第873話・それぞれの秋

Side:富永忠元


 まさか、このようなことになるとはな。


 清洲で沙汰を受けたあと、殿はそのまま清洲に残られた。清洲城で勤めるということであるが、所領に戻るとなにをするかわからんと疑われておるのやもしれぬ。


 西条吉良の者らは、皆、切腹。残る一族は領地ばかりか家名すら召し上げられてしまい、何処とも知れぬ遠島送りになってしまった。清洲の大殿の怒りは凄まじかったと聞いた。戦で戦った相手にも慈悲を与えると言われる御方だが、道理や義に背く者には厳しいとか。


 我ら東条吉良の家臣は所領こそ召し上げられたが、殿に仕えることは許された。西条吉良の者と比べると、まだいいということか。


 吉良家をここまで没落させた我らなど、不要だというのが大殿の本音であろうな。


「いい、自ら率先して働きなさい。戦と同じよ。貴方たちには武功もなにもない。先陣を駆ける気で働かないと、三河にも居場所がなくなるわ」


 我ら家臣は殿の近習を残して三河に戻された。そこで待っておったのは織田因幡守殿と久遠殿の奥方だ。自らも泥に塗れて働く久遠様の奥方に、我ら家臣は多くの民の見ておる賦役の場で叱咤される。


 名門吉良家の家臣である我らが、氏素性の怪しき南蛮人に民に混じって働けと命じられるとはな。これが愚かな争いをした報いか。


「これは、貴方たちのためなんだからね。弱い武士に民は従わないわよ。せめて民と共にあることを心掛けなさい」


 逆らう者はおらぬ。今度こそ吉良家が潰されてしまうからな。だが、久遠殿の奥方はそんな我らの心を読んだように冷たく言い放ち去っていく。


「さあ、みんな。頑張るわよ! 次の雨が降る前にここを終わらせるわ!!」


「おお!!」


 弱いというあまりの言葉に唖然としてしまうが、かの者はそのまま我らのことなど放置して民の下に行くと、民を鼓舞するように声を上げた。


 まるで戦の始まる前のように見えた。三河の……、吉良家の民が……、我らではなく織田の南蛮人に従うておる。我らの目の前で。


「何故ここに戻されたかわからぬか? このままでは吉良家は帰る領地すら失うぞ。久遠殿は行き方知れずの者らを朝から日が暮れるまで探した。春殿らは今も朝から日が暮れるまで民と共に働いておるのだ。誰も口にせぬが、ここが久遠殿の所領になればと皆が思うておろう」


 因幡守殿は唖然とする我らにそう囁くとご自身も民に混じり働きだす。元は守護代ではないのか? 泥に汚れて織田の面目は立つのか?


 織田はいったいいかがなっておるのだ? わからぬ。わからぬが……。


「さあ、我らも働くぞ」


「はっ」


 従うしかない。殿のためにも。腹を切った西条吉良の者らのためにも。我らが生きていくためにもな。


 弱いか。まさにその通りだな。弱き武士など面目さえ通せぬとは。




Side:北畠具教


「若、北伊勢は少々面倒なことになりそうですな」


「放っておけ。神戸が助けを求めるまではな」


 野分など珍しくもない。此度は多少雨風の強い野分だったがな。違うのは織田と誼を持つ者は事前に野分が来ることを知っておったことか。


 我が北畠家も家臣に命じて村々まで知らせを走らせた。騒ぎになるのではと苦言を呈する家臣もおったが、結果は助かった者が多かろう。


 織田は長野にも知らせたようだが、長野はあまり役立てておらなかったようだ。神戸もそうだがな。尾張をよく知らねばそれが当然というところか。


 今、尾張を中心に大きな波乱が起きつつある。織田の政と他家の政があまりに違うことに民が気付いてきたことが理由であろう。織田に従えば食える。その噂が他国を飲み込むのだ。


「あの紙芝居というものは、面白うございますな」


「そのうえ、医師まで来るとは。皆が喜んでおりまする」


 織田との話をした結果には、父上以下、皆が驚いた。思うた以上の利をこちらに寄越すからだ。敵方とまでは言わぬが、隣国に大きな利を与えるなど、寡聞かぶんにしても、あまりに聞いたことがない。


 一馬は手付にと紙芝居とそれを披露する者をこちらに寄越し、医師も多気御所に寄越すと言うた。それが霧山城にも、多気御所や領内でも評判のようだ。『衆生しゅじょう諸皆もろみなに医を施す』が条件に付いた故な。


 すでに紙芝居は始めており、銭も取らずに絵を見せながら面白き話を聞かせる。考えてみるとさほど難しきことではない。絵解きをする坊主がおると聞くが、それを真似ただけのこと。


 とはいえ、あれが領内を探る役目を負うことに気付く家臣はおらぬか。探ったことはわしに直接知らせる手筈となっておる。一馬にも知られるのであろうが、それは今更であるからな。甲賀と伊賀は今や久遠と通じておるのだ。


 これでわしは領内を知ることが出来る。管領や三雲が我が北畠家家臣にも手を伸ばしておらんとも限らん。領内を直接知ることが必要だ。


 織田にも一馬にも勝てる気がせん。戦においても政においてもな。さらに勝ったところで、わしには一馬のように明日が見えん。器が違うということなのであろう。


 思えば師が尾張のことを教えてくれたことが、織田との誼の始まりだ。感謝せねばなるまいな。如何にも知らぬまま、気に入らぬと敵に回っては北畠とて如何になっておったかわからぬ。


「若、今年も武芸大会に行かれるので?」


「ああ、出たい者がおれば連れていくぞ。ただし安易に勝てるとは思うなよ」


 武芸大会か。一度出てみたいのだがな。さすがに難しい。それだけは残念でならん。




Side:久遠一馬


「いただきます!」


 秋晴れの空の下、笑顔溢れる子供たちが、気持ちのいいほどの食べっぷりで料理を頬張っていた。


「これね! 私たちが育てたんだよ!!」


 ここは牧場にある孤児院の庭になる。家臣や忍び衆の子供たちに孤児院の子、それと領民の子供たちを集めてのバーベキュー大会だ。


 魚介と新鮮なきのこの入った鍋もある。魚介ときのこのいい出汁が出た鍋は醤油ベースで、馬鈴薯がゴロゴロ入っていてホクホクして美味しい。馬鈴薯を頬張ると熱々だが、ちょうどよく味が染みているなぁ。


 以前はウチの庭でやっていたことだが、現在は屋敷の増築中で庭にスペースが取れなかったので牧場の孤児院でやることになった。ここなら大きな鍋もあって大人数での食事会が楽だからね。


「おナスも美味しい」


「でしょ? 今年はよく出来ているのよ」


 焼き物は肉、魚、野菜といろいろ用意したが、ケティが子供たちと一緒にバクバクと食べている。隣ではリリーが秋ナスの出来に自身も笑みを浮かべている。


 ふたりだけじゃない。オレの妻になっているみんなも時間のある人は集まっている。調理は孤児院を手伝ってくれている大人や、家臣の女衆がしてくれているんだよね。


 特になにかあったわけじゃない。定期的に開催している食事会だ。時期的に収穫祭のようになっているけど。


 家臣とか忍び衆のみんなにも別途、秋の味覚を届ける予定だ。野分のこととかあってみんな頑張ってくれたからね。


「姫様、これも美味しいよ」


「ほんとだ!」


 当然、お市ちゃんも混じっている。時々牧場の仕事も手伝っているようで、友達も増えているみたいだ。身分があるとはいえ一緒に学び遊べる友達は多いに越したことはない。


「エル様! お腹大丈夫?」


「ええ、大丈夫よ」


「元気な赤子生まれるように、みんなで毎日お祈りしているんだよ!」


 エルも人気だ。久々に牧場に姿を見せたことで子供たちに囲まれている。神仏が信じられている時代だ。オレとエルの子供が無事に産まれるようにと、祈ってくれている人は本当に多い。


 生きるだけでも厳しい時代だというのに、オレたちの周りには優しい人が大勢いる。


 みんなで助け合い、みんなで生きていく。その思いが尾張には生まれている。オレたちがこの世界に来て五年。変われば変わるものだなとしみじみと思う。


 産まれてくる子供も、こんなみんなを好きになってくれるといいな。



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