第826話・大内義隆の法要・その二

Side:隆光冷泉隆豊


「良き法要じゃの」


「はっ、ありがとうございます。殿下にお越しいただいたおかげでございまする」


 尾張の地に関白であられる二条公がお越しになられた。それだけで御屋形様の面目は立ったであろう。殿下ご自身も御父上を亡くされておるというのに。


 無論、これは御屋形様のお力だけではない。首ひとつを抱えて逃げて参ったわしを受け入れてくれた、斯波武衛様や織田内匠頭様のおかげでもある。


 打算もあろう。尾張は御屋形様ゆかりの商人や職人を多く西国から呼ぶことで、今まで以上に繁栄する兆しをみせておる。更に此度の法要で斯波と織田の名は天下に轟くはずだ。


 とはいえこのような世で、亡くなった者の法要にこれほど助力していただくことだけでも感謝してもしきれぬものがある。


 法要は曹洞宗の僧が仕切っておるが、此度は一向宗の本願寺や願証寺、それと伊勢の神宮の神職の者もおる。後になって遺恨が出ぬようにと武衛様にはそれらの仲介をしていただいた。


 尾張にやってきた商人や職人の中にも、是非法要にて御屋形様の冥福を祈りたいと申す者がおって、彼らも法要に参列することを許すことが出来た。


 尾張も悪うないが、山口が懐かしいと酒を飲んだ時に口にしておった者たちだ。余所者と思えぬほど良くしていただいておるが、やはり故郷とは違うことでふと懐かしくなる時がある。


「今日は雲一つないな」


 葬儀の時と違い、今日は暑くお天道様がよく見える。御屋形様も極楽でこのような空をご覧になっておられるであろうか?


 極楽には戦もないのでございましょうか? 然らば御屋形様もお心安らかに過ごされておられましょう。


 某は、今しばらく現世にて御屋形様のため生きる所存。何卒、今しばらくお待ちくだされ。




Side:織田信秀


 関白を筆頭にした公家と近隣の守護や国司、いくつか呼んでもおらぬのに使者を寄越した者もおるが、それらも含めると、大内卿には相応しくとも、尾張では初めての過ぎたるとも思えるほどの法要だ。


 一馬は多くの偶然と打算と祈りが重なった結果だと言うていたな。恐るべきはこれが誰の謀でもないことであろう。此度ばかりはわしも一馬たちも狙ったわけではない。


 もっとも今この法要でさえ久遠家の者が陰となり支えておればこそ、つつがなく行えることは忘れておらぬが。


「親父、いかがした?」


「三郎。世の流れとは恐ろしいものだな」


 わしは、ふと考え込んでおったのだろう。隣におった三郎が声をかけてきた。


 三郎。そなたにこの恐ろしさがわかるか? 誰が謀ったわけでもなく世がこれほど動くのだ。此度はいい。斯波にとっても織田にとっても利が大きいのだからな。


 されど……。


「上手く行き過ぎていますね。風は常に順風とは限りません。逆風になった時、織田は真価を問われるのかもしれませんね」


 思案顔の三郎の代わりに答えたのは一馬だった。やはりこの男は世の流れがよく見えておるわ。


 戦も政も謀も、すべてが己の思うままにいくなどあり得ぬ。そう考えると織田は少し上手く行き過ぎておる。


「そのための備えをしておるであろう?」


「しています。ですが油断は禁物ですよ、若様。もっとも現状も織田にとっては利点ばかりではありませんが。欲を言えば、あと五年は現状のまま政をしたかったんですけどね」


 三郎は一馬と久遠家の者を信じておるのか。されど過信は禁物だ。一馬も言うておるが、あと数年は大人しく政に励むことが出来れば良かったのだ。


 北と東美濃を押さえるには時と銭がいる。さらに三河は面倒なことになりつつある。岡崎から戻った因幡守からは、一連の不手際の謝罪と松平宗家の家臣らが織田の政を一切わかっておらぬと報告があった。


 次郎三郎広忠への謀叛。それの始末を己らでやろうとして勝手をしたばかりか、表沙汰にしなかったことで己らが許されると高を括っておる。


 一馬があまり口を出すと因幡守も危ういのではと危惧したことと、法要があったので呼び戻したがな。因幡守は元守護代としての己を忘れてよく働く。三河などで死なせるには惜しい男だ。


 わしは確かに攻め滅ぼすよりは使ってみればよいと、許した者が多い。近頃では美濃の安藤を許したことも三河者が勘違いした原因であろう。されど、あれはウルザが進言したので許したまで。


 三河の本證寺との戦で武功があるウルザの進言は無下には出来ん。


 三河の厄介なところは、その先の遠江が斯波家にとって因縁ある土地だからだ。守護様はあまり拘っておられぬが、だからと言うて要らぬとも言えぬお立場だ。


 遠江まで進めば今川も黙っておるまい。さすれば今川が戦をしておる武田とも関わる。駿河・甲斐・信濃。更にその先には越後や関東もある。


 忍び衆の報告を見る限りでは甲斐と信濃は欲しい土地ではない。特に甲斐はエルとメルティが揃って、あそこを取ると苦労をすると困った顔をしておったくらいだ。


 その時はあの者らがあんな顔をするとは思わず笑ってしまったが、米の採れぬ土地に得体の知れぬ風土病。山国故に街道も満足にない。武田がよく頑張っておるわと感心したくらいだ。


 西が安泰ならばそれも良かったのかもしれんが、西は西で懸念がある。北伊勢が少し騒がしくなる気配があり、六角も家中の三雲が明らかにこちらを敵視しておるのだ。


 左京大夫には法要と花火が終わり次第、学校と病院に蟹江の港を見せるつもりであるが、いかがなるのやら。




Side:セレス


「表に出ずとも役目は果たすか。見習いたいものだな」


 この日、運動公園の野外競技場には警護の者たちの陣があります。


 私はそこでジュリア、すず、チェリーと共に警護の者たちの差配をしています。名目上では孫三郎様がおられるのですが、孫三郎様はご自身の立場がこれ以上高まることを良しとしないので動かれません。


 そんな本陣に久遠家家臣に紛れて私たちの側近として来ているのは菊丸殿。公方様になります。


 ジュリアは性格もあり、私がいると細かい指示など出しません。出来ないわけではないのですけどね。ただジュリアは武官を筆頭に武士たちを従える武勇があるので、いるだけでもいいのですが。


 結果として私が指示を出すことになっています。


「菊丸殿、男も女も武士も僧も民も皆が必死なのですよ。尾張でこのような法要は初めてなのですから」


 菊丸殿は私を感心したようにご覧になっておりますが、物事の本質は私などではありません。清洲城では今も女衆が警護の者たちの食事を作っていますし、僧や民もこの法要のために協力してくれています。


 努力すれば暮らしがよくなる。その希望はすでに清洲とその近郊では皆が共通して持っているもの。


 斯波家と織田家に恥を掻かせられない。そう口にして率先して協力してくれる者の多さには私も驚いたほど。


「上に立つ者は下々の者を知れということか」


 やはり聡明なお方ですね。多くを語ったつもりはありませんが、それでも菊丸殿は私の言いたいことをご理解された様子。


「人は知ることでさらに前に進めます。菊丸殿とてそれは同じでしょう」


「ああ、そうだな」


 周囲にちょうど菊丸殿の素性を知らぬ者がいないことで、その顔が少し公方様の顔に戻っていますね。


 本来ならば、ご自身がこういった法要を差配してもおかしくないお方。思うところがあるのでしょう。無論、戦も同じこと。敵以前に味方を知らずして勝ちはないのですから。


「申し上げます。公園に忍び込もうとした怪しき者を捕らえたとのこと」


「牢に入れておきなさい」


 まだいましたか。刺客か忍びか知りませんが、これだけ事前に取り締まっても残っていたとは。油断なりませんね。


 最後まで気を抜かないようにしなければ。



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