第825話・大内義隆の法要
Side:久遠一馬
あれから数日は公家の皆さんとのイベントの日々だった。歌会・茶会・蹴鞠・能の鑑賞など。
それ以外にも宴に参加した。とにかく話す時間を作るべきだろうと思うし、そういう意味では目的はなんとか達成したと言えるだろう。
礼儀作法を基本とした各種イベントはなんとか無難に済ませたと思う。褒められるほどではないが、オレを含めてみんな慣れない中で頑張った。資清さんに関しては立派だったと山科さんが褒めていたほどだ。
そして昨日には北条家の一行が『偶然』来訪したので、公家衆や近隣勢力との宴に参加した。史実で三国同盟を結んで織田家を苦しめた、北条・武田・今川の代表が尾張で会うという、史実から見るとレアな宴になった。
特に挨拶以外は話していなかったが。北条からすると今川・武田の両家とは表立っては敵対していない。両家の戦には中立を保っている。それを示しただけだろう。
「ちょっと物々しいね」
この日、清洲郊外にある運動公園では少し物々しいと感じるほどの警備兵と武官を筆頭にした兵たちが警護をしていて、日頃は領民の憩いの場となっている運動公園も関係者以外立ち入り禁止となっている。
「仕方ありませぬな。先日には陶隆房の刺客を十数人討伐しております」
今日もオレの奥さんたちは参加しないので、お供は資清さんと望月さんだ。望月さんは先日に討伐した賊の件を持ち出して仕方ないと気を引き締めている。
ここ最近で捕らえるか討伐した陶隆房の刺客は数十人に及ぶ。援軍として島から呼んだ春たちが、忍び衆から選抜隊を組んで徹底的に清洲や那古野近辺にて刺客狩りをしたおかげだろう。
西美濃でも得体の知れない賊が入り込んでいて、こちらはウルザたちが討伐したが、陶隆房との関係は不明だ。
経済格差が周辺諸国に隠しきれないほどになっているので、流民やそれに混じった不届き者は一定数いる。そもそも食えねば奪うのがこの時代の基本であり、流民は関所で把握して賦役に回しているが、国境に柵があるわけでもないのでその気になれば不法侵入することは容易なんだよね。
ああ、法要は前回葬儀をした含笑寺ではなく、運動公園にある多目的ホール、清洲では集会場と呼ばれているところになった。参加人数が葬儀より増えて含笑寺だと手狭だったんだよね。
見た感じは寺社の本堂とかみたいにも見える建物だ。この時代だと大規模な建物って寺社か城しかないからね。似た形になるのは仕方ない。
お坊さんは昨年の葬儀から滞在している、曹洞宗の総本山とも言える越前の永平寺の僧たちを筆頭にした数百人のお坊さんだ。
尾張に来て以降楽しげだった公家の皆さんも、今日は表情が硬いというかしっかりしている。
本願寺と願証寺からの高僧もいるし、伊勢神宮の神職も来ている。宗派や寺社の違いを越えた宗教関係者が集まったのは、大内義隆さんの法要だからだろう。
隆光さんには先ほど挨拶をしたが、亡き主を思い祈る暇もないほど忙しそうだった。本人は次の世が動くと告げた尾張での盛大な法要に、亡き義隆さんも喜んでいるだろうと言っていたけど。
大内義隆さんに関しては史実よりも評価されつつあるのかもしれない。文治統治を理想とした義隆さんの方針が躍進をしている尾張と重なるからだろう。戦に強い人が何よりも評価されるのは変わらないが、文化面や文治統治もこの世界では公家の皆さんなどは評価し始めている。
ああ、隆光さんからは義隆さんのことを後の世に残したいと相談されたので、太田さんを紹介しておいた。完成したら全国にばら撒いてあげよう。後先考えずに謀叛を起こす陶隆房みたいな人を少しでも減らすために。
Side:
そろそろ尾張にて御屋形様の法要が行われておる頃であろうか?
わしは御屋形様の一件の直後、長門の国の守護代を辞して隠居した。陶隆房の蜂起の直後に仲介をしてほしいという、御屋形様を無視した責めを負ったのだ。もっともあれは御屋形様本人ではなく側近の誰かが動いたのであろうがな。
御屋形様は……死を望まれておる。わしにはそう見えた。
素直に隠居していただければと何度思うたことか。それ以前から公家と堕落した日々を過ごす御屋形様をわしは理解出来なかったのだ。
されど……。
「大内家は終わりだ」
ひとり東の空を見つめ、呟いてしまった。
亡くして初めて知る。御屋形様の偉大さを。西国一と言われた大内家は御屋形様と共に失われた。わしは戦をせぬことで国を治め大きくしようという、御屋形様のお考えもわからなかった愚か者だ。
商人や職人のほうが御屋形様の偉大さを承知しておった。恐ろしいほどだった。あっという間に領内から商人や職人らが去ってしまったのだ。背後で一向宗が逃がしておったようであるが、それにしても多過ぎる。
博多の商人の話だと、先代様が公方様から頂いた勘合符が失われた以上は、明との交易は出来ぬだろうということだ。
商人や職人が去り、明との交易が出来ねば大内家の力は失われたも同然。それに陶めが二条殿下を殺めたせいで、新たな御屋形様をお迎えすることすら出来ておらん。
大内家家中にはこれを機会に、陶めが己で大内家を継ぐつもりではと疑念が膨らんでおる。無論そのようなことはあり得ぬ。まして陶めは官位を召し上げられたのだ。朝廷に絶縁されたも同然の男に誰が付いていくものか。
内藤家も如何なることやら。家督は嫡孫の彦太郎に継がせたが、若い彦太郎がこの難局を乗り越えられるかわからぬ。このまま新たな御屋形様が決まらねば大内家は四散の末、
陶めは戦には強いが、己で大内家をまとめられるほどでもない。
更に大友・尼子はこれを機会に動くであろう。毛利などの国人も如何に動くのやらわからぬ。
「先代様と御屋形様には詫びても詫びきれぬ」
何故わしは、もっと御屋形様の心中を察することをせなんだのか。冷泉は最後の最後まで察して、見事に御屋形様の首を尾張まで届けたではないか。
今更、腹を切ったところで許されることではない。せめて大内家を再興出来ればと思うが、わしももう歳だ。
それにわしが動けば陶と戦になる。奴を相手に戦をすれば尼子らに付け入る隙を与えるだけ。
「花火か……」
御屋形様はまことに花火が見たかったのであろうか? それとも最期の最期まで忠義を尽くした冷泉を生かそうとされたのであろうか? あの男のことだ、共に死ぬつもりであったはず。
遺言ですら大内家を残せとも、再興せよとも言われなんだのは御屋形様らしいがな。
「尾張か。考えたこともなかったな。遥か東にある国のことなど。御屋形様は尾張の噂を聞きその先を見ておられたのか」
尾張に弁明に行った博多の商人と会った際に、驚いたと言うておったことを思い出す。山口に負けぬ町があり、大きな白き城があったという。さらに湊には黒い船が多く町はたいそう活気があったそうだ。
『あれならば次の世が尾張からというのも納得でございます。さすがは大内様でございます』そう言われた時にわしは返す言葉がなかった。
博多の商人もわしを責めるつもりなどなかった。ただ、尾張のことを知りたいというと興奮した様子で話してくれたのだ。
御屋形様……、申し訳ございませぬ。
許されるとは思いませぬ。
されど謝罪をすることだけは
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