第778話・待つモノと気付くモノ

Side:エル


 もうすぐ梅の花が咲く頃です。春を待ちわびている人々の様子が好きかもしれません。


「オッケー、大丈夫だよ」


 パメラの検診を終えて安堵しました。


 アンドロイドの妊娠など前例のないことです。朝晩には医療型のアンドロイドによる検診を行い、極秘裏に状態や経過を記録していきます。私に続くみんなが困らないように。


「どうなの?」


「うん。普通の人間と同じだよ。コンピューターのシミュレートでもそうなっているから大丈夫、大丈夫。それに要塞のメインシステムでバックアップもしているし。万が一の時は、すぐに設備のある艦艇に行けるように近海に配置したから」


 前にケティが言っていましたね。医者としてならば自分よりパメラが向いていると。彼女の明るさが患者たちに希望を与えるのだと。こうして私が患者になるとよく分かります。


 この件に関して私は関与しておりません。司令と相談して医療型アンドロイドたちに任せています。


「生きていると実感したことは何度もある。でもこうして子を宿すと、生命の神秘を感じるわね」


 私たちが生命体となったことは、この世界に来てすぐにわかったことです。ですがそれを体験するのは日々の生活においてでした。


「神様も本当にいるのかもね」


「ええ、私たちが生きていることが奇跡のようなものですものね」


 パメラはロマンチストな一面があります。私たちの現状から、神が存在するのではと少し本気で思っているようです。


 私たちがこの世界に来た理由について、最低限の研究は続けています。神という存在が人のような意思を持つ存在とは思いませんが、超常的ななにかがある可能性は十分にありますので。


 司令は神仏など信じておりません。神仏よりも神仏に関わる人があまりお好きではない様子。もっともこの世界に来て、多くの宗教関係者と出会い、その認識も変わったようですが。


 歴史として見る宗教の恐ろしさと身勝手さ。武士に負けず劣らず非道な行いが数多くある。それもまた宗教の一面でしょう。ですが、土地に根付き人々の心の拠り所として精一杯生きている者たちもいるのですから。


「患者さんとか、みんな心配してくれるんだよ。教えてあげたら喜ぶよ、きっと」


 子供が出来ないというのは、この時代では計り知れないほどの悩みになります。自己責任の時代でありますが、人を思いやる気持ちもないわけではありません。


 特に久遠家の後を継ぐ子が生まれることを皆が待っています。平和な尾張が続くには必要だと思っているのでしょう。


 子の性別は生まれるまで聞かないことにしました。医療型のみんなは知ってしまうことですが、司令は生まれてくるまで楽しみにしていたいようなので、私もそれに同意しました。


 多くのアンドロイドを創った司令ですが、子供は自然に任せたいというのがこだわりのようです。


 実は司令には話していませんが、私たちアンドロイドの中だけで最初は私が子を産むべきだと決めていました。無論、私の意見というよりは私以外のみんなの意見ですが。


 司令には避妊はしていないということにしましたが、実質的にしていなかったのは私だけになります。お清殿と千代女殿にも無断で申し訳ないのですが、付き合ってもらっていました。


 彼女たちは身内として考える。それが私たちのスタンスです。いずれすべてを明かす時にでも謝罪しなくてはなりませんが。


 私が妊娠したかもしれないことも、ふたりにはすでに伝えてあります。まだ一切の口外はしないようにと頼みましたが。


 まるで自分のことのように喜んでくれたふたりにも、自分の子を産ませてあげられる日は遠くないでしょう。


 多くの子供たちで賑やかで楽しい家庭にしたいですね。




Side:久遠一馬


 エルの妊娠発覚から一週間、資清さんと奥さんのお梅さんが揃って内密の話があると言ってきた。ふたり揃ってというのは珍しい。


「エル様のことです。もしや……子が出来たのでございましょうか?」


 家中になにか問題でもあるのかとエルとメルティと共に話を聞くが、言葉を選びつつ口を開いた資清さんにオレたちは驚かされた。


「まだ、わかりません。ただ、そうかもしれないというところです」


 エルとメルティと顔を見合わせたが、ここで隠す必要もない。エルは素直に現状を教えた。もっともこの時代では確実と言えるのはもっと先だ。あくまでもその兆候があるという段階にする必要があるが。


「やはりそうでございましたか」


 資清さんとお梅さんは素直に喜ばなかった。真剣な様子でむしろ緊張しているようにも見える。どうも駄目だった時の可能性を考慮しているようだ。ぬか喜びをしてオレたちを傷つけないようにと気にしてくれているみたいだね。


「よくわかったね」


「某ではありません。女とはそういうことがわかるものでございます」


 ああ、気付いたのはお梅さんか。


「ここ数日の殿と奥方様のご様子を窺い、お体が優れぬのかと案じておりましたが、どうも違うようでございましたので」


 お梅さん。出しゃばることをしない人だ。家中の女衆をまとめてくれているが、自らの意見とか言わない人で、オレもそんなに多く話したことはない。


 珍しく自ら説明するお梅さんの理由を聞いて理解した。


 エルの状態に大きな問題はない。とはいえ外出の際に馬に乗って移動するのは当分避けるようにと決めたし、エルの仕事のうち何割かをメルティが代行することにした。


 まあウチも仕事の分散はしているので、大きな役割変更はしていないんだけど、資清さんの奥さんはオレとエルたちの世話をする人を配置するために、オレたちの予定とか知っているので気付いてもおかしくはないか。


「確実になるまでは内密にお願いね。知っているのはオレと尾張にいる妻たちだけだから」


「お清様と千代女様は知っておるのでしょうか?」


「もちろん話してあるよ」


 気付かれた以上は、隠す必要もないので今後の相談をする。現状では尾張にいるエルたちと、島からの定期便で現在滞在しているアンドロイドたちだけということにした。


 お梅さんはお清ちゃんと千代女さんのことが気になったのか確認してきたが、そこはエルが自分で説明したので既に知っている。


 ふたりも家族だからね。オーバーテクノロジーとか言えないことはあるが、可能な限りは隠し事をしないようにしている。


「無事に授かればよいのですが……」


 一方の資清さんは祈るように呟いていた。過剰に喜んだり不安な顔を見せないようにしてくれているが、人一倍心配してくれていたからね。


「婚礼も多いし、慶事が続くね。このまま穏やかな日が続くといいんだけど」


 織田領を出ると未だに世は戦国時代だ。食うか食われるか。生きるか死ぬか。


 子供たちには平和な環境で育ってほしいなぁ。とはいえ完全な平和な国はまだ遠い。お市ちゃんみたいな環境が現状では理想か。


 最近は学校にも通い始めた。孤児院の子供たちは牧場や畑の手伝いをしながら学校に通っているが、それと同じ感じで午前中はウチの屋敷にいて午後に学校に行く日がある。


 子供が育つのは早い。そろそろロボとブランカも子が生まれるかな?





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