第805話・進捗状況
Side:久遠一馬
今朝は雨が降っている。梅雨に入ったらしい。京の都では公家衆が尾張に向けて出発している頃か。
近江国までは三好家が公家衆を護衛して、近江国から織田領までは六角家が護衛をすることで話がついている。
ルートは東海道と東山道の双方で考慮していて、天候や不測の事態などで決めることになるだろう。東海道のほうが歩きやすいが、ここ数年で関ケ原より尾張への道はだいぶ良くなっているのでそちらも検討しているらしい。
「清洲はまた大きゅうなっておるのう」
先日には山科言継さんが到着した。前回来た時より更に発展している清洲に驚いたようだ。山科さんからは、義統さんを筆頭に信秀さん以下織田一族と重臣たちが礼儀作法を教わっている。
文官、武官、警備兵、馬廻などには、すでに冷泉さん改め隆光さんが学校で最低限の礼儀作法を教えてくれていて助かっている。
さすがは大内家で重臣を務めていただけあって、公家関連の礼儀作法なんかも詳しいんだ。
隆光さんは大内義隆さんの法要が盛大になることを喜んでいた。大内家の家柄や義隆さんの功績に斯波家や織田家への注目度など、法要自体が様々な思惑の上に進んでいることは隆光さんも承知のことだ。
それでも公家文化を好んだ義隆さんの法要に、公家衆が大勢くることを義隆さんも喜んでいるだろうと言っていた。陶隆房とすれば悪夢そのものなんだろうが。
「近隣の守護と国司が大集合だね」
季節が変わり、法要に招いたところから返答が来ている。伊勢の北畠家は当主である北畠晴具さんが自ら来るし、六角家からは六角義賢さんが将軍の名代として来る。
正直、六角義賢さんは想定外だ。将軍である義輝さんが自ら勧めたらしく、オレのところにもよろしく頼むと書状が来ている。
他には信濃の小笠原家、飛騨の姉小路家も、当主か名代かわからないが来ると返答が来ている。
あと関係者で言えば三好家と石山本願寺も誰か来るらしい。こちらはトップが来ることはないだろうが、相応の人がくるだろう。
今川家と朝倉家と武田家も招いた。武田家は領地が隣接してないけど、西保三郎君がいる縁で義統さんが決めた。甲斐源氏の家柄もいいし、今川とのバランスを考えたんだろう。
それと関東の北条家は招いてはいない。関東には関東公方やら関東管領やらがいる。友好関係があるとはいえ、北条だけ招くと後々に面倒なことになりかねない。ただ、花火大会に合わせて法要があることは知らせている。
北条からは何度か尾張に人が来ている。偶然花火大会見物にでも尾張にくれば、法要に参加することになるだろう。まあ、これでも恨まれるかもしれないが、そこまでいくと仕方ないと割り切るしかない。
みんなが満足することなんて世の中ないんだから。
「うーん」
仔犬たちとの触れ合いも解禁になったため、この日もロボとブランカと仔犬たちに遊ばれているオレだが、セレスの報告に少し悩んでいた。
法要と花火大会の警備に関する報告だ。明らかに人が足りていない。ただしこれに関しては、実はさほど難しくない解決策がある。
法要の会場や花火大会の行われる津島を封鎖するなりして、領民や他国からの人が公家衆と完全に関わらないように遠ざけるとそれで解決する部分もある。身分制度があるこの時代ではなんのおかしな方法ではない。むしろそっちが普通だろう。
とはいえ花火大会は、領民も他国からの観光客もみんな楽しみにしているイベントだ。なるべく共存しつつやりたい。特に美濃や三河の領民からすると、同じ織田領でも津島まで結構遠いんだ。旅費を貯めたり、近隣の村と協力して留守中の田畑を守ったりと頑張っている。
「本領から人を少し呼んだら、なんとかなるか?」
しばし考えてみるが、現状で出来る解決策は多くない。この場には仔犬の一匹に懐かれている資清さんも控えている。言葉を選びつつセレスに思い付いた策を聞いてみる。
「そうですね。私たちのやり方に慣れた百名もいれば、あとは家中の者たちでもやれると思います」
警備の人員の頭数は揃うらしい。織田家の場合は人の動員も賦役と同じで報酬が出る。末端の警備する人員は集まるが、管理する人と問題が起きないようにフォローする人がもう少し欲しいみたい。
バイオロイドとロボット兵を出すしかないか。正直、オレはあまり気が進まない。一度でも人を呼べば、それが当たり前と思われかねない。まあ船乗りは今も大半がバイオロイドとロボット兵なので、気にし過ぎと言われればそうだが。
「私たちもそのくらいは負担が必要ね」
少し悩むが、補佐してくれているメルティも必要だと判断したらしい。実のところウチの本領は織田家でも扱いが特別だ。現状で日ノ本の外の領地に、織田家は関与しないという形で落ち着いている。
これには臣従した当初に、織田家が日ノ本の外の領地への援軍を送れないことが理由にあり、信秀さんがそう決めた。猶子の際にも話を詰めたが、久遠家で開拓した領地は久遠家がそのまま治めるという形になった。
織田家のみんなも馬鹿じゃない。人口過疎地を中心に領地を広げているウチの苦労は察してくれている。織田家の刑罰に遠島送りが加わって以降は、離島開拓の苦しみを現実のものとしてさらに理解してくれた。
その分、貿易や知識や技術の譲渡で織田家に貢献していることは周知の事実ということもある。
「メルティ、島に連絡して人員を送ってもらって。あと忍び衆の補佐にも何人か来られる人がいたらお願い。どのみち法要に合わせて船団を送ってもらうつもりだったし」
「わかったわ」
セレス、メルティと目を合わせて、ここは動くべきだと決めた。
もともと法要と花火大会の時には、今年もガレオン船とキャラベル船を数隻呼ぶつもりでいたんだ。そのついでだと思えば悪くはない。
公家衆や周辺の守護や国司や実力者たちに斯波家、織田家、久遠家の力を改めて見せる必要はあるからね。
「では、こちらは受け入れの支度をしておきまする」
「うん、お願いね。八郎殿」
仔犬と遊び顔が緩んでいた資清さんが、すっと真剣な顔になった。こういうオンとオフの使い分けは資清さんも本当に上手くなった。
来た当初は真面目一辺倒だったのに、オレたちと付き合うに従ってそれだけではオレたちが疲れると理解して合わせてくれている。
尾張どころか天下にも名が知れている、久遠家自慢の家臣になるんだよね。まあおかげで三雲家には随分と目の敵にされているけど。
ただ、六角家では意外にちゃんと評価されているとの情報が忍び衆から入っている。日ノ本の外から仕官したウチを支えている手腕には気付いている人は気付いている。亡くなった管領代である定頼さんとの対面の結果でもあるらしいが。
少なくとも侮る人はいないようで、さすがは六角家というところか。
しかし史実にない一大イベントとなりつつあるな。上洛しての馬揃えよりも影響は遥かに大きいかもしれない。
義輝さんはどうも菊丸としてまた尾張に来て、花火を見物して鹿島に行くつもりのようだ。この期間に義輝さんとはもう少し友好を深めておいたほうがいいかもしれない。
四面楚歌になる危険性が消えたわけじゃないんだ。今の織田家でもね。
足利将軍の権威と力も決して馬鹿に出来ない。予防策はいくら張ってもいい。
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