第837話・外交交渉
Side:久遠一馬
清洲に戻った。公家衆は相変わらず茶会やら歌会をしつつ、学校や病院の見学をする予定で、周辺諸国とは個別に会談と交渉を予定している。
会談内容に関しては、最低限だが家臣同士で事前に話をしている。
まずは信濃の小笠原家に関しては、やはり居城だった信濃の林城の奪還と今川との関係が主な議題だった。
こちらは現状維持で決まりだろう。小笠原家が気にしていた今川とのことに関しては、共通の敵がいるなら組むことを否定する理由はない。義統さんが『上手く状況を使えばいい』と言えば済む話だ。今川と組んだからと言って斯波家との関係は変わらないと明言して、金銭的な支援を続けることで相手も満足するだろう。
尾張から信濃は遠い。新たに臣従した北美濃や東美濃が落ち着いてない現状で援軍を期待するほど小笠原家も愚かじゃない。
飛騨の姉小路家に関しては少し面倒だった。こちらは国司の姉小路家と三木家の関係が史実同様に微妙らしい。姉小路家は三木家を抑えたいという思惑もある。もっとも三木家は三木家として根回しをしている。
織田一族や重臣に贈り物をしていて、少なくとも自家の現状を認めてもらおうとしているようだ。これもね。目的をお願いするために贈り物をするなら断って返してもいいが、よろしくお願いしますというだけで贈り物をもらうと突き返すことは出来ない。
まあ史実で姉小路家を乗っ取っただけに根回しに関しては悪くない。
飛騨に関してはすでに評定で話をしていて、北伊勢同様に出稼ぎの人の派遣を提案してもらうことにしている。
尾張の経済圏は望む、望まないにかかわらず拡大しているし、今後もそれは変わらないだろう。今まで控えていた畿内に関しても、今回の公家衆の来訪と、六角に三好との関係次第では変わらざるを得ない。
畿内が史実同様かそれ以上に疲弊して混乱するのは避けるべきだしね。
無論、こちらも策は講じている。那古野は学問と病院と職人の町となっている。工業村の外には工業村以上の広さの職人町が出来ていて、互いに切磋琢磨して頑張っているんだ。最近では大内領から来た職人たちもいるね。
商人も元桑名の商人や、畿内や大内領から来た商人がいる。職人と商人はウチのコントロール下にあるので質は日ノ本一だろう。悪質な職人や商人はきちんと指導して、それでも駄目なら罰を与えるか追放している。
蟹江の公設市場が機能していることも商いの安定している理由だが。
少し話が逸れたが、飛騨には古くから飛騨の匠という木工職人たちがいる。かつては税の代わりに職人を都に派遣していたなんて話もあったはずだ。
出来れば彼らを派遣してほしい。工業村と蟹江の造船工房では旋盤を使っているが、あれまだ機密なんで一般には公開していないんだよね。犬山にある木材の集積所では木材を加工する職人が足りていないし、箸や食器などの小物から洗濯板とかも地味によく売れる。
この辺りは意外に細かい技術が必要でそこまで大量生産が実現していない。
あと言葉が悪いが、飛騨は経済で侵食してしまえば落とせる可能性がある。向こうも生きていくだけで大変な人が多いので、出稼ぎは渡りに船だろう。
そうそう、信濃の小笠原家と飛騨の姉小路家は尾張に家臣を常駐させたいらしい。どうも武田家が晴信の息子である西保三郎君を、学校への留学という形で家臣共々滞在させていることを聞きつけたらしい。
特に小笠原は武田と敵対しているだけに驚きだったらしい。斯波家を頼っていたのに、いつの間にか武田の者が尾張にいるのだから危機感を抱いたようだ。
その武田に関しては史実でも評判の良かった信繁さんが来ている。オレも何度か話したが、東国一の卑怯者という兄の汚名、家や国への評価に苦労していた。
晴信の同盟破りを最初に広めたのはウチなんだけどね。東国一の卑怯者という汚名はウチは関わりはない。噂に尾ひれどころか手足に羽まで生えたように自然に広まったものだ。
今川が武田攻めの前に同じように武田の悪評を近隣に吹聴したことも影響しているんだろうが。
信繁さんは、とにかく東国一の卑怯者という汚名を払拭しようと礼儀正しくして努力していた。
武田家とは家臣が常駐しているので、そこまで話すことはない。塩とか雑穀とかを幾らか売っているので、そのお礼と今後もよろしくという話で終わりそうだ。
西保三郎君が学校で上手くやっているからね。ホッとしたというのが本音だろう。いじめられているとでも思ったのかもしれない。
まあ西保三郎君に関しては岩竜丸君のおかげだ。身分制も満更悪いもんじゃないとオレも思った。上に立つ人がしっかりすると、いじめなどがないし秩序がきちんと出来ている。
アーシャいわく、オレの存在がいい意味で岩竜丸君を変えたと言っていたが。
朝倉家とは商いの話くらいしか予定がない。関係改善をしたいのは山々なんだろうが、今川ほど追い詰められてもおらず、また若い延景さんではこの場で決断も難しいんだろう。
朝倉は一旦帰って宗滴さんと相談だろうね。
六角と北畠とは北伊勢と中伊勢について意見交換することで合意している。北畠としては中伊勢の長野家が気になるんだろう。現に長野家は呼んでもいないのに大内義隆さんの法要に使者を送ってきたので、一連の行事に参加している。
もっとも使者の身分が低すぎて存在感がないが。あと具教さんがオレや信長さんと仲がいいので、余計に存在感がないように見える。今頃長野家では慌てているかもしれない。
北畠晴具さんが自由勝手な具教さんを許しているのも、そんな背景が影響しているらしい。まあ北畠家とは、この後の公家衆による伊勢神宮参拝の準備で協力もしているので、それもあるが。
もともと一連の日程として調整はしていたが、晴具さんと具教さんが尾張に来てからは正式に協力要請があった。伊勢で滞在する際の食事や酒の手配など、あまり尾張との格差が出るのは困ると具教さんが言っていた。
具教さん、身分が違うんだけどねぇ。オレどころか信長さんでも身分が足りない相手だ。まあ具教さんは具教さんなりに、北畠家の生き残りと将来を考えているんだろう。
塚原さんの存在はそういう意味ではちょうどいい理由になるんだと思う。本当、足向けて寝られないね。鹿島神宮には年に一度だが供物と銭を奉納しているけど。
北畠家とは伊勢と志摩の水軍衆についても話す予定になっている。北畠家で面倒をみているというか、頭を下げてくるので好きにさせている連中だそうだが、ウチはともかく元佐治水軍の人たちの暮らしが羨ましくて仕方ないらしい。
具教さんは文句があるなら己で明に行ってみればいいんだと言っていたが。
あと伊勢湾ではウチの船と織田水軍の船が日常的に訓練をしているが、それも地味に威圧していると思われている。
ウチの荷を運んでくるガレオン型の船なんかは、織田水軍が伊勢湾の中では護衛として付くことも訓練としてやっているが、それも自分たちが信用されていないと思うようで不安になるらしい。
訓練だって知らせは出しているんだけどね。
北畠家は経済的には相当な利が大湊から渡っているが、体制は旧態依然とした国人衆の連合体のままだ。具教さんはあまり口にしないが、織田に対する警戒感は国人単位だと当然ある。
また宇治・山田の町なんかも、なにかと口を出すウチをそこまで歓迎していない人たちが一定数いる。大湊でさえ織田寄りなことを批判している人たちがいるくらいだ。
国人衆はともかく宇治・山田はそれなりに利益が渡っているんだけどね。大湊が一人勝ちのように発展している現状も面白くないようだ。
まあ騒ぐ以上のことは出来ないだろうから、北畠家も聞き流して放置しているのが現状なんだと思う。正直、この手の不満や陳情なんてきりがないからね。
そんな各勢力の状況に合わせて話し合いが法要や花火の背後で行われる。これ地味に大変なんだよね。清洲城にはメルティが常に滞在していて、土田御前たちと一緒に一連の外交交渉の手伝いをしているほどだ。
元の世界で言えばアドバイザーに近いかもしれない。信秀さんとかオレも忙しいからね。家臣同士の下交渉のサポートをしている。
早いとこ終わらせないといつまでも帰ってくれないしね。みんな頑張ってくれている。
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