第818話・取り戻した栄華

Side:斯波義統


 目の前の者らを眺めて、ふと父祖に思いを馳せる。三管領などと煽てられておる頃に見た光景もこのようなものであったのかの。


 越前を奪った朝倉、遠江を奪った今川。共に当主とその母御が参った。顔色が悪う見えるその姿に、父祖は喜んでくれておるのであろうか?


 喜んでくれておればよいと心から思う。じゃが、何故であろうな。わしはあまり嬉しく思えぬ。先日に内匠頭らと皆で行った海のほうが、よほど嬉しく楽しいものであったといえば、父祖は悲しむのであろうか?


 とはいえわしは嬉しげな笑みを浮かべ、ここまでやってきたかの者らに労い声をかけていく。


「朝倉殿、よう参られたな。互いに己だけでは済まぬこともあるが、此度は大内卿の法要。主上を重んじておられた大内卿のためにもよしなに頼む」


「そのお言葉、ありがたく頂戴しまする」


 朝倉殿は若いの。戸惑うておるのがありありとわかるわ。なにを言うてよいか迷うておるのであろう? かつての旧主である斯波家のわしを相手に清洲で会うには、いささか若すぎるわ。


 恐らく宗滴に尻でも叩かれて参ったのであろうな。噂ではそこまで愚かではないとのことだが、武勇を誇る家臣どもを治めるにはいささか心許ないからの。


「よう参られた。寿桂尼殿」


「此度はわざわざの招き、ありがとうございます。治部大輔に代わり礼を申します」


 今川の寿桂尼殿。駿河では尼御台と呼ばれることもあるという女傑とやら。嘘か真か義元も頭が上がらぬと噂があるとか。


 害されることがないと悟っておると見える。肝が据わっておるの。こちらをまっすぐと見て揺るがぬわ。ふむ、一馬の奥方以外ではこれほどの女は初めて見るやもしれぬ。


 されど、惜しいの。大智や絵師ならば、あえてこのような場では隙を作ってみせる。この者がここを敵地と思うておるのならば、このままでもよいと思うのじゃがの。


 はてさて、如何思うておるのやら。


「お招き感謝致します。主に代わり礼を申します」


 武田からの使者は晴信の弟か。なんでも先代が晴信を廃嫡にしてこの男を跡継ぎとしようとしたとか。卑怯者と呼ばれる兄とは違うということか?


 なんとも悲壮な様子がみえるの。さほど威圧しておるつもりもなく、礼をもって遇しておるのであるが。あちらの小笠原長時が時折睨んでおるからか?


 甲斐源氏というても暮らしぶりからして、貧しいようじゃからの。清洲の町と久遠家の料理に恐れをなしたか?


「難儀そうであるな。武衛殿」


「なんの、大内卿の遺徳のおかげとはいえ、このような名誉は二度とあるまい。生涯の誉れと致すつもりじゃ」


 挨拶もそこそこに楽しげに声を掛けて参ったのは北畠家の嫡男、左中将殿か。確かに面白かろう。我が斯波家と因縁がある朝倉と今川。戦の真っ最中である今川と武田。その武田に攻め込まれて城を失った小笠原が同じ宴席におるのだ。


 まして北畠家からすると他人事じゃからの。


 しかもこの男、度々尾張に来ておるせいか、わしの心情を悟って楽しんでおる様子。父御の北畠卿はそんな倅とわしの言葉にならぬ様子を悟ったのであろう。少し済まなそうに笑っておる。


 いささか困った男じゃの。とはいえ謀をするわけでもなく、武芸を重んじる武士以上に武士らしい男。


 公卿家である北畠から見るとこのような武家の様子など滑稽なのであろうな。


 まあ、この男は楽しませておいて損はあるまい。敵となり自ら天下をと狙う男ではあるまいからの。




Side:久遠一馬


 西の空にも星が出た頃だろうか。障子越しに差し込む夕日も見えなくなり始めていた。部屋はランプの灯りで照らされている。


 料理は美味しい。完璧と言っても差し支えないだろう。よくぞここまで、この人数分を作り上げたなと思う。この時代の料理も決して馬鹿に出来るものではない。とはいえ完成度で言えば当然ながら今回の料理は群を抜いているだろう。


 料理はマドカたちが手伝っているはずだが、実際に調理しているのは大半が清洲城の料理人たちだ。エルが伝えた料理をエル抜きでここまで作り上げた。その成長度合いに驚かされたというのが本音かもしれない。


 一方の来訪者の皆さん。彼らの様子も興味深い。好奇や怖れなど様々な感情に思惑を感じさせる様子で宴に参加している。


 ご機嫌なのは近衛稙家さんを筆頭とする公家衆だろうか。周囲の様子とこちらのもてなしや出方を見て楽しそうだ。ああ、息子の前久さんも楽しげだね。


 稙家さんは肝が据わっている。周防では陶隆房の襲撃に混乱する公家を一喝して自身は堂々と渡り合ったというほど。


 割と悲壮なのは武家のほうかもしれない。史実で義景となる朝倉延景さん、六角義賢さん、寿桂尼さん、武田信繁さんなどは、顔色が悪いというか引き攣りそうな感じにも見える。


 姉小路高綱さんと小笠原長時さんは驚いているものの、そこまでマイナスな感じはない。こちらはむしろ前向きな反応だ。敵対する気がないのか、状況や力の差を理解していないのかは判断に迷うが。


 余裕があるのは北畠晴具さんと具教さんの親子だ。彼らを公家として扱うか武家として扱うかは微妙なところだが。具教さんを通してこちらの力や考え方をかなり理解しているとみるべきだろう。


 陸上で領地が接していないことから経済格差による悪影響が少ないのも大きいだろうね。水軍での対抗はほぼ諦めている感じがあることも理由かもしれない。


 そもそも水軍の存在意義が違うので対抗する以前の問題なのだが。単に沿岸の航行を許すとか、案内することで税を徴収することを目的とする水軍と、領海に近海の制海権はもちろんだが、遠方との交易のために遠洋水軍として脱皮しつつある織田水軍では、経済力も装備もまったく違うので対抗するのは難しい。


 ふとオレは元の世界の戦国時代という歴史を思い出した。


 武田家は上杉謙信と武田信玄の川中島合戦の影響もあり、戦国最強と言われたこともあった。今川家は三河で織田家に勝つことで尾張を圧迫して、織田信秀亡き後には尾張に侵攻までしてきた相手だ。


 六角義賢は六角定頼の跡を継いで立派に領国を守り通した。中央での勢力拡大こそ出来なかったが、当時の相手が三好長慶であり一代英傑と言える人物で仕方ないと思う。


 朝倉延景。史実ではこの時期に足利義輝と謁見することで朝倉義景と名を変えているが、この世界では法要の件があったからか、義輝さんが病を称しているからか改名は実現していない。


 名を一字与えることは将軍としての仕事でもあるので、今後頃合いを見て実現するのかはオレにはわからないことだ。将軍の仕事は観音寺城で留守でも出来ることはしているはずだけど。


「かず、いかがした?」


 少しボーっとしていたのだろう。隣にいた信長さんが声をかけてきた。


「いえ、敵地に来る覚悟と決意。怖いなと」


 人は変わるものだ。それは織田家の皆さんと信長さんでよく理解している。信長さんを見ているとそれを実感する。


 ただ、織田家がこれだけ大きくなると、変わるのは織田家だけでは済まないのが現状なのだろう。史実で有名だった皆さんも変わらざるを得ない。


 この時代で他国に行くなんて死を覚悟するレベルの決意が必要なことだ。そこまでして尾張に来た人たちを甘く見ることは危険なことだと思う。今まで以上に慎重に調べて準備をして物事を進めていく必要があるだろう。


 まあそこまで悲観しなくても何事も利点と欠点はある。敵の顔も知らないで戦をしていくよりはいい面もあるはずだ。出来れば経済力を背景に無駄な戦を減らせればいいんだけど。どうなるのやら。



◆◆

北畠具教

美濃介から左中将に変更しました。

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