第843話・休息

Side:久遠一馬


 海路に続き陸路で帰る人たちも帰った。ただし六角家とは調整することが結構あることから、蒲生定秀さんが単身で残って調整をしている。


 北伊勢の一件と内裏の修繕の件だ。内裏の修繕は義輝さんが正式に命じたことで、便宜上、諸国の守護や守護代、国司に命令書である御内書を送る。無論、細川晴元は除くが。


 現状では誰が従うかわからない。少額でも費用を負担して従う者は歓迎する。仮に誰も従わなくても織田と六角と三好でやる。そこだけは確認してある。


 もっとも北畠は従うと思うし、朝倉とか今川とか今回来た人たちは無視をすることはないと思うが。


 北伊勢の件は願証寺の高僧がまだ残っていて、説明と今後のことを話し合う手筈になっている。


 それと領内では松平広忠さんの暗殺未遂の後始末が残っている。北美濃と東美濃の統治に関する説明や方針を決めることもまだ手付かずだ。


 法要と花火大会は大成功に終わったが、やることはまだまだあるということだね。


 まあ松平宗家の問題は、オレが関与することではない。広忠さんと信秀さんで決めることだ。おそらくは安祥城の信広さんが兵を率いて岡崎に行くことになるんじゃないかな。


 暗殺未遂に関与したと思われる人たちを勝手に処分した連中は、領地召し上げでウチの開拓地に流罪だろう。


「偉くなると大変だね」


 この日は一日休むことにした。法要の一件から働き詰めだったしね。屋敷の中で吹き抜ける風を感じながらごろんと寝転んでいると気持ちいい。


 近くではロボとブランカが、お前また居なかったなと言いたげな様子で絡んできている。留守中はエルが散歩とかしていたんだけどね。


 子犬たちはヤンチャ盛りだ。同じ部屋の中を自由勝手に走り回ったりしている。おかげで仔犬たちが越えられない柵が縁側や廊下に通じる障子の前にはある。


 隙を見せると目の届かないところに行ってしまうことがあるんだそうだ。ロボもヤンチャだったしね。親に似たのかな?


「ご苦労様でした。ですが仕方ありませんよ。偉くないと理想を叶えることが出来ませんので」


 エルは同じ部屋でお市ちゃんに簡単な編み物を教えている。やってみたいと言ったので数日前から教え始めたらしい。


 お市ちゃんに関しては、オレや信秀さんどころか土田御前も忙しかったので、ほぼエルと一緒にいたそうだ。孤児院に遊びに行ったり、佐治さんの奥さんとなったお縁さんと一緒に学校に行ったりもしたそうだ。


 立身出世は元の世界でも望む人が多かったと思う。ただオレは全くと言っていいほど興味がなかった。まさか歴史でも有名な関白と一緒に宴をしたりするとはね。いい経験になったが、正直頻繁には御免だ。


 エルには労いの言葉を掛けられつつ、少し困ったように笑われたが。


「ちちうえもおやすみ?」


「そうですね。もうお忙しくはないと思いますよ」


 お市ちゃんはお市ちゃんなりに、オレたちが頑張っていることを理解しているみたいだね。信秀さんも以前と同じように戻ると知ると笑顔を見せて喜んでいる。


 夏が終わる前にまた海に行きたい。それに山にキャンプもいいなぁ。仕事はあるけど思い出作りも必要なことだ。


「ん? お前ら、どうしたんだ?」


 今日は夏らしい暑さの日だ。元の世界の猛暑というほどではないが。吹き抜ける風に心地良さを感じてか、ウトウトとしているとオレの上に仔犬たちが集まって顔面にちょっかいを出してくる。


 声をかけるも、仔犬たちは傍若無人のままに顔を舐めてきたり匂いを嗅いだり、はたまた仔犬同士でじゃれ合ったりしている。


 仔犬たちと過ごす時間が少し足りないかな? オレのことたまに遊びに来る人とか思ってないよね?


 ただあんまり仔犬を可愛がると、ロボとブランカが自分たちもと割り込んでくるんだよね。


 うん。今日はとことん君たちみんなと遊ぼうか。




Side:エル


 お疲れなのでしょうね。司令は仔犬たちと遊んでいるうちに一緒に眠ってしまいました。


 多くの人々の期待と恐れを集める立場。決して楽ではないでしょう。権力者にありがちな孤独にはさせませんが、それでも精神的な負担は計り知れません。


 私は、こうして司令の傍にいられるだけでいいという思いもあります。ですが私たちの子や孫たちが生きていく、世の中を良くしたいと思うところもあります。


「かずま、だいじょうぶ?」


「ええ、大丈夫ですよ」


 姫様も少し心配げな様子で司令の寝顔を見ています。健康状態は悪くありませんが、精神的な疲労は確かにあるように見えますからね。


「おいしいものつくってあげよう?」


「そうですね。それがいいかもしれません」


 しばし司令の寝顔を見ていた姫様は、なにかしてあげたいと思ったのでしょう。突如思い付いたように、美味しいものをつくってあげたいと言いだしました。


 ちょうどいいかもしれませんね。司令は甘い菓子も好物です。ケーキでも焼いてあげましょうか。


 司令を起こさないように姫様と台所に行きます。しかし子供の学習能力は凄いですね。何度かケーキを一緒に作った結果、姫様は大まかな調理法を覚えてしまいました。


「けいきでげんきになるよね?」


「ええ、きっと元気になりますよ」


 今回、司令は本当によく頑張られました。あれほど自身で動くことは久しく見なかったほど。


 今後も苦労をすることがあるでしょう。悩むことも。


 でも司令も私たちも、もうこの世界の住人です。思いを同じくする者たちときっと乗り越えられます。


 疲れた時には休息を。


 私と姫様は頑張られた司令のためにケーキを焼くことにします。




Side:堺のとある船大工


「親方、この船もう、どないしょうもねえよ」


「オレに言うなよ。造ったのは前の連中だ」


 高い銭に釣られて失敗したな。まさかこんな出来損ないの船を完成させろとは。無茶苦茶だ。


 この船に関わるのはオレで五人目だという。


 元は尾張に出入りするという遥か西から来る南蛮船を造ろうとしたらしい。と言っても誰も造り方を知らねえのに、会合衆の出す銭に負けて造り始めたのが失敗の始まりらしい。


 何本かある帆柱に木綿布を複雑に張るらしいが、あるのは尾張で見たという簡素な絵図が一枚。これで造れっていうのが無理なんだ。


 前の船大工たちは会合衆と喧嘩して辞めるか、夜逃げしたらしい。


「この船、胴体の漆もなんで塗ったんだ?」


「尾張の南蛮船が黒いからだそうだ」


 船底にまで塗った漆の量にも驚く。いくら銭を使ったんだ? しかも必要かわからねえと来たもんだ。


 もう滅茶苦茶だな。


「こんな船、強風が来たら転覆するぞ」


「だから誰も完成したと言わねえんだろ。舵を付けると完成しちまう」


 堺も前なら職人が山ほどいたが、今じゃ半分もいねえんじゃねえかな。尾張の斯波様に絶縁されて以降は、堺と商いをすると尾張から荷が買えなくなると近隣の連中ですら関わりたがらねぇ。


 三好様の口利きで四国とか西国とは多少商いが出来るらしいが、堺のつくるものは粗悪な偽物ばかりだと評判となってからは鉄砲や武具しか売れんらしい。


 それでもオレたち船大工は仕事があったんだがなぁ。このおかしな船を造り始めて以降、また堺がおかしなことを始めたと避けるようになってやがる。


 困ったもんだ。





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