第779話・那古野の整理

side:久遠一馬


 この日は那古野城にて、信長さんと家老をはじめとした主要な直臣の皆さんと話をしていた。


 那古野の町も変わりつつある。オレたちが来た頃は、城と家臣の屋敷と元からあった集落しかなかったところが、ちょっとした町になっているんだ。


 郊外に関しては道幅の確保や計画的な町造りのため、ある程度規則を決めて縄張りを行なったうえでの住居の建設をさせているが、元からあった城とその周辺や計画前から自然と増えていた家屋敷に関しては道幅を広げる工事や区画整理の最中になる。


 城の周りの主要な道の整備はそろそろ一段落するのだが、吉法師君が生まれたことにより城の周りにある屋敷の再配置を信長さんが検討しているんだ。


 ウチの周りは信長さんの家老などの偉い人の屋敷が多い。とは言っても自身の所領もある人たちだ。屋敷には留守番の人はいるが、実際に彼らが泊まるのは月に何日もない。


 一方、資清さんの屋敷とか望月さんの屋敷は、城やウチの屋敷から少し離れている。信長さんは家老たちの屋敷を移転させることで、資清さんと望月さんの屋敷を近場に移すつもりらしい。


「政は清洲で行っておりますからな」


 家老のひとりである青山信昌さんは特に反対も賛成もない様子だ。実はお隣さんなんだけど。所領も遠くないので屋敷には滅多に泊まることはない。


 それに彼の言うように現在の那古野城での政務は多くない。全域を直轄領とした信長さんの所領の管理を、領地を召し上げて俸禄にした文官の皆さんがしているが、信秀さんと信長さんと話し合い、信長さんの直轄領も弾正忠家の直轄領との一本化をしようとしているくらいだ。


 嫡男として織田領全域の仕事もする信長さんの家老の皆さんも、当然ながら那古野よりは清洲で働くことが増えた。皆さん、清洲にも屋敷があるからね。


「かず、お前の屋敷も広げるぞ。正月など狭いであろう」


 家老の皆さんの屋敷を城の東側の少し離れた場所に移して、南側に広がる現在のウチの屋敷がある場所を中心に屋敷の再配置をするのが信長さんの考えらしい。


 家老の皆さんの反対はない。事前に政秀さんが根回しをしている。その過程でウチの屋敷のことも信長さんが言及した。


 確かに少し手狭なんだよね。牧場とか津島、熱田、蟹江と屋敷を増やして対応しているが。


 領地は牧場村がそうだが、あそこには代官屋敷くらいはあるが、あとは孤児院のほうが大きいくらいだ。本邸は那古野になる。


「ウチは助かりますが、よろしいのですか?」


「構わん。住む者が優先だ。留守の屋敷を並べておくのも不用心だからな」


 ウチの屋敷も広げる。このことも以前から何度か話をしている。現在も温室を造ったりといろいろやっているうえに尾張でも目立つからな。屋敷の防備を高めることは以前から指摘もされていた。


 元々防備はそれなりにある屋敷ではあるが、城よりは劣るのが現実だ。


「城と同じく堀で囲んでしまったほうがいい。つまらん火付けにでもあっては目も当てられん」


 佐久間信盛さんに至っては、城と同じようにしてしまったほうがいいとまで言っている。これも以前から議論があったことだ。


 佐久間さんはそんなに親しいわけでもないが、立場上顔を合わせるし、ウチの屋敷にきたことも何度もある。今でも不用心だとたまに注意してくれる。


「最早、守護代の下の三奉行ではないからな。弾正忠家は。久遠殿の屋敷になにかあれば、我らが諸国に笑われる」


 家老のひとりでもある内藤勝介さんも佐久間さんの話に同意らしい。ウチになにかあれば、責任を取らされるかもしれないしね。痛くもない腹を探られるのは困るんだろう。


「左様ですな。ひとまとめにしたほうが守りやすうございます」


 最後に政秀さんも同意したことで屋敷の拡張も決まった。


 ウチの屋敷なんだけどね。銭やら貴重な品も多いし、ウチの価値はみんなが知っている。下手なところに屋敷を移すよりは織田家としても守るのが楽なんだろう。


 別にウチが郊外に移ってもいいんだけどね。吉法師君の守役でもある政秀さんも現在の城に近い屋敷のままにするようだが、あとの家老衆は屋敷を東側に移して、昔とくらべると増えた直臣の人たちも含めて屋敷の再配置を行うことになった。




Side:浅井久政


 観音寺城下にて屋敷を与えられ、隠居して生き恥を晒しておるわしのところに来るのは、ろくな者がおらん。


 先刻にも怪しげな素破が管領の細川晴元からの書状とやらを置いていった。旧領奪還を望むならば力になるという内容だが、本人のものかも怪しいものだ。


「三雲の手の者でございましょうな」


 共におった家臣たちは所領に戻るか、居場所をなくして出家した。そんな中、未だにわしのもとにおるのはこの男だ。伊勢関家の家臣の出という怪しげな男。幸次郎。


 勝手にしろと申したにも拘らず、未だにわしのもとにおるおかしな男だ。どこかの紐付きかと思うたが、すでにわしには探るべきものはなにもない。


「なぜわかる?」


「甲賀訛りが僅かにありましたからな。少し町を歩けば知れておる話でございます。三雲殿が織田憎しで管領殿と通じておるということは。某は遊女に聞きましたが」


 そうか。三雲か。滝川、望月の立身出世がよほど憎いとみえる。


 それにしてもこの男は相変わらずか。ふらりとどこかに消えたかと思っても、翌日には戻ってくる。何処に行っておったのかと思えば、遊女のところか。


「このような文を持ってくるところをみると、底が知れておるな」


「さて、それは手前にはわかりませぬな。とはいえ忠義に厚く情も深い滝川八郎と、今や近江でも称えられております。亡き管領代殿も手放したのを惜しんだというほど。それと引き換えに三雲定持は、冷酷非情な男と評判でございますぞ」


「比べるまでもないわ」


 滝川八郎か。わしのために死した者たちのためにも、命ある限り精一杯生きていくべきだとわしに言うたあの男の言葉が忘れられん。


 こうして生き恥を晒しておるのも、あの男の言葉があればこそ。三雲がどれほどの男か知らぬが、勝てる相手ではない。


 織田は氏素性の怪しき久遠を召し抱え、久遠は素破と謗られる八郎を重臣として厚遇しておるのだ。わしの命を懸けた嘆願を織田や斯波が聞き届けるほどの力を持つ男。


 あの男に捕らえられたおかげで恥にならなかったのが、せめてもの救いだな。


「幸次郎、その文を城に届けておけ」


「よろしいので?」


「今更、管領と組んでなんになる」


 くだらん。今更わしが旧領奪還などと考えておると思われておるのか? 六角が泳がせておる謀かもしれんのだ。


 情けを掛けられて仇で返したなどと言われとうないわ。


「それに六角も代替わりで如何なるかわからん。つまらぬ争いに巻き込まれるのは御免だ」


 浅井家は存続しておるのだ。六角の家臣としてだがな。無様に敗れたわしが今更、浅井家の存続の邪魔など出来んわ。


 大人しくみておるだけだ。六角と近江が如何なるのかをな。




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