第881話・第五回武芸大会・その三

Side:久遠一馬


 会場がどっと沸いた。何事かと思い見てみると、身長の高い大男が見たことがないほどの大太刀を振り回してアピールをしている。


「あの人、リーファや新九郎殿より大きいか?」


真柄まがら十郎左衛門直隆なおたか殿でございます。越前は真柄荘の国人とのこと」


 知らない人だ。何処の人かと思っていたら、資清さんが教えてくれた。ああ、姉川の戦いで単身にて徳川の陣に突撃していった豪傑か! 嘘か本当か、十二段の陣の八段まで破ったとか。


「朝倉の家臣がなんでいるの?」


 宗滴さんとは手紙のやり取りがあるが、人を寄越すとか聞いてないんだけど?


「まだ若い力自慢の者の様子。勝手に来たのではありませぬか?」


 十代半ばを過ぎたくらいの年だ。高校生か大学生くらいか? なんの意図があって来たのかと考えていると資清さんが推測であるが語ってくれた。


 真柄家って、朝倉に完全に臣従していたっけ? あそこ半独立の国人が多かった気が。それに若いし親父さんがいる可能性もあるか。


 あっ、アピールが終わると武芸大会用の木刀に得物を持ち替えて試合を始めた。


「おおっ! なんと豪快な!!」


 運営本陣にいるオレの周囲にいた武士たちがどよめいた。馬鹿力の一撃で相手の木刀を強打すると、相手が木刀を手放してしまいそのまま勝ってしまった。


 大きな体に戦う前から威圧されていたからなぁ。


 うーん。織田家の皆さん勝てるかな? 武術というよりは力任せの剛剣といった感じだが。正直オレにはさっぱりわからない。


「むむ、気合いで負けては駄目でござる!」


「ああ、すず。お疲れさん」


 気が付くと資清さんが貰ってきた焼きそばを頬張るすずが見ていた。負けた武士に対してだろう。駄目出しをしている。


「織田家の皆さんで勝てそう?」


「無問題でござる! みんな頑張っているのでござるよ」


 せっかくなので気になっていたことを聞くが、大丈夫っぽいね。


「それより奥平定国おくだいらさだくにがいたのでござる!」


「誰だっけ?」


「東三河の亀山城の奥平家の者ですな。剣術に優れ三河で敵なしと言われる男」


 今度は本当に知らない人だ。すずが興奮気味に語ることに首を傾げていると、再び資清さんが教えてくれた。なんでも知っているね。資清さん。


「実は……」


 ただ、すずはそんな資清さんの説明に頷きながらもオレの耳元で教えてくれた。彼が史実で後に奥山公重を名乗り奥山神影流という流派を興した人だと。某有名な時代劇の主人公が使っていた剣術として出てくる流派を興した人であるということを。


 すず、時代劇大好きだからなぁ。おかげで紙芝居が元の世界のような時代劇っぽいものが結構ある。人気だと言うので放置しているが。


 すず、手合わせしたいと騒いでいるが、今川方の武士だ。やめてほしい。


「あちこちから武芸自慢が集まったなぁ」


「武芸だけで立身出世というのも難しゅうございますからな。まして孫次郎殿は四男だとか」


 なんでこう歴史に名を残す人が集まるのだろう? 不思議に思っていると今度は報告に来た望月さんが教えてくれた。


 どうやら他国からの参加者を調べているみたいだね。ないとは思うが優勝して信秀さんや義統さんを暗殺しようと企む人がいたらいけないと考えているみたい。


「やっぱり立身出世は無理なんだ」


「そうですな。戦で武功をあげれば褒美やら感状は頂けるのでしょうが、代々の身分は変わらず。それに四男ともなると下手に武芸の腕があると上の兄に妬まれまする。尾張では新介殿が武芸で仕官して名を上げておりますのでな」


 尾張柳生家。結構有名らしいね。剣の腕前でウチに仕官して武功を上げて立身出世を果たしたと。ただ石舟斎さんは客人だったところをオレから声を掛けたんだけどなぁ。


 織田家は史実においても、秀吉とか光秀とか元の身分が低い人や新参者が立身出世を果たしている。この世界の織田家もその傾向がある。ウチを別にしても西美濃の氏家さんとか稲葉さんは相応の立場になっているしね。


 みんな必死だということか。


 しかし朝倉方の真柄さんと今川方の奥平さんというのがね。どうなることやら。




Side:吉良義安


 運動公園と申したか。武芸大会の行われておるところから離れたところにわしは来ておる。


 楽しげな武芸大会とまるで違う様子をみせるここには、先の野分の折に清洲の殿の命に逆らった者らが晒されておる。


「この不忠者が!」


「おのれのような者のせいで!!」


「倅を返せ!!」


 武士から民に至るまで石を投げ罵倒する。三河の者が多いのであろうな。吉良家ゆかりの者もおる。


「黙れ! この氏素性も持たぬ下郎が! わしは清和源氏足利家の者ぞ!!」


 多くの者はすでに生きる気力を失いされるがままだが、ひとりだけまだ睨み返しておる者がおった。


 荒川義広。東条吉良家の本来の血を継ぐ者だ。


 わしが荒川の前に出ると周りが静まり返った。わしの顔を知る者も多かろう。如何なる訳でここに来たのだと言いたげな者らがおる。


 あの野分で被害を受けた者にとっては、わしは荒川と同じか。


「そなたの子らはすべて討ち取られたぞ。城と領地の明け渡しを拒絶して織田に包囲された際に、そなたの家臣によって討たれた」


「義安!! 己が! 己が!!」


「そなたのような奴を野放しにしておったことが我が身の不徳。義父殿と義兄殿に死んで詫びるがいい」


 一言、言わずにはいられなかった。西条吉良家の家臣らは腹を切り、一族郎党は遥か南蛮の島に流されるという。生まれ育った我が家の者たちがだ。


 無論、荒川がすべて悪いとは思わん。わしも同罪だ。だがな……。


「己がそれを言うかぁぁぁ!!」


「安心しろ。わしも地獄に参った折には詫びにいく」


 罵詈雑言を叫ぶ荒川の前から去る。わしが去ると再び周りにいた者らが石を投げるのが見える。あの者たちはわしにも投げたいのであろうな。


 東条吉良の本来の血筋が途絶えて、西条吉良の家臣が滅ぶ。ここまでせねば東西の愚かな争いを終われなかった。なんとも業の深きことをしたものだ。


 なにが清和源氏だ。なにが足利家ゆかりの家柄だ。後の世に消せぬ大恥を残しただけであろうに。


 戦に負けて滅んだほうが、よほどよかったと今更ながらに思ってしまう。さもなくば、あの男をさっさと滅ぼしておれば……あるいは……。


「尾張は賑やかだな」


 吉良家が滅ぼうとも、足利家が滅ぼうとも民の暮らしが変わるわけではない。尾張の民にとって吉良家のことなどすでに忘れておる者もおるであろう。


 生きるということは辛きことよな。恥を晒し続けねばならん。


 それでも吉良家が残るのならば……。



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