第814話・集う者たち

Side:久遠一馬


 花火大会まであと十日、清洲には公家衆を筆頭に近隣の勢力からの代表が到着していた。


 北畠家からは共に官位持ちである北畠晴具さんと嫡男の具教さんの親子が揃って来ていて、六角家からは当主である六角義賢さんが将軍の名代として来ている。


 越前からは史実では義景という名で知られている当主の朝倉延景が自ら来ていて、信濃の守護である小笠原長時と、飛騨の国司である姉小路高綱が来た。


 三好家からは長慶さんの弟である安宅冬康さんと松永久秀さんが来ていて、本願寺からは高僧が複数来た。それと伊勢神宮の神官、願証寺の高僧も法要と花火大会に参加するらしい。


 武田家からは晴信の弟である武田信繁。懸念の今川からはなんと寿桂尼が来た。尼御台だよ。義統さんや信秀さんもちょっと驚いている。


 この時代は江戸時代と違い女性も自立していて、寿桂尼は史実では尼御台と呼ばれて長きに亘り今川を支えていた人物になる。


 あと驚きなのは朝倉延景だろう。朝倉家当主、戦にも出ない人で上洛以外だと領地から出ない人だよねぇ。


 正直、織田家の予想以上に集まったと言えるだろう。史実だと将軍就任でさえもここまで集まらなかったはず。意味合いが違うということはあるが、それを考慮しても影響力の強さを改めて感じた結果だ。


「お久しゅうございます。しばらくお世話になりまする」


 そしてウチの屋敷にはこの人がやってきた。天下の風来坊、菊丸さんだ。お供の与一郎さんもいる。


「ええ、ゆっくりと滞在してください」


 菊丸さんは以前よりも武芸者としてきちんとした態度になっていた。いや、この人もVIPだから変なところには泊まれとは言えないし、城とか寺は花火大会見物の旅人と貴人でいっぱいなんだよね。


 結果的に塚原さんのお弟子さんとして、ジュリアのいるウチで預かるのがベストだった。


 一緒にトランプで神経衰弱をしていたお市ちゃんは、またこの人が来たとちょっと不思議そうに見ている。ただの武芸者ではないと知っているが、正体は教えてないんだよね。ちなみに乳母さんには教えてある。なにかあっても困るし。


「上様、ご自身で法要に出られたら良かったのではありませんか? 今からでも手配は出来ますが……」


 お市ちゃんにエルのところに行ってもらい、オレとメルティと資清さんと、菊丸さんと与一郎さんの五人だけになると菊丸さんと腹を割って話すことにした。


 上座も空けようとしたが、それは不要だと拒否されたけどね。


「それは殿下にも言われたが断った。三好と六角が上手くやっておるのを邪魔したくない。あの小物に付け入る隙を与えかねんからな」


 オレたちも以前から話していたことだが、この法要って使い方次第では将軍義輝さんの権威と力を諸国に見せつけることも出来なくはない。


 正直、足利将軍の権威の回復って史実を見ると微妙だけど、義輝さんが本気で世を変えたいのならば、オレたちもその道から新しい世を築くことはありだとは思うんだよね。


「やはり、管領職を潰すおつもりでございますか?」


「武衛が求めるのならば与えてもよいが、細川家の管領は要らぬ」


 ただ、義輝さんの考えはこちらも推測していた。史実だとこの年に細川京兆家の家督を継ぎ管領となるはずの細川氏綱だが、今のところそんな話は欠片もない。


 その代わりというわけではないが、義輝さんは三好長慶さんを将軍家相伴衆に任じている。元は将軍の宴席や他家訪問の際に随従、相伴する役職なんだが。長慶さんの弱点は権威が足りないことだったからね。


 義輝さん、完全に独自の道を歩み始めたね。


 ジュリアが義輝さんを結構気に入っていて、武芸の稽古の傍らで助言をしていることも影響しているのだろうが。


 まあ義輝さんはこのまま菊丸さんとして、花火大会終了後まで尾張にいるらしい。次の関東行きの船で一気に関東まで行って、そのまま鹿島に行くそうだ。




Side:六角義賢


 父上が最後に行きたかったと言うておられた尾張にやってきた。思うておった以上に栄えておると驚いたのが本音であろうか。


 道中では民が喜んで道を整えておる様子が奇妙と言えば奇妙であった。報酬の出る織田の賦役は知っておるが、直に見るとまた印象が違う。


 働かせておることに変わりはあるまいが、民が率先して働くなどあることではない。己の食い扶持が増えるわけでもない限りな。


 周辺の諸国からは守護や国司がほとんど集まるという。このまま天下に号令でもかけるのではと思うほど、尾張と美濃の活気は凄まじい。


「管領代殿の最期の話は聞いた通りか。天下を差配する者にはわしにはわからぬ苦労と思いがあったのであろうな。せっかく来たのだ、南蛮船に乗られるか? 沖に出ねば危うくはあるまい。わしも乗った。時期は法要と花火大会が終わってからになろうが、管領代殿のよい供養となろう」


 いささか忙しそうな斯波武衛殿との対面では父上の最期の話を聞かれた。尾張に行きたいと南蛮船に乗りたいと言ったと教えると、武衛殿は父上を思い出しておられるのか神妙な様子で思わぬ誘いをしてくれた。


 上様は本音では武衛殿に管領職を継いでほしいのであろうが、斯波家も織田家も細川家との争いの矢面に立ちたくないのかその気は見せぬ。


 ただ、こうして会うてみると、父上が最期まで尾張を見ておられたわけがわかる。


「ありがとうございまする。それは是非お願い致す。亡き父も喜びましょう」


 わしは知りたい。父上が最期になにを見ておられたのか。新たな世とはなんなのか。


 そう思うた時、聞いたことのない鐘の音のような音が聞こえた。


「これは……」


「刻を知らせる鐘じゃ」


 なんの合図かとつい武衛殿に訊ねると、武衛殿は障子を開けてわしに外を見せた。


 そこには土か石でも積んだような、高いやぐらか見張り台がある。鐘の音はあそこからか?


「あれはの。時計塔と尾張では呼んでおる。刻を刻む文字盤があっての。定刻になると鐘の音で刻を知らせておるのだ」


「時計塔……」


 寺の鐘の音とは違う澄んだ音に思わず聞き入ってしまう。刻を知らせるだと。そのようなことまでしておるのか。


「上様からは、左京大夫殿に是非、広い世を見せてやってほしいと書状が届いておる。佐々木源氏の左京大夫殿にものを教えるなど増上慢に過ぎるかとも思うがの。とはいえここには日ノ本の外に通じるものがあちこちにある。左京大夫殿とて話の種くらいにはなろう。良ければいろいろお見せ出来ると思う」


「是非、お願い致す」


 ……上様。そのようなことまでされておられたのか。父上が最期まで上様の帰還を楽しみにしておられたのがわかる。


 さすがに久遠家の秘伝までは見せてもらえるとは思わぬが、日ノ本の外を知るなどわしとて滅多にあることではない。


 断る理由などないわ。


 父上、某が父上の代わりに尾張を見聞致しましょうぞ。




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