第820話・外から見た公家

Side:久遠一馬


 朝だ。毎朝の恒例となっているロボとブランカと仔犬たちの突撃がないので、オレとしては静かな朝になる。


 オレとメルティ、マドカ、ジュリア、すず、チェリーは、土田御前に誘われて一緒に朝食をとることになった。


 城の侍女さんたちの話では、公家衆は二日酔いで苦しんでいる人がかなりいるらしい。昨夜は金色酒、金色薬酒、清酒、麦酒、濁酒と出せる酒は全部出していたからね。蒸留酒は梅酒だけ出して他は出してないが。


 ほとんどの人は金色酒と濁酒以外は初めてということで、とっかえひっかえにあれこれと潰れるまで飲んだ人も結構いる。そもそもこの時代では潰れるまで飲めることが稀であり、酒精が強いから飲み過ぎないように注意したんだけどね。


 潰れた経験のない人が多く加減が分からなかったのと、ここで飲まないと二度と飲めないという貧乏根性があったように思える。


 最近は清洲城にはケティの弟子となる医師が常駐しているが、今回は公家ということで曲直瀬さんが朝からやってきて二日酔いの薬を出しているんだとか。家柄もはっきりしているのでこういう時には頼りになる人だ。後で褒美を出しておこう。


 朝食は塩鮭と海苔の大野煮、玉子焼き、菜物のおひたし、きゅうりの浅漬けなどがある。まあウチや織田家の朝食としてはごくごく普通のものになるだろう。


 ご飯は玄米になる。味噌汁の具は豆腐とわかめだ。織田家でも白米が当たり前になっているが、ケティの指導で一日一回は玄米を食べている。栄養学とかまだない時代だが、特に反発もなくそれがいいと言われると実行しているみたい。


 二日酔いの皆さんはお粥だろうけどね。中には根性で普通の食事を食べる人もいそうだが。


 どのみち今日一日は休養として予定は入れていない。頑張って二日酔いを乗り切ってほしい。


「公家というのも、いろいろなようですね」


 食後のんびりとしていると、土田御前がちょっと複雑そうな表情で公家について口を開いた。昨日の宴には女衆は出ていないが報告は受けているようで、公家衆が何人も二日酔いになったことに驚いているらしい。


 尾張だとケティが飲み過ぎを戒めていることもあり、ここまで大量に二日酔いになることはない。武士の場合は国人クラスだと多少なりとも遠慮するし、戒めを聞いてくれる。他国の者はそもそも二日酔いになるほど飲むことは稀だ。害されると思っていなくても醜聞になるし、また体裁もあるしね。まあ、土岐家の失態をオレたちが宣伝した影響もあるんだろう。


「都は荒れておるからな。酒も満足に飲めぬのであろう」


 信秀さんは仕方ないと微妙な笑みを浮かべて事情を説明していた。公卿家でさえ苦労しているらしいからね。京の都にいる時に暇だったんで武衛陣の留守居役の人と結構話したが、賦役で最低限の暮らしを支えている尾張の民より貧しい暮らしをしている公家が普通にいる。


 尾張の人からすると京の都はやはり特別だという認識だし、権威を重んじる人だと公家も相応に特別な存在だと考えている人が結構いる。土田御前は根が真面目だからそうなんだろう。


 ただ、いざ身近で接してみると限度もわからないほどお酒を飲んでしまい、潰れる人が続出して二日酔いになったっていうんだ。雅とは無縁で体裁を気にしない様子だったのが驚きらしい。


 まあ、威張り散らされたり、二日酔いなのに毒を盛られたなんて騒がれるよりはいいけどね。公家の印象はだいぶ変わった。こちらが最低限の敬意を払うと、そこまで礼儀作法とか気にしない。むしろ相手から仲良くなろうとしてくれる。昨日もオレの話を聞きたいと声をかけてくれた人が結構いた。


 腹の中でどう思っているのかはわからない。とはいえそれは公家だけじゃないしね。会話もしないであいつ生意気だ。嫌いだと言われるよりは断然いい。


 公家衆の反応がいいのは、主に山科さんと近衛さんのおかげでもある。日ノ本の外の者なのだからと根回しをしてくれたからね。


 あとは鰻料理、あれを京の都に残してきたことがかなり効果的だったね。大量の献上品や支援も無関係ではないのだろうが、鰻なら安いのでまだ手に入りやすい。タレは餅屋の中村さんにしか融通していないが、開いて焼くということはそれぞれの家でも出来る。


 その技を伝えることは中村さんにも認めたので、公家衆の家でも鰻の食べ方が変わったそうだ。元の世界の京都には、背骨どころか腹わたや血合ちあいも取らずに胴体を串刺しで焼く、それががまの穂に似ているから、かば焼きの呼び名が付いた料理が、ずっと残ってたらしい。


 自分にも恩恵があれば興味も抱くし、受け止め方も違う。むろん強かさという意味では相応にあるが。


 公家衆が尾張にいる間は、織田家にとってもウチにとっても今後を左右する重要な外交となる。個人的には今川や朝倉よりもこちらのほうが重要だ。


 オレの場合は普段はあまり堅苦しい集まりには参加しないのが基本のスタンスだが、今回はほぼすべてに参加することになる。大変だけどね。オレよりも資清さんのほうが大変だったろう。オレのお供として参加するために礼儀作法を必死に覚えて練習していた。


 三十代半ばを過ぎて新しいことを学ぶのは大変だ。とはいえ資清さん自身も名前が売れ過ぎたこともあるし、外国人であるオレをひとりで参加させるのは困ることもあるだろうと頑張ってくれたんだ。


 みんながそれぞれの立場で努力してこのイベントに挑んでいる。歴史にその努力をのこしてやりたい。そのためにも是が非でも成功させねばならない。


 大丈夫なはずだ。みんな頑張っているからね。




Side:姉小路高綱


「これは鮭か」


 昨夜にはあれほどの宴をしたにもかかわらず、翌朝には鮭が食えるとは。昔、一度だけ献上された鮭を食うたことがあるが……。


 飛騨が世辞にも裕福と言えぬのは今に始まったことではない。されどこれほどの差を宴と翌朝の飯だけで見せつけられるとはな。


 さらに斯波とは因縁浅からぬ今川と朝倉が来ておることにも驚いたが、関白殿下までもが都から来られたことも信じられぬ。


 ここだけの話、我が姉小路家は三木に脅かされておる。此度も奴は呼ばれてもおらぬのにもかかわらず、わしと共に参ったほど。


 わしが斯波殿に助けを求めることを恐れたのであろう。今や織田の力は飛騨にも轟いておる。先日には東美濃の苗木遠山が、遠山本家と織田に臣従した斎藤に攻められて落ちた。次は己ではと戦々恐々としておってもおかしゅうない。


 出来ることならば、助けを求めたいのはわしとしてもある。……が、飛騨を織田に乗っ取られるのもまた困る。


 そもそも何故美濃の守護代家である斎藤はろくな戦もせずに臣従したのだ? そこのところがわからぬのが不気味だ。


 もっとも、ものは考えようだ。三木ならばやり方次第では抑えられるのやもしれぬが、織田が本気で飛騨を狙ろうてくれば、わしにはいかんとすることも出来ん。


 このまま飛騨に籠り、三木に狙われるか、斯波殿に助けを求めて織田に従うか。いずれも避けたいが、いずれかを選ばねばならぬのならば後者を選ぶしかあるまい。前者では姉小路の名跡は三木に奪われ、真なる姉小路の血脈は絶たれよう。


 飯は美味いな。昨日の宴の料理も美味かったが、今朝の飯も美味い。大きめに切り分けられた鮭は塩加減がいい。あまつさえ味噌汁には豆腐まで入っておるではないか。


 ああ、羨ましいものだな。このような豪華絢爛な城で暮らし、関白殿下をはじめとする公家衆を招き、因縁ある相手が頭を下げてくるなど。


 姉小路家ではあり得ぬことだ。そもそもこれほどの人をもてなすことさえ出来ぬのだ。


 少し小耳に挟んだのだが、信濃の小笠原家もまた斯波殿に助けを求めておるとか。甲斐の武田に居城を奪われて、此度は駿河の今川が良からぬ謀を巡らせておると聞いた。


 武田と今川も一族が来ておるところを見ると、介入を恐れておるのか?


 少し他の出方を見る必要はあろう。されどこの機会に三木を抑えるなにかを得たいものだな。




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