第876話・大内の遺産

Side:久遠一馬


 武芸大会の準備が始まったが、今年からは工芸部門を武芸大会本大会の数日前から展示することになり準備が一足先に進んでいる。


 本大会期間中と主上の和歌や馬車にウチの船もあるが、意外に人気で混雑することが理由にある。


 工芸品部門に関しては周防から来た職人たちが用意したものもある。大内塗と元の世界で呼ばれていたものだ。見事に塗り上げた椀や箱に、大内人形という小さな工芸品もある。これも塗り物だが、可愛らしい人形だ。


「これ可愛いでござる」


「欲しいのです!!」


 すずとチェリーは大内塗の人形を気に入ったようで食い入るように見ている。こういったものって、尾張ではウチで作らせている木工品の動物とかぬいぐるみ以外はあまり見ない。しかも漆塗りになっているので一段と洗練されている。さすがは大内家の残した技だ。


「尾張大内塗とかどうだろう? 大内家の遺した技を世に知らしめることが出来る」


 オレはすずとチェリーと一緒に久々に熱田に視察に来ている。緊張した様子の職人がすずとチェリーの反応に嬉しそうに笑った。


「それはようございますなぁ。亡き大内様もお喜びになられるでしょう」


 尾張と周防、食生活も違えば文化も気候も違う。故郷が恋しいと思う者もいるだろう。食生活は今の尾張なら周防と同じ食事も可能だろうが、それでも新天地で生きるのは大変なはず。


 別に大内家の後継と宣伝したいわけではないが、大内家が育てた技はそのまま後世に遺したい。


「おーほっほっほっ。塗り物は今後も増やしますわよ」


 熱田を任せているシンディもご機嫌なようだ。津島のリンメイもそうだが、周防から来た職人たちにあれこれと作らせて試作もしているらしい。


 漆塗りのかんざしや髪留め、それとネックレスのようなものも試作しているとのこと。ちなみにアクセサリーは尾張でちょっとずつ流行り始めている。エルたちが使うこともあることで織田家の女性から使う人が出ている。


 以前に洋服でお茶会をやった影響もあるのだろう。一番人気はブレスレットらしい。着物でも邪魔にならずにあまり目立たないがちらりと見えるのがいいようだ。


「熱田も変わったね」


「当然ですわ。東海道を東からくる旅人はまずはここ熱田に来ますもの」


 工芸品部門の出品を視察して熱田神社にも顔を出して、熱田の屋敷でひと息つくが、熱田も変わったなと思う。


 町が拡大して区画整理も進んでいる。関所の税を織田家が掌握して以来、織田家主導で町の区画整理と拡張が行われているんだ。


 そうそう、菜種や綿実などの実から取れる食用油は、ここ熱田の屋敷で製油してウチで売っている。ウチの料理が普及するに従って油を料理に使うことが尾張では増えているが、新鮮で安全な油は食用油として高値で売れる。


 織田家にもウチから卸しているしね。


 熱田も蟹江に港が出来てどうなるんだと戦々恐々としていたらしいが、以前以上に賑わっていて熱田商人も忙しいらしい。


 尾張下四郡では領民も農作業以外の仕事をすることが増えた。無論賦役もあるが、産業が育ちつつあることで、職人や商人の下請けとして農閑期には単純作業をする人もいるんだ。


 綿花から綿糸にする作業や綿布を織る作業など、技術を教えれば農家でも出来るからね。


 活気がある町はいい。このまま頑張ってほしいものだ。




Side:斯波義統


 遥々、長門の国から大寧寺の僧らが尾張まで参るとはの。幾分疲れた顔をしておるのも仕方のないことか。


亀洋宗鑑きようそうかんにございます」


 目の前におる住持は、六十を過ぎておる男だ。よく長旅に耐えたものだ。


「遠路はるばるよう参った。大内卿の菩提を弔いたいとか。出来る限り力になろう」


 随分と苦労したようじゃの。寺は大内卿の騒動で焼かれて遺言を世に話すと陶に追放されるとは。


 隆光など予期せぬ再会に驚いておるわ。


「お世話になります。つきましては献上したい品がございます」


「それは!!」


 亀洋がなにやら献上をしたいと懐から大事そうに布に包んだ品を出すと、同席しておる隆光が驚きの声を上げた。あの男が取り乱すとは珍しい。それなりに大きな紙と、もうひとつは印か? あれはなんじゃ?


「勘合符と日本王印でございます。大内卿のご遺言は拙僧もこの耳で聞き及びました。これは武衛様がお持ちいただくべきかと思いまする」


「……まさか」


 内匠頭も驚き、まことかと隆光を見ておる。わしも同じじゃ。失われたと思うておった勘合符をまさかこの者が持っておったのか?


「まさか亀洋殿がお持ちだったとは……」


「大内卿は陶には無用の長物だと仰せになってな。拙僧に手渡されたもの。とはいえ拙僧には過ぎたるもの。どうかお収めくだされ」


 隆光が確認するがまことに勘合符らしい。あれがあれば明に使者を送れるのか? これは如何なることになるのだ? わしにはわからぬ。


「亀洋殿、そなたがそれを持つことを誰か存じておるのか?」


「いえ、拙僧ただひとりでございます」


「すまぬが、今しばらく伏せてくれ。我らにもそれを如何にすればよいのかわからぬ」


「畏まりました」


 内匠頭がすぐに久遠家に人を走らせた。あれはわしと内匠頭では手に余る。




「これが勘合符……」


 亀洋が下がり、程なくして一馬とメルティが参った。慌てた様子のふたりも顔色がいつもと違う。


「一馬、これがあれば明と商いが出来るのか?」


 同席する者はわしと内匠頭と隆光と一馬とメルティの五人。人に知られる前に扱いを決めねばならぬからな。内匠頭がそうしたのだ。


 内匠頭は単刀直入に一馬にこれの扱いを問うた。よく知らぬのは同じなれど、無知を晒してもここまで素直に問えるのは内匠頭の恐ろしきところよ。


「えーと、無理です。隆光殿のほうがお詳しいのでしょうが、本来は商いではなく、明の皇帝に貢物を献上して、下賜されたものを持ち帰ると言うべきでしょう」


「確かに商いとは、また違いますな。結果として品を得るので利になりまするが……」


 困った顔をしてメルティと顔を見合わせる一馬の様子に、これが我らにとって厄介なものであることがわかる。隆光もまたなんとも言えぬ顔だ。


「本来は公方様の持つべきもの。それとこれの困ったことは、これを使うと明の下に付いたと認めることになります。日ノ本では形ばかりの従属ということで気にする者はいませんが、先々を考えるとあまりいいことではありません」


「それにウチだと困るのよね。これ。『得体の知れない船だ』と、明どころか南蛮にも素性を伏せていますけど、倭寇を狩ることと賄賂で明の中央に盲従しない在地の有力者と誼を得て密かに商いをしています。ウチの素性が向こうに知られたら商いに障りが出るわ。明では日ノ本の者はあまり評判がよくないもの」


 一馬とメルティは明らかに厄介だと言いたげな顔で事情を話してくれた。従属した形を取っておるとそう言えば前に聞いたな。とはいえ、それよりも久遠家の商いに障りが出るのはまずい。


 久遠家から利を得ておる斯波と織田が、その商いの邪魔をすることだけは出来ぬ。


「拙僧も久遠殿ならば、むしろこれがないほうが利になるのではと思いまする。さらに勘合符はいろいろと大変なのが事実。使者として五山の僧が行っております。五山やあちこちに配慮が要ります。また一度船を出すと、戻るのは一年か二年後になりまする。その間、船を使えぬとなると久遠殿は困りましょう」


 困った様子の一馬が黙ると、すぐに隆光も同意した。相当厄介な品らしいな。大内卿はよう使えたものだ。




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