第815話・陰で迎える者たち
Side:マドカ
「それダメ! もっとちゃんと焼いて! ただし、焦げないようにしてよ!!」
清洲城の台所は緊迫した空気が支配しているわ。数百人の来客を一度に歓迎する宴の料理は、ウチの料理を学び、衛生管理も出来ている清洲城の料理人であっても負担が大きい。
本来ならばエルがしていたことだけど、産休中なので私が代理で手伝いに来ている。季節は夏だもの、食中毒の心配もある。ちょっとしたミスで腹を切ることになりかねないこの時代は料理も命懸けなのよ。
「お方様、こちらは……」
「うん。いいわ。冷めないように温めておいて」
「畏まりました」
あまり出しゃばりたくないんだけどね。手が回ってないのが事実で私も調理に参加しつつ、料理人たちに指示を出す。
「貴方、ウナギ捌くの巧いね」
「はっ、日々修練した成果でございます」
「その調子でお願いね」
厄介なのはウナギのかば焼きがメニューにあること。エルが都でウナギを広めて以降、京の都のみならず諸国でも評判になりつつあるという。本場の尾張のウナギ料理はどうなんだと楽しみにしている公家衆が多いと聞いてメニューに加わった。
でもさ、数百人のウナギを用意して捌いて焼くなんて、それだけでも大変なのよね。料理はウナギだけじゃないしさ。
「マドカ、寒天は大丈夫でござるよ」
「美味しそうなのです!!」
「ありがと。すず、チェリー」
ああ、デザート作りを手伝ってくれていたすずとチェリーのほうが終わったみたいね。メニューは城の料理人とエルが考えて、大殿が決めたものになる。
肉料理は避けたけど、鮮魚を使ったメインや、この時代では薬扱いでそのままではあまり食べないもやしを使った酢の物とかいろいろある。
デザートは牛乳寒天よ。公家衆にとって牛乳はかつて先人たちが飲んでいたものとして特別なものがある。それをゼリーとして固めて冷やして提供する。
どんな反応するか直接見られないのが残念ね。
Side:ジュリア
「さあ、出番だよ! 田舎者と侮る連中に目にもの見せてやりな!!」
「はっ!!」
馬廻りと武官を一斉に集めて指示を飛ばす。本当はこの連中は大殿の直轄なんだけどねぇ。忙しくて手が回らないからアタシが代わりに仕切っている。
礼儀作法と警護のイロハは叩き込んだ。公家衆は問題ないとしても他所から集まった武士たちは、なにがきっかけで騒ぐかわかったもんじゃない。
特に宴には酒も出すからねぇ。この時代の酒は濁り酒だから酒精が薄い。それに引き換え、ウチの酒はそこそこ酒精が強い。これでもあんまり強い酒は出さないようにするんだけどさ。
慣れない酒で酔って暴れて戦だなんてごめんだよ。ほんと、酔っ払いが面倒な連中なのは、この時代も同じだね。
「見事なものだな。尾張、美濃、三河と
「孫三郎様がやってくれればアタシは楽なんだけどね。アタシより適任だろ」
城内で警備するのは連中なんだ。そんな連中を送り出すと、ずっと見ていた孫三郎様が面白げに声を掛けてきた。まったく、手伝いに来たはずなのに見ているだけなんだから。
「あー、それはいかんな。将たる者は将に相応しき者でなくばならん。オレは尾張半国の連中の相手が限界だな」
「そうは見えないけどねぇ」
この男は何処か司令に似ている。いや、学んだとみるべきか。適度な地位で楽に生きる。その気になれば武官を束ねることも出来るのにやらないんだから。
「それにな、オレがやるとくだらんことを考える者が出かねん。兄弟というのもなかなか大変なのだ」
孫三郎様の懸念は自身の派閥が出来ることか。相変わらず油断のならない男だよ。確かに織田家も大きくなったからね。少なからず家中に派閥がある。
上の兄である与次郎様は文官として働いているからまだいいけどね。武官気質の孫三郎様を首領に掲げた派閥が家中に出来ると影響力が望まぬくらいには上がりかねないか。
兄弟で争うなんてよくある時代だしねぇ。
「まあ、なにかあらばオレも責めは一緒に負う。それでよかろう」
「なにもないことを祈るよ」
危ないのは武田なんだよね。今川と小笠原という敵対している相手がいるんだからさ。
武田信繁。史実の資料とこの時代で得た情報ではそこまで愚か者じゃないようだけど、他の同行してきた連中がね。
やれやれ、表に出られない立場も楽じゃないね。
Side:メルティ
「これで尾張の焼き物の名が天下に知れ渡るな」
今日の宴で使う食器のサンプルを見ながら、与次郎様は嬉しそうにしているわね。試作していた焼き物村で出来た焼き物がこの宴に間に合った。
元の世界で言うところの磁器よ。私も暇を見つけて足を運んで指導した。途中からエルの産休の影響でシンディに代わってもらったけど。
出来はまずまずね。元の世界と違って画一的ではなくて少し味のある出来だけど、それもいいと評判だわ。
「ものづくりが育っているわ。尾張はこれだけでも戦えるはずよ」
「紅茶好きという朝倉殿や今川の寿桂尼殿の驚く顔が見物だな」
私は今夜の宴の差配のために清洲城にいるわ。司令は守護様、大殿、若様と共に、窓口の伊勢守様から割り振られた来客の応対で手が離せないから、与次郎様と私で全体の差配をしているのよ。
各担当者や奉行から入る報告をまとめて全体を差配する。与次郎様と文官たちだけでも大丈夫だと思うわ。でも人手は多くても困らない。本当のところは与次郎様に頼まれて来たのだけれど。
これほどの公家衆と守護や国司が一挙に集まる機会は、戦乱が激化した近年ではないわ。
そもそも武士と公家は立場も生き方も違う。今回のメンバーが畿内の外でこれだけ集まるなんて初めてのことじゃないかしら。
当然ながら、これだけの規模で宴をするノウハウは織田家にはなかった。ウチもこの時代の礼儀作法や今のリアルな流行や流れを完全に把握しているわけではない。
私たちが来て以降、祭りや宴で積み上げてきた組織としての経験や、今回の法要の主役でもある隆光殿や山科卿の助力も大きかったわ。
みんなで作り上げた今回のチャンス。絶対に無駄には出来ない。
天下に手を出すのは早いけど、敵対したらタダではすまないと見せる必要はある。抑止力というのはいつの時代も有効なはずよ。
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