第824話・集うところ
Side:久遠一馬
二日目の夜も宴ではないが、お酒を出したら潰れるほど飲んだ人がいたらしい。もう放っておこう。都に帰ったら滅多に飲めない人たちなんだ。
「官位か」
清洲では招待客の接待で忙しいが、オレ自身はそこまでやることが多いわけではなく、屋敷に戻って書類の決裁をしつつ打診があった官位について考えていた。
特に喜びもしないが嫌なわけでもない。公家というか朝廷も考えたんだろうなと思うくらいだ。他所から来た怪しい者たちが好き勝手に商いをして地域に影響を与えている。排除されてもおかしくないよね。普通に考えて。
「陶隆房は怒り狂っておるでしょうな」
ふと呟いた官位という言葉に資清さんは、オレのことではなく陶隆房のことだと思ったらしい。官位の剥奪。この時代の身分のある武士だと死刑宣告に等しいものになる。
陶隆房の人となりはすでに調べてある。なにもかもが上手くいかないことで公家嫌いが悪化しているらしい。最近では大内義隆さんのことを惑わしたのも公家だと怒っていたとかなんとか。
失って偉大さを知ったか? それとも過去を美化したのか? どちらにしても苦しいだろうね。
一方で史実では亡くなるはずの冷泉さんこと隆光さんは大忙しだ。家族も無事に尾張にたどり着いていて、彼自身は今回の法要の喪主として義統さんと共に招待客の相手をずっとしている。
ほかにも大内領からやってきている人たちの相談にも乗っているんだよね。こちらで呼んでおいてなんなんだが、驚くほどたくさんの人がやってきた。
職人はいい。仕事は山ほどあるし、一部では尾張で未熟な分野もあることから、彼らの差配は工業村の職人頭の清兵衛さんに任せてある。上手くやってくれるだろう。
商人は湊屋さんと相談して店を用意してやり、なんの伝手もない尾張でも商売が出来るようにしてやらなきゃならないからね。まあ尾張の商人も人手不足だったので、ちょうどいいだろうけど。
あと問題なのは、一緒にやってきた寺社の関係者もいることか。義隆さんの菩提を弔いたいと願い出ている人もいる。こちらは落ち着いたら義隆さんを供養する寺でも建てることになるんじゃないかな。
大内家の遺産で尾張は更に大きくなる。陶隆房からしたら恨んでも恨みきれないだろうね。
「そういえば刺客はまだ来ているの?」
「はっ、それらしい者はちらほら。西国訛りは目立ちます故、抜かりはありませぬが」
一番厄介なのは陶隆房が送り込んできた刺客だ。大内領から逃げてきた人に混じっていることも想定して隆光さんとその家族には護衛が常に付けてある。
それ以外にも怪しい人がいるらしく、そちらは忍び衆が担当している。怪しい場合は始末をしてもいいと許可を出してある。完全に確認は難しいし、隆光さんたちの身の安全が第一だ。
そうそう、山口から逃げてきたと言えば、元遊女のお園さんは忍び衆の与吉さんと正式に結婚した。一緒に連れてきたお縁ちゃんを養女として家族として暮らしている。
与吉さんは蟹江での諜報活動を、お園さんには湊屋さんの下で大内領から来た人たちの世話をしてもらっている。お園さんは礼儀作法とかを知っているのでかなり助かっていると報告が上がっている。
お園さんは子供が出来ない体質らしく、ケティが呼び出して診察をしてこっそり治療したらしい。そのうち子供が出来るだろう。楽しみだ。
「午後には歌会か。ちょっと気が重いね」
「それは頑張ってとしか言えないわね」
今日からは、ぽつぽつとイベントがある。資清さんも心なしか少し顔色が悪い。メルティには苦笑いをされてしまったが。
下手なら下手でいい。参加することに意義がある。特にオレの場合はお前何者だと思われているからね。どちらかといえば資清さんのほうが大変だろう。外国人扱いのオレとは違う武士だからね。ちゃんと出来ていないと笑われかねない。
気が進まないなら参加しなくていいよとは言ったけどね。メルティたちが出られないなら自分が出ると言ってくれた。
おかげでオレも安心して参加出来るんだよね。ありがたい限りだ。
Side:安宅冬康
「これほどとはな……」
噂は聞いておった。特に水軍は各地からの船を案内するのでいろいろな話を聞く。西から来る船が堺を越えて尾張へと行くようになったことも、帰りには驚くほど上物の生糸や鉄に砂糖や鮭に昆布などの珍しき品が多かったことも早くから知っておる。
東に都が出来たようだ。そう噂されたのはさほど前ではない。黒い船が伊勢の海にて見られるようになって僅か数年。あまりにも早い。
「公方様の心変わりには尾張が関わっておるとの噂だが……」
「さて、如何なのでしょうな。亡き管領代殿がなにかしらの遺言を残されたとの噂もありまする」
松永弾正に誘われて清洲の町に出た。よいのかと戸惑うたが、護衛の者を付けられはしたが、あとは止められなんだ。いかにも前日には北畠卿が町に出ておったとのこと。弾正はそれを聞いたのであろうが。
弾正に連れられてきたのは小さな飯屋だった。ここが如何なるところなのかと思いつつ外の列に並び弾正と話をする。
公方様は観音寺城にて病のために静養なされておる。口が悪い者は六角が手放さぬのだと囁くが、我が三好家にとってはそこまで悪いことではない。管領細川晴元は公方様に疎まれ若狭に逃げた。
都の差配が兄上に任されたことは家中でも驚くばかりだった。そもそも和睦自体が突然であったからな。風の噂では斯波武衛様と織田内匠頭様が上様を諭されたのだと聞いた。
斯波家は管領を狙っておるとも聞くが、一向に管領に就くという話はない。よくわからぬというのがわしの本音だ。
「これは北畠様、このようなところでお会いするとは……」
店に入って驚いた。北畠卿と嫡男が民に混じり揃って飯を食うておるではないか。弾正と共に挨拶に出向くが北畠卿は大げさにするなと軽く制された。
「松永弾正殿もここを知っておられたか。さすがは今噂の三好家の名代殿ということですな」
「某は以前に主の命で来たことがあるのです。尾張に来たからには是非八屋に来ねばと思いましてな」
気さくに声をかけてきたのは嫡男の左中将殿だった。弾正が笑みを浮かべて答えた。この男は兄上の祐筆から成り上がった男だ。家中では軽んじておる者も見受けるが、よく気が利いて働く男であることは間違いない。
「ハハハッ、ここの飯だけは都でも食えんか」
「然り、北畠様がわざわざお越しになっておられるのがなによりの証」
「城で出される飯も美味い。だが此度は公家が多いからな。気を使っておる飯が多いのだ。ここの飯は久遠家の料理そのものだからな。父上でも伊勢に戻れば食えん」
左中将殿はずいぶんと尾張に詳しい御仁だな。伊勢は尾張の隣国。敵対しておるとは聞いておらんが、ここまで親しげに他国を語るは珍しきこと。
「こうして民でも食える飯を知るは尾張を知ることでございましょう。さすがは北畠様でございますな」
「フフフ、興味があらば那古野の学校という学び舎にでも行ってみたいと願い出るといい。あそこを見れば尾張のことがよくわかるぞ」
僅かな話をして我らも案内された席に座る。床几と台のようなもので飯を食うとは奇妙な店。
北畠卿らは尾張の民に混じって楽しげに飯を食うておる。御身になにかあらば如何するのだと思わなくもない。
それにしても弾正という男は上手く左中将殿と話をしておった。こういうところが兄上が気に入っておるところか。
ああ、なにやら腹が空く匂いがしてくる。品書きを見てもよくわからぬので弾正に任せるか。
学校か。先ほど左中将殿が口にされた学校というところ。行けるのであれば行ってみるか。
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