第827話・大内義隆の法要・その三

Side:久遠一馬


 法要が続く。こうして実際に参加してみると、法要とは生きている人のためなんじゃないかと思う。


 隆光さんはずっと目を閉じて拝んでいる。救えなかった後悔や苦しみは今もあるんじゃないかと思う。たとえ大内義隆さんが望んでいなくても。


 周防に滞在していた公家の中には、涙を堪えるような人や涙を拭う人が何人かいる。好かれていたんだなと思うと同時に、公家もまた同じ人なんだと改めて感じる。


 この世界に来て学んだことのひとつは、好き好んで乱世を望むような人はあまり多くないということだ。武功を求める人や、武勇に自信のある人は戦を心待ちにしている人もいるが、同時に尾張で武芸大会を開くとそちらに参加して喜んでくれている。


 ジュリアがウチに連れてくるので一緒にお酒を飲むことがあるが、よくぞ武芸大会のような場を設けてくれたと何度も言われた。そして武芸大会の今後について熱く語るのが武闘派の人たちの宴の席ではよくあることだ。


 公家の皆さんも世を憂いてかつての栄光を懐かしむことはある。蹴鞠や歌会に茶会などではそんな話も出ていた。自身では知らない頃の昔話なだけに美化しているところもあるんだろうが。


 それに朝廷の現状は多くの公家の人が憂いていた。御所は塀が壊れて中に民が入ったとか、雨漏りがひどいとか、もう少しなんとかならないものかという愚痴のような話もあった。


 誰も今更、平安の世のような時代が来るとは思っていない。ただ、自分たちが受け継いだ家と伝統なんかは残すんだという気概はあるように思う。


 会ってじっくりと話をしてよかったなと思う。


 もし仮に史実のように兵を挙げて上洛していれば、反発は多かったかもしれない。圧倒的な武力で世を支配しようというのは抵抗があって当然だ。


 侵攻軍ではない形での上洛と周防からの公家の救出、そして今回の法要と積み重ねたことで、少なくとも話すことは出来るはずだ。


 今後どうなるかはわからないが、この経験と積み重ねはきっと役に立つと思う。




「皆様のおかげで亡き御屋形様も喜んでおられると思いまする。この乱世においてこのように集まっていただいたこと、大内家の最期に相応しいものでございましょう。まことにありがとうございました」


 法要が終わると清洲城に戻り、斎食さいしきという法要の後に会食をすることになる。喪主である隆光さんが挨拶をして食事が始まる。


 今回の膳は隆光さんの提言で西国の大内家で食べられていた料理となる。都の料理に明の料理などが入り混じった料理か。醤油など使っていないので素朴な味が多いかもしれない。伝手があると思われてるはずのウチが、明のジャンの手配を頼まれてはいないので多分そうだろう。


 義隆さんの末期の酒になぞらえて金色酒で献杯をして故人を偲びつつの会食だ。公家の皆さんもいつもの宴とまったく違う態度と様子で神妙な面持ちだね。


「惜しい男を亡くしたの。尾張に来て改めて思うたわ。戦ではなく文治で国を治めるとはの……」


 近衛稙家さんは料理をつまみつつ、そんな言葉を漏らした。周囲でも義隆さんの話題がちらほらと出ていて、直接会ったことのある人は懐かしそうに思い出を語っている。


 公家の文化を理解して、明に倣い、産業を振興したりしていた。


 この時代だと貴重な人だったのは確かだと思う。少なくとも陶隆房などとは比較にならない人だろう。


「御屋形様は最期に武衛様より贈られた硝子の盃をかかげて、金色酒を飲み干し、我ら臣下と別れの盃を交わされました。喜んでおられましたな。海の向こうにはまだまだ見知らぬものがあると思われたのかもしれませぬ」


 話は義隆さんの最期の時になった。ポツリポツリと語る隆光さんの言葉を皆が聞き入っている。


「花火が見たい。某に代わりに尾張に行き花火を見よと命じられて……、遺言を残し……自らはひとりでよいから皆に生きよと……」


 声が震えている。隆光さんの姿が公家の皆さんの涙を誘う。オレもついつい込み上げてくるものがある。


 義隆さんは何故、隆光さんたちを生かそうとしたのだろう。共に戒名まで授かったあとに。それは史実にはないことだ。


 オレたちの影響がどこかにあると考えることが自然か?


 話すことが出来ていたら……、今になって心からそう思う。


「隆光よ。そなたに与えるものがある」


 静かな会食の席で隆光さんの言葉が途切れると、義統さんが側近に命じて隆光さんの前にあるものを持ってこさせた。


 あれは……。


「これは周防に近衛殿下をお連れした際に、大内殿よりわしへとゆずられた青磁じゃ。かつて我が曽祖父が都を追われた際には周防の大内家に世話になったこともある。此度のようなことになるとはまことに残念。わしにはこうして法要の場を取り持つくらいしか出来ぬが、それは大内殿の忘れ形見。そなたが持つほうが良かろう」


 そう、周防で船が襲われた際にお詫びとして貰った青磁の焼き物だ。


「……ありがたく頂戴しまする」


 公家ばかりか武家もまた固唾を飲んで見入った。織田家や斯波家にはウチが献上した青磁がいくつかあるが、それでも数は多くない。明の焼き物の主流が変わっているので、この先、密貿易レベルの取引で手に入れるのは不可能に近い。武家たちの多くは青磁の存在すら知らず、公家たちも存在は知っていても、地下家程度では初めて実物を見る人も多いだろう。


 エルでさえも驚いたほどの一品。自ら関与していない陶隆房の不始末に贈るには惜しいとさえ思う品だ。後の世に残れば、少なくとも史実の大内筒と同等の価値はあるだろう。


 歴史の変わったこの世界で大内筒が残っているかは分からないが、これが残れば歴史に対する皮肉になるのかもしれない。


 隆光さんは僅かに戸惑う表情を見せたが、断ることの出来る場ではない。義統さんはいい笑顔でそんな隆光さんを見ている。


 周囲の人たちも銭では買えぬ逸品を隆光さんにあげた義統さんを驚き見ていた。


 隆光さんは深々と頭を下げ、礼法正しく受け取ると、頭を上げてかつて義隆さんが持っていた青磁をじっと見つめる。


 そして……、一滴の涙がこぼれ落ちたのがオレには見えた。




◆◆◆


 天文二十一年、六月。大内義隆の法要が尾張の清洲にて行われた。


 前年の冬に行われた葬儀以上の規模での法要であり、京の都から近衛稙家、二条晴良、三条公頼、持明院基規、大宮伊治、山科言継など公卿を含めた多数の公家が参列した。


 更に葬儀自体は曹洞宗の本山である永平寺が執り行なっていたが、石山本願寺、願証寺、伊勢神宮など宗派を超えた宗教関係者が集まったことでも知られている。 


 また北畠晴具、北畠具教、六角義賢、朝倉延景、小笠原長時、姉小路高綱、安宅冬康、松永久秀、武田信繁、今川の寿桂尼、北条氏尭など、尾張の近隣ばかりか畿内や甲斐や信濃や関東からも参列しており、この当時としては類を見ない盛大な法要だった。


 特に戦をしている真っ最中だった、駿河の今川家と甲斐の武田家が当主に準ずる者を派遣したことや、斯波家と因縁があった越前の朝倉家からも当主が来ていること。そして関白二条晴良が自ら来たことで、すでに斯波・織田両家の力は濃尾や三河で収まらない存在だったことが窺える。


 喪主は出家して隆光と名乗っていた冷泉隆豊。現代にも残る『義隆公記』の著者であり、歌舞伎の演目として人気の『隆光千里路』の主人公である。


 『隆光千里路』は『義隆公記』に記されている、冷泉隆豊の長門国大寧寺から尾張までの脱出行の様子を歌舞伎の演目としたものになる。


 現代では大河ドラマの主人公にもなったことで知名度は高く、戦国時代を代表する武士のひとりとなる。


 尾張での法要の経緯は、隆光が義隆の首を持って尾張まで脱出したことがきっかけであった。斯波義統、織田信秀も彼を最上級の礼を以って迎えており、大内義隆を死に追いやった陶隆房からの刺客からも守ったと『織田統一記』には記されている。


 また、義統の曽祖父である斯波義敏は応仁の乱の中心人物のひとりであったが、一時周防の大内家に世話になったことがあったことも、これほど盛大な法要になった理由であると書かれた資料もある。


 ただ、この法要にこれほど重要人物たちが集まったことには、それぞれ打算とも言える理由があったのだと考える研究者もいる。文治統治を進めていた織田の評価が上がっていたこともあり、大内義隆の評価もまた高かったのだと論ぜられ、斯波、織田両家との誼を結ぶことが大きな狙いだったとする説がある。


 義統は法要後の斎食の席にて隆光に、義隆から贈られた青磁の花瓶を与えている。これは『義隆筒』という名で有名な逸品で、現在も尾張にある義隆の菩提寺である尾張大寧寺にて現存している。


 大内義隆の法要は、織田家にとって天下へと躍進するひとつのきっかけだと現代では言われていて、これより先は歴史の表舞台の中心にいよいよ立つことになった。



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