第880話・第五回武芸大会・その二

Side:滝川資清


「八郎様! ぜひ食べていってください!!」


 今年も武芸大会か。早いものだな。会場に近づくと多くの者が市を開いておる。顔見知りもおれば知らぬ者もおる。だがわしを見ると笑顔で声をかけてくれる者らに嬉しくなる。


 『忠義の八郎』そんな名で呼ばれるようになった。身に余る通り名で申し訳ないとこぼしたこともあるが、大殿には『わしなど仏にされておるわ。そのほうはまだ良かろう』と笑われたことがある。


 公方様と目通りが叶い、関白様を筆頭に殿上人である公卿の皆様にお会いすることになるなど、かつてのわしに教えてもあり得ぬと笑われるであろうな。


 公方様とは大内卿の法要の頃に将棋を指したこともある。その際に遺憾なく働けるわしが羨ましいと密かにこぼされたのが忘れられぬ。


「すまぬな。銭を……」


「そんな! 銭なんていいです!」


 決して裕福とは言えぬ民がわしに差し出してくれたのは、蕎麦を麺にして焼いたものだ。香ばしい匂いがする。銭など受け取れぬというが、供の者に命じてきちんと払う。


「おお、美味いではないか」


 行儀が悪いと我ながら思うが目の前で食うと、醤油の焼けた味で確かに美味い。久遠家の料理には負けるが、民でも食える値でこれほどの味を出しておるとは。殿やお方様が知ればさぞお喜びになられるであろう。


「ありがとうございます!」


「手をよく洗い、励むのだぞ」


「はい!」


 昔は田畑を耕しておったわしが、今では多くの供の者を引き連れて歩かねばならんようになった。殿やお方様がたは仰々しいことがお好きではないようで、単身で出歩かれておった頃には困ったものだと思うたが、今になってみると少し気持ちがわかる。


「なんだ! やるのか!」


「おう! やるか!!」


 ふと騒がしいと思い見に行くと、どこかの家中の下男が争っておるわ。


「止めぬか。祭りで騒ぎを起こす気か?」


 争う者らを取り押さえるべく動こうとする供の者を止めると、わしが前に出て声をかける。


「たっ、滝川様!」


「お許しを!!」


 若い頃は喧嘩のひとつやふたつするものだ。とはいえ見てしまえば止めねばならん。幸いなことにわしを知る者らのようで、すぐに態度を改めた。


「楽しむのはよいが、ほどほどにな」


 昔を思い出す。慶次などよく喧嘩をして帰ってきたものだ。今思えば慶次は喧嘩も上手かったのであろうな。大事になったことなど一度もない。


 そんなことを思い出したからか、怯える若い下男に僅かばかりの銭を与えて放免する。


「さすがは滝川様だ」


「そりゃそうだろう。今や忠義で右に出る者がいないと言われるお方だ」


 いかんな。多くの民が見ておる前で目立つことをしてしまった。褒められることなどしておらんというのに。久遠家の家臣をしておると、どうも目立つようだな。


「ふふふ……」


「八郎様?」


 下男の者らが恥ずかしげに頭を下げて去っていくとわしも歩きだすが、ふとおかしくなり笑ってしまうと供の者らが何事だと首を傾げておる。


「いや、わしもそなたらも本来ならば、このような身分になるはずではなかったのではと思うとな」


「ああ、それはそうでございますな」


 わしを筆頭に久遠家では元の身分が低き者らが多い。供をしておる金次のように農民の子であった者も多いのだ。


 立身出世など夢のまた夢。せめて飢えに怯えぬ暮らしが出来ればそれでよかった。支度金は恐ろしく多かったが、それだけ厳しい役目かと覚悟もした。


 尾張に来てからも無我夢中であったな。若く礼儀作法も知らぬ者を家臣としておったことで、わしはせめて人並みにしてやらねばと思うたに過ぎん。


 それが今では京の都にまでわしの名が届いておるのだ。おかしくてたまらぬ。


「さあ、参ろうか」


 今でもわしが家老でよいのかと思う時がある。


 されど、わしはもう己から身分を下げてほしいとは言わぬ。殿に命じられるその日まで、わしは役目をまっとうする。この身に懸けても必ずや。




Side:久遠一馬


 毎年恒例行事になると、尾張の発展や人の成長がわかる。


 武芸大会自体、最初は運動会から思い付いただけなんだけどね。武士はみんなここでの活躍を目指して武芸に励んでいる。無論、実戦に強い人もいる。そういった人が尊敬されることも変わらない。


 それでもね。誰の目からみてもわかる栄誉は決して邪魔になるわけでもないし、軽くもない。あの人は強い。そう領民から思われることは武士として誇らしいことだ。ウチでは石舟斎さんや太田さん、金さんとかがそんな扱いをされている。


 今年は予選がほぼ全種目であった。回を重ねるごとに参加者が増えていて、今年は本戦出場だけでも栄誉となるだろう。


 それと今年は領外の者の参加資格を緩めてある。以前は推挙がないと参加資格がなかったが、今年は判定に文句を付けないとか、遺恨を持たないとか、ルールを守るとか、決まり事を守ることを誓紙に誓うことで推挙がなくても参加出来るようにした。


 まあ有象無象の仕官希望者は軒並み予選落ちらしいが。ジュリアが家中の参加者を鍛えているからなぁ。全体のレベルが上がっている。戦国の世で女が武芸で一国の武士たちをまとめるなんて後にも先にもジュリアだけだろう。


 実は武闘派の間だとセレスも同じ扱いで、すずとチェリーなんかも武芸を認められているが。セレスは性格的にそこまで前に出ないので領民にはそれほど知られていないけどね。


 なにをやっても勝てばいい。そんな風潮が若干でも変わりつつあるのは予想外の収穫だろうね。


 経費も思ったほどかかってない。武芸大会クジは河川の治水の財源として役立っているし、人が動く経済効果を考慮するとむしろプラスの方が多いんじゃないかな。信秀さんは多少の経費がかかっても外交的な利点が大きいので気にしないが。


 そうそう今年は北畠家から武士が何人か参加していて、数名だが本戦にも出場をしている。具教さん直々に志願者から選んだそうだ。


 大湊の会合衆、願証寺、伊勢神宮の関係者も来ている。こちらは見物に来ただけで、伊勢神宮からは義統さんが公家の皆さんの参拝についてお礼を言われていたが。


 参拝客も増えているようで、寄進なんかも集まっているんだとか。大湊まで船で行けば伊勢神宮はすぐだ。織田領からも最近では参拝者がよく行くと聞いたことがある。


 荒れていた世の中が少しずつでも良くなっている現状を喜んでいるね。もっとも尾張を中心にしたところだけだけど。


「殿、遅くなり申し訳ございませぬ」


「あはは、凄いね」


「はあ、皆に勧められて断れず……」


 武芸大会が始まると資清さんが姿を見せた。ところが資清さんの護衛の皆さんが両手にたくさんの食べ物なんかを持っている。


 申し訳なさげにする資清さんだが、武芸大会を楽しんでいるなと思うとついつい笑ってしまう。


「ちょうどいいや、小腹が空いたしみんなで食べようか」


 喧嘩の仲裁をしたら見ていた領民に感心されてしまい、あれこれともらうことになったんだとか。資清さんらしいなぁ。


 必死に参加する人、熱狂して応援している人、楽しげに見ている人。たくさんいる。でもみんな血を流さずにルールを守っている。それがなにより嬉しい。


 資清さんなんかどこまで有名になって偉くなるんだろう? このまま織田家が天下をまとめると、確実に歴史に名を残すだろうね。


 義の武将なんて元の世界で言われている人がいたが、そのポジションは資清さんになっちゃうんじゃ? 楽しみだね。いろいろと。




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