第879話・第五回武芸大会

Side:久遠一馬


 武芸大会も五回目だ。過去には期間中に三河の本證寺と戦になるなどあったが、あの一件も今ではいい経験となっている。『一向衆でさえも尾張の武芸大会は止められぬ』それが一種の誇りになっているみたいなんだ。


 毎回大変なこともあるし、課題も出てくる。今年は他国から牢人が集まったことで一部では騒ぎを起こす者も出ていた。武芸大会で活躍して仕官したい。そんな人が多いんだとか。


 昨年は招待客を多く呼んだこともあり、広く他国にも武芸大会が知られたんだろう。


 今年は夏の花火と大内義隆さんの法要で招待したこともあり、北畠家以外は招待をしていない。六角も野分の後始末や北伊勢のことで大変らしいしね。今川と朝倉は多少マシになったとはいえ関係が難しいことには変わりない。


 北畠家は具教さんが放っておいても来るから。


「和歌のほうは大丈夫かな?」


「ええ、万全の態勢にしています」


 気になるのは芸術部門だ。セレスに確認すると、去年の反省から入念に警備計画を立てたらしい。


 実はオレも驚いたのだが、今年も主上の新作和歌がある。法要の時に近衛さんが主上から託されたと持ってきた。


 どうも去年の大反響が主上のお耳に入ったらしい。尾張ばかりか近隣からも多くの人が一目和歌を拝見したいと、朝から晩まで行列が出来ていたからね。今年も和歌を送ろうと何度も和歌を詠んでは、ご自身で選んだと聞いている。


 これは近衛さんが教えてくれたことだが、民から武士や僧に至るまでみんなに喜んでもらえたことが嬉しかったんだそうな。


 戦やら一揆やら謀叛やら血生臭い世の中で、和歌を喜ぶ人々がいることを心から嬉しく思ったらしい。


 ああ、近衛さんたち法要に来た公家衆も、宴の席で和歌を詠んでやろうとなって残してくれたから今年は更に豪華な展示となるんだ。熱田神社も相当に気合入っている。


 主上の和歌の影響はいろいろある。最近では尾張の町衆や武士の間で和歌を詠むことが流行りつつあるほどだ。さらに文字の読み書きを習いたいという領民も増えている。こちらはかわら版の影響もあるんだろうが。


 三河安祥や美濃大垣では公民館で、また尾張の津島、熱田、蟹江、清洲などと、美濃の関ケ原、井ノ口では、空いている屋敷で読み書き計算などの学問を織田家が派遣した武士が教えているが、それ以外の村などでは寺が読み書きを教えているところが増えている。


 信秀さんもそんな寺には、褒美として禄を出しているからでもあるんだろうが。


 あんまり宗教が教育に関わるのは好ましくないんだけどね。ほとんどの寺では善意で教えている。さらに農作業や賦役などもあり、勉強出来る時間が多くはない。身近な寺で教えないと勉強出来ないんだ。認めざるを得ない。


 アーシャとも話したが、中等教育以上を織田でしっかり教える体制を構築するほうが先だ。いずれはみんなが学校に通える体制をつくる必要があるが、それまでにはまだまだ時間がかかる。


「エル、大丈夫か?」


「はい、今日は姫様と一緒に見ようと約束しているんですよ」


 出がけにエルを見かけると外出の支度をしていた。完全に産休に入っているが、武芸大会はエルも楽しみにしていて見に行くらしい。


 お市ちゃん、本当にエルに懐いているなぁ。エルのような女性になりたいと勉強をしているし、エルの体も気に掛けてくれている。


 信秀さんからは毎日エルに会いに来るのはいいのかと聞かれたこともあるが、エルも喜んでいるからと言うとホッとしていた。


「お清もエルをお願いね」


「はい、お任せください」


 今日はお供としてお清ちゃんも一緒に行くらしい。大丈夫だと思うが、初めての妊娠だからね。ケティが同行をするように頼んだみたい。


 お清ちゃん、いつの間にか看護師長のような役目になっている。医師の補佐をしているみんなをまとめているんだそうな。出産にも何度も立ちあって、ウチのやり方を覚えたというほど。


 人当たりがよく患者さんや病院で働く人たちのウケもいい。そういうところは資清さんに似ているんだろうか? 巷では看護の方様という通称で呼ばれている。ケティたちが看護師と呼んでいたことから広まったらしい。


 千代女さんは完全にエルとメルティと同じ文官仕事で才覚を発揮していて、メルティが留守の時には資清さんと一緒にあちこちから入る報告や書状に目を通してまとめている。


 尾張ではオレに嫁ぐには、あのふたりくらい才覚がないと駄目だと噂なんだとか。最初はエルたちと比べられて大変かと心配したけどね。ふたりとも凄い。




Side:お清


「える、おきよ。迎えにきたよ!」


 今日はエル様と市姫様と共に武芸大会見物です。私たちを市姫様が迎えに来てくださいました。


 気持ちのいい晴れた空の下、市姫様の馬車にて私とエル様は清洲に向かいます。ふと馬車の窓から外を眺めると、武芸大会へと向かう民の姿が見えました。


「お清、どうかしたの?」


 少し懐かしい気持ちになり見ていると、エル様が声をかけてくれました。


「いえ、私も甲賀では歩いて祭りに行ったことを思い出したのです。まさかこれほど信じられない身分となるなんて……」


 今でも時々家臣のように振る舞ってしまい、すず様やチェリー様にはお叱りをうけます。エル様がたは皆、互いに信じあい殿を支えておられます。私もそのひとりとなるべく精進しているつもりなのですが。なかなか難しゅうございます。


「いけませんよ。お清様はすでに織田一族。そのようなことを申されては大殿や土田御前様がお悲しみになられます」


「はい。心得ております」


 エル様と市姫様は笑って私を見守ってくださりますが、市姫様の乳母である冬殿には苦言を呈されてしまいました。


 冬殿とは市姫様が久遠家のお屋敷に来られるようになった頃から、よく話す間柄でございます。私が殿に嫁ぐと決まった時も我がことのように喜んでくださいました。


 今でもこうして、至らぬ私に苦言を呈してくれる良き友でございます。


「おきよはね。もっと楽にしていいよ」


「そうですね。私もそう思います」


 市姫様はすっかり大きくなられました。近頃では大人のようなことをおっしゃられることもあります。今も楽しげに笑みを浮かべつつ、エル様と共に私に楽にしていいとおっしゃってくださいました。


 私は、日々幸せを実感しておりますよ。素晴らしい皆様に囲まれて。


 願わくは、殿とエル様の子が無事に産まれてくれるとよいのですが。それだけは案じてなりません。




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