第846話・三河者

Side:岡崎城に残る者


「なんだと!!」


 ある男の怒声が響く。法要とやらも終わり、殿がいつお帰りになるのかと待っておったところに現れた使者の言葉に激怒したのだ。


「五日のうちに安祥城に出頭せよ。さもなくば謀叛人として討伐する」


 安祥城城主織田信広と殿の連名で書かれた書状が届けられたのだが、織田も殿も首だけでは謀叛をお許しにならぬらしい。


 されどあまりに厳しい沙汰だ。詮議をする前に首を刎ねさせた者は打ち首、領地はすべて召し上げ。一族郎党は日ノ本の外に遠島とは。


「筋は通したであろう! 嫌疑ある者の首だけでは不満か!!」


「誰が謀叛に加担したか、また見てみぬふりをしたか、詮議をすると申し付けたはずだ。清洲の大殿と松平殿の命に逆らっておきながら許されるはずがなかろう。謀叛と関わりのない者の首を寄越したとも思える」


 わかりきったことを聞く男に使者は淡々と厳しき口調で語る。


 とうとう虎が牙を剥いたか。仏だともてはやされておっても、あの男は三河を我がものとしようとしておった男。臆病者の殿故、御しやすいと思うたのであろう。


 服部めが余計なことをして暗殺をしくじったことが悔やまれる。聞けば織田と通じておったというではないか。


 殿では駄目なのだ。臆病で領地を軽々しく売り渡すような殿ではな。仮に織田に従うにしても幼い竹千代様でよいのだ。それならばまだ幼い竹千代様のためにという名目で松平はひとつに纏まれたはず。


 使者はこちらの弁明など聞く役目ではないと、言いたいことを言うと帰ってしまった。今にも使者を殺してしまえと言いたげな者もおるが、さすがにまずいと思い、わしと数名の者で止めた。


 そんなことしてみろ。織田が万の兵で攻めてくるわ。


「おのれぇ!」


 そのまま殿のおらぬ城に主立った者が集まり仔細を話すが、皆、激怒しておるわ。


 謀叛の噂すら全く知らなかった者は少なかろう。止めるようにと諭しておった者、日和見をしておった者などそれぞれだがな。自ら命を懸けても止めようとしておった者はほぼ殿と共に尾張に行っておる。


 今の城に残るのは知っておっても見て見ぬふりをしておった者と、加担した者ばかりだ。もっとも同じ一族でも意見が分かれておる。あえて関わらずおった者もおるがな。


「戦だ!!」


「まて、いかにして戦をするのだ? 殿がおらぬというのに。織田は一声で万の兵が集まるぞ。さらに鉄砲や短弓、金色砲もある。我らが集めてもせいぜい千か二千。勝てるどころか戦にすらならぬわ」


 短気な者は後先を考えずに戦だと叫ぶが、それには従えぬ者も多い。本證寺の末路を見るととても勝てる相手ではない。


 しかも殿がおらぬことで誰が将となるかで揉めるであろう。千か二千と言うておるが、それも上手く集まればの話。五百か六百ですら怪しいものだ。織田は民を飢えさせぬと評判なのだ。それを知らぬ者は三河でもおるまい。


 下手をすれば一揆がおきるぞ。


「ならば戦もせずに首を差し出せと言うのか!!」


 一戦交えて負けたというのならば、臣従も致し方ないと諦めもつく。だが殿は、その一戦すら臆病風に吹かれて避けてしまわれた。


 いずれにせよ死ぬのならば、戦だという者の考えもわかる。とはいえ一族を織田方に送らねばまことに一族郎党すべてを失いかねん。


 あとは今川方の東三河に逃げることも考えておくべきか。織田もいつまでも今のままではあるまい。生き延びれば領地を取り戻せる機会はあるやもしれんからな。


 動かねばなるまい。座してもすべてを失うだけぞ。




Side:久遠一馬


 キャンプ楽しかったな。上洛の時の話を子供たちが聞きたがったのでみんなに話して聞かせたり、一緒に星を見たりした。


 子供たちの夢も聞くことが出来た。家業を継いで家を大きくしたいと語る子もいれば、武士として名を上げたいと語る子もいた。ウチの船の船乗りになりたいという子も結構いたなぁ。


 期待していると言うと喜んでくれた。それはいいんだけどね……。


「この戦力差でいくさって、凄いな」


 三河がきな臭いと報告があった。予想通りとはいえ、松平広忠さんを暗殺しようとした人たちが素直にこちらに従う気はないらしい。


 オレとメルティにセレス、あとは資清さん、望月さん、太田さんなどが集まって評定として対策を考える。


 美濃も安藤さんとかは、ウルザが説得しないと同じく戦に打って出た可能性もあったんだよね。肝心の安藤さんは、今じゃ、義龍さんの部下として働いているけど。


 当初は織田が駄目ならば乗っ取ってやるという気概があったらしいが、今のところ隙もないしで、普通に働いている。


「一族の半数はこちらに従うようにと寄越すでしょうな。あとは己で死に場所を探すか、適度な頃に逃亡して再起を探るかでございましょう」


 勝てない戦どころか、戦になるか怪しい戦力差があるんだが、それでも素直にごめんなさいと言えない時代なんだなぁ。資清さんも当然こうなると思っていたと言っている。


「殿、安易な逃亡を許しては舐められますぞ」


 望月さんは三河の地図を前に、すでに誰が蜂起する可能性があって、どう逃亡するかも検討していた。逃がしては駄目だと考えているっぽい。


「うーん。逃げるとすると今川だよね? 無理に捕らえなくてもいいかも。今川に罪人の身柄の引き渡しを求めるのも面白いかも」


 西三河は未だ安定していない。今川方と血縁を結んだ人もいるし、未だに今川を待っている人もいる。とはいえ逃亡の阻止はそこまで難しくはない。


 ただねぇ。忍び衆の労力を使って止めるほどでもない。


「うふふ、寿桂尼殿の覚悟。試すにはちょうどいいわね」


 メルティが面白げに笑みを浮かべた。やはりそういう流れが一番使えるか。


「首を刎ねても一文の得にもならないからね」


 今川義元がどこまでこちらと共に生きる覚悟があるのか、オレたちにも今ひとつわからない。虫型偵察機も使っているが、人の心までは覗けないからね。


 寿桂尼さんが命を懸けてウチの商品の売り値を下げることを得たのが、この件で吹っ飛ぶこともあり得る。


 見方によっては今川の謀だと言われても否定出来るほどの証拠はない。謀叛人たちは軒並み首だけになってしまって証言も取れないからね。


 あえて逃がして罪人の引き渡し要求するのは有効な策だろう。この程度の協力も出来ないのならば、更なる制裁すら考えたほうがいい。


「ところで吉良殿はどうしてるの?」


はしたの家臣はこれ幸いにと思うておるようでございますが、吉良殿は動いておりませぬな。謀叛人のことも知らせて参った次第」


 ふと三河で一緒に蜂起してもおかしくない吉良さんについて聞いてみるも、望月さんの報告では加担することはないようだ。


 どうもオレ、嫌われているらしいんだよね。怪しい男だって。なのでどうするのかなと思ったけど、そこまで愚かじゃないか。


 織田家のことですら見下している部分があるし、オレのことを嫌っている人。でも命令には従うし、仕事も必要なことはする。


 オレは意外と嫌いじゃないんだよね。吉良さん。好き嫌いとか個人の感情と、家の立場や役目を分けて考えている。松平家の家臣よりよっぽどいい。


 まあ、オレは三河より北美濃と東美濃のことが優先かな。北美濃や東美濃の国人などから会いたいという話が来ている。今後のことはウチに相談するといいと道三さんから言われているみたい。


 非公式で相談に乗ることは今に始まったことじゃないしね。清洲に相談するとそれが命令となってしまうこともあるからさ。





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