおかけになる。以前に旅の僧がそんな話を教えてくれたのだ。


 東三河の者らはそれを聞き、疑っておったという。まあ隣国の者が褒められて嬉しいはずもあるまい。それに今川にしろ三河者にしろ、尾張者といえば今でも遠江で大敗したことを持ち出す。


 数年前の本證寺の一件も、あれは今川のおかげで勝ったのだと語る者がおるくらいだ。実情がどうかはわしも知らぬ。とはいえこの武芸大会には、三河ではお目に掛かれぬような強い者が幾人もおるように見えるのはわかる。


 平手様の情けのおかげで飯を食って体に力が入る。わしの三回戦の相手は……。


「お願い致します」


 現れた男に見物人らがどっと沸いた。久遠家家臣、柳生新介。武芸大会の剣での試合で連覇しておる男だ。まさか三回戦でぶつかるとはな。やはりわしは運がないらしい。


 柳生殿の一回戦と二回戦は見たが、相手との力量の差があり実力はわからなかった。とはいえ格が違うのはわかる。


 負けられぬ。一族にも疎まれるわしには、どのみち帰るところなどないのだ。木刀を構えて気合を入れる。


「ハアアッ!」


 こちらから攻める。相手の力量も技もわからぬのだ。待ちは危うい。


 攻める。攻める。攻める。


 あっ当たらぬだと? いや柳生殿の木刀には当たるのだ。身のこなしと木刀で軽くいなされておるだと!?


 これほど差があるのか? 剣術だけは誰よりも鍛練をしたのだぞ! わしにはこれしかないのだぞ!!


「奥平殿、少し落ち着かれよ。心が乱れておる。せっかくの剣が台無しだ」


 焦り、恐怖。さまざまなものがわしの心を駆け巡るが、それを止めたのは柳生殿だった。


「柳生殿……」


「気持ちはわかる。わしも縁あって久遠家に仕えておるが、流浪の旅をしておったのだ。されどな、今はこの勝負だけを考えられよ」


「……かたじけない」


 ああ、なんと情け深い武士だ。心の乱れをついて勝ってもよいというのに。わしなら同じことが出来たか? 出来ぬであろうな。己の地位と名声を守りたいと考えるはずだ。


 息を整えて、仕切り直して改めて勝負をする。


「尾張者は情け深いな」


「情けは人のためならず……、我が殿がそう仰せであったな」


 わしの動きはすでに見られた。こちらが不利なことに変わりはない。されど後悔はない。


 ふと気付くと世話になっておる平手家の下男らの姿が見えた。今朝も笑顔で送り出してくれてわしを応援すると言うてくれた者らだ。


 涙が出そうになる。敵方の武芸者にここまでしてくれるとは……。


「なるほど、それが尾張の強さか。……参る」


 わしは用兵などわからぬし、戦を差配したこともない。されどわかる。今川では織田には勝てまい。


 尾張に来てそれがわかっただけでも良かったではないか。


 心を落ち着かせて柳生殿に打ち込む。やはりかわされ、いなされる。


 ああ、強いな。本当に強い。これほど強い男に会ったのは初めてだ。楽しい。そう思うてしまったのは己の未熟さからか?


「勝負あり! 勝者、柳生新介!」


 柳生殿はわしとどっと沸いた民に一礼するとこの場を後にした。結局、一太刀もまともに入れることが叶わなかった。


 必ず勝ってこいと送り出してくれたひとつ上の兄に申し訳ない。されど後悔はしておらぬ。


 まだまだこの世には強い者がおる。わしはもっと強くなりたい。いつか柳生殿に勝てるように。




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