第883話・武芸大会の夜
Side:久遠一馬
ウチに帰ると屋敷では、外にも賑やかな声が聞こえるほどの宴会になっていた。
「ただいま。賑やかだね」
ウチの家臣や忍び衆の武芸大会出場者を中心に宴会をしているみたいだ。これは毎年あることなんで驚きはない。驚いたのはひと際大柄なこの人。
「某、越前は真柄の国人、真柄十郎左衛門直隆と申しまする」
豪快な大声で笑っていたが、オレが姿を見せるとさっと態度を改めて挨拶をしてくれた。真柄直隆さん。なんでウチにいるの?
「いや、某が手合わせを求められましてな。とはいえ役目の最中。断るうちにこのようなことに」
説明をしてくれたのは慶次だった。会場警備の最中に手合わせを求められたものの、ひとりに応じると次から次へと手合わせしてほしいという人が現れるから断っているんだよね。慶次は。
そんな話をしているうちにすずも含めて三人で意気投合したようで、何故か一緒に警備を手伝いそのままウチに来ちゃったらしい。
慶次に関しては毎年武芸大会に参加しないかと誘っているし、信秀さんとか信長さんも誘ったことがあるほどだが未だに出たことがない。本人いわく見回りをしつつ祭り見物をしているほうが楽しいらしい。
信長さんはへそ曲がりだなと笑っていたが。
頼んだ仕事はきちんとするし、頼まれていない仕事も興味があるとしている。エルたちからいろいろと学んで成長していることもあり、出世させてもいいんだけど本人が望んでないのがね。
「そうでしたか。ではどうぞ泊まっていってください」
「おおっ、それは助かりまする。昨夜まで寺で野宿しておりましてな。そろそろ朝方寒うございました」
類は友を呼ぶというわけではないが、変わった人を連れてきたなぁ。しかも野宿していたのか。この時期は寒いことと焚き火も危ないからと、なるべく野宿しなくていいように寺で泊めたりゲルを臨時の宿泊所にしているのに。
「ちょっと鍛錬にいくと出てきたそうだよ。誰かさんたちと同じだねぇ」
呆れたような笑みを浮かべたジュリアが真柄さんのことを教えてくれた。ああ、すずとチェリーか。あのふたりも修業に行くと勝手に出かけて騒動を起こした。
銭は手元にあった分を持ってきたらしいが、足りなかったらしい。途中で顔見知りの商人と出会ったようで、用心棒のようなことをしてたどり着いたらしい。
今頃、真柄の家では探しているだろうな。まさか尾張まで来ているとは思うまい。
ちなみにお供の家臣さんたちは、申し訳なさげにしつつ寒くない場所で眠れることを心底喜んでいる。
「近頃尾張の噂をよう聞きましてな。宗滴のじじ……いえ、宗滴様も来ていたということで是非一度見てみたいと思った所存」
今、宗滴のじじいって言わなかった? すずとチェリーが聞き逃さなかったようで爆笑しているよ。そう言えばこの人、歴史に残らぬあだ名があった。真柄の悪童。越前ではそう呼ばれているらしい。
何度か宗滴さんに叱られたこともあるそうだ。どうやったら国人の倅が宗滴さんと会って叱られるんだ? 困った悪ガキだと可愛がられているようでもあるけど。
ウチの家って、何故かこういう戦闘民族が集まるんだよなぁ。具教さんとか菊丸さんとか。
「越前は宗滴様がすべてだ。朝倉家の地位も功もすべてあのお方の賜物。にもかかわらずいつまでも隠居すらさせぬ愚か者ばかりだ」
そのまま一緒に酒を飲みながら旅の話や越前の話をしてくれた。どうも酒代のつもりらしい。
「あのような人、そうそういませんよね」
途中で朝倉家への不満が口から出たことには驚いた。他の同年代の人は完全に隠居するか亡くなっているのに、未だに戦とあれば出ていく宗滴さん。本人も望んでいるんだろうが、周りも相当な問題があるらしいね。
実際、朝倉家の命運は宗滴さん次第なんだよね。年老いた功労者を隠居もさせない朝倉家に不満をぶちまける真柄さん。なかなかいい人らしい。出世しそうにもないけど。
Side:奥平定国
手元の銭を勘定する。随分減った銭を見てため息が出る。これは厳しいな。旅籠に泊まるどころか帰りの関所を通る税も足りぬ。
ひとつ上の兄が出がけに困ったら売れと寄越してくれた刀があるが、これは兄の奥方の父の形見。そうそう売ってよいものではない。
謝礼も払えぬのでは寺社にも泊まれぬな。今日はどこで夜を明かすか。
ひとつ上の兄上は違うが、ほかの上ふたりの兄からは疎まれておる。分を弁えぬ愚か者。そう罵られることも慣れた。弟よりも弱いと幼い頃から家臣らに言われたことがよほど面白くなかったらしい。
武士に必要なのは家柄と血筋、そしていかに早く生まれるかだ。立身出世をしたいわけではない。人並みに武芸で暮らしたいだけなのだ。わしにはそれすら許されぬ。
「その方は確か……」
清洲はどこの寺も人で溢れておる。皆、武芸大会を見に来た者だ。謝礼の銭も出せぬのでは寺にも行けぬ。何処か人目につかぬところで夜を明かそうかと思うておると、身分の高い武士と出くわす。
「どうだ? わしの家に来るか? わしは平手五郎左衛門政秀。怪しい者ではない」
すっと道を譲るが、その者はわしを知っておるようで立ち止まり、しばし見てくると思わぬことを口にされた。
平手……、織田の筆頭家老ではないか。
「某は……」
「よい、これもなにかの縁よ」
武芸大会に出る際に素性は隠しておらぬ。家は今川方だ。もしや出場も出来ぬかと思うたが、特になにか言われることもなく出場を許された。
平手様ほどになればわしを知っておってもおかしゅうないが、泊まる銭にも事欠くことを見抜かれるとはな。
如何にすべきか迷うたが、厚意を無下にすることも憚られ勧められるままに平手様の屋敷に泊まることになった。
「三河で敵知らずというその腕前、苦労もあろうな」
「はっ、恐れ入りまする」
軒先を貸してくれるだけでもありがたいというのに、飯と酒まで出してくれた。涙が出そうになる。まともな飯など数日ぶりだ。酒などいつ以来であろうか?
「三河に戻るまでここに泊まるといい。わしは多忙ゆえ顔を見せられぬ時があるがな」
「某は……なにをすればよいのでございましょう?」
これほど人に優しくされたのは久方ぶりだ。とはいえ相手は織田の重鎮。なにか狙いがあるとみるべきか。一宿一飯の恩。決して軽くはない。
「ふふふ、そう思うか。まあそうであろうな。そんな世だ。じゃがの、特に思うところがあってその方に声をかけたわけではない。そうじゃの、武芸大会にて殿や皆を楽しませてくれればよい。無論、手心など一切不要じゃぞ」
良くて負けろと言われる覚悟はあった。今川方のわしが勝てば織田は面目を失うのではないかとな。もしかすると織田に内通しろと言われるかとさえ思うた。
平手様はそんなわしを見て穏やかな笑みを浮かべておられる。
兄たちに疎まれ、戦場に出ても首を取ることすら許されぬわしに何故これほどしてくれるというのか。
わからぬ。わしにはわからぬ。
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