第777話・結ばれていく縁

Side:滝川一益


 やるべき仕事を片付けて、ひと息つく。


 文官の仕事もすっかり慣れたな。武芸を鍛えて戦で武功をあげる。かつてはわしもそんなことを考えて、諸国を歩き鉄砲を習った。


 久遠家に仕官を願い出た際にも、必ずや戦場でお役に立つという決意の上であった。


 それが間違っておったわけではない。とはいえ人と国を治めるためには、武芸だけでは足りぬことをここに来て学んだ。立身出世というのも難しきことだ。


 父上など慣れぬ文官の仕事を見事にこなしておる。尾張に来るまで文官などやったこともないというのに。


 その事実を教えると皆が驚く。織田の大殿や守護様ですら驚いておったくらいだからな。


 人には身分で測れぬ才がある。殿がおっしゃられることだが、それを一番現しておるのが父上になるのだ。


 もっとも父上に言わせると、殿やお方様がたのお考えを基に、織田家や家中や領民の立場になって考えればよいだけだと言う。当然ながら、それがなかなかに難しい。


「彦右衛門様、茶などいかがですか?」


「かたじけない、お里殿」


 ちょうど休息をしていたところに、お里殿が紅茶を持ってきてくれた。望月家ゆかりの娘で、お方様がたの侍女をしておるひとりだ。出雲守殿の養女としてわしに嫁ぐことになっておる娘になる。


 出来る限り当人たちを会わせて、気の合う者で所帯を持たせたい。殿の数少ない拘りだ。父上や出雲守殿もそんな殿の意向を考慮して、わしや望月太郎左衛門殿と数人の娘を会わせてくれた。


「お役目、大変でございましょうが、ご無理だけはなさいませんように」


 その中で一番気が合ったのがお里殿だ。言いたいことをはっきりと言うところが気に入った。お里殿がいかに思うのかわからんが、恐らくはお里殿のほうにも聞いたはずだ。わしも父上も無理強いをする気はないからな。


「ああ、わかっておる。お家に迷惑をかけるからな」


 茶を飲み休んでおると、お里殿に苦言を呈されてしまった。殿やお方様がたのお考えだ。役目であっても無理をするなというもの。無理をせずに仕事が出来て一人前というのが、久遠家での考えだ。


「そうではありません。私が嫁ぎ、あなた様の子を産めなくなります。お富殿と共にたくさんの子を産み、皆が笑って暮らせる家にしたいと願っております」


「……ああ、そうだな」


 ただ、お里殿の思いもよらぬ返答にわしは、言葉が詰まった。お里殿がわしの世話をしてくれておるお富とも、すでに話しておることは聞いていた。


 されど、そのような話までしておったのか?


「皆で久遠家を盛り立てていくのです。女衆もそのために役目を果たす所存」


 ああ、そうであったな。久遠家では女衆も働き禄を得る。なによりも久遠家のお役に立ちたいと考える者は多いのだ。


 皆が笑って暮らせる家にしたいか。わしもそうだ。多くは望まぬ。飢えることもなく皆が笑って暮らせれば、それに勝る幸せはないのかもしれぬ。


 それを言うてくれるお里殿がなんとも好ましいものだ。




Side:久遠一馬


 石山本願寺から願証寺に文が届いたらしい。冷泉さんの一族が無事に石山本願寺に到着したとのこと。


「さすがだね」


「ええ、敵に回したくはありません」


 エルと共に報告を受けるが、手際の良さが恐いくらいだ。ほかにも大内領を脱出したい商人や職人が続々と石山本願寺に移動しているんだとか。


 出家して門徒となると武士が手を出すことは難しい。どうも陶隆房もこのからくりに気付いたらしいが、手を出せずに怒鳴り散らしているとのこと。


 当然ながら毛利も傍観だ。抵抗らしい抵抗がなさすぎて、忍び衆も裏があるんじゃないかとかなり探ったらしいが、石山本願寺が割と本気で動いた結果らしい。


 人を救うという目的と、織田に自分たちの力を見せられる。喜んでやっているみたいだね。商人や職人は尾張まで連れてくると、人数に応じてお礼を出すことになっている。無論、他の国に行くのも石山本願寺で抱えるのも自由だ。


 石山本願寺としても大内家のもとで活躍した商人や職人は欲しいだろう。尾張に行くなと強制しないなら誘うくらいは構わない。


「献上品の輸送も安上がりだし。本当、一向宗とどんどん関係が深まるな」


 あと、願証寺に頼んでいる朝廷への献上品の輸送も順調だ。春の献上品の輸送も頼んで準備している。


 行きは献上品を運び、観音寺城の将軍と朝廷に献上する。帰りはそのまま石山に行って尾張で売れそうな荷を手に入れて、それを尾張まで運ぶと利益が彼らの収入となる。


 なにがいいかとか聞かれたらしいので、湊屋さんが高く売れそうなものをリストアップして教えたみたい。


 輸送の費用とお礼は当然出しているが、途中で余計な税を取られないのでどう考えても安い。


 あまり一向宗ばかりと親しくすると他の寺社との関係が若干心配だが、領内に限っては上手くやっている。比叡山や高野山などとは特に関わりもないので疎遠だが。まあ仕方ない。すべてと上手くやることは無理だ。


「そういえば、エル。体調悪いの?」


 願証寺からの報告の話が終わったところで、ふと気になっていたことを訊ねた。ここ数日、少し様子が気になっていたんだよね。


 資清さんも気付いていないみたいだが、なんとなくエルの様子がおかしい。少し悩んでいるような気がしたので、ふたりになったタイミングで聞いてみる。


「……私に子供が出来ました。今夜あたり報告するつもりだったのですが」


「そうか。子供か。オレたちも親になるんだなぁ。嬉しいな」


 まったく予想だにしないことだった。なにか悩んでいるのかとばかり思っていたのに。


 異変に気付いていたことを驚くエルに、オレは素直に喜びを伝えると、エルもまた嬉しそうにほほ笑んでくれた。


「十五年と四年と半年くらいか? 思えば長い付き合いなんだよね」


 仮想空間で十五年。この世界に来て四年半。結婚して四年半の付き合いでの子供は、元の世界では一般的だと思うが、少し遅いとも言えるのか?


 不思議な心境と言えばそうだろう。エルはオレが考えて創ったアンドロイドなんだから。


「はい。正直、ホッとしました。皆さんが心配されていましたから」


 子宝に恵まれるようにと祈祷を頼んでくれていた人も多い。信秀さんや土田御前に資清さんなんかもやっていたと聞いた。子宝に恵まれる縁起物だからと贈り物をもらうことも多かったんだよね。


 オレもエルたちもそんな心配をかけていたことが申し訳なかった。人工授精も考えたが、健康である以上はいずれ授かると思うと自然に任せたいと思ったんだ。


「公開は安定期に入ってからがいいね」


「そうですね。この時代だと妊娠を知るのはこれほど早くありませんから」


 オレとエルたちは、毎朝ケティたち医療型アンドロイドによる検診を受けている。そのため妊娠が判明するのは早い。


「無理をしないようにね」


「はい。そのつもりです」


 愛おしそうにお腹に手を当てるエルの表情が、子を想う母に見えるのは気のせいだろうか?


 時期をみて、信秀さんたちや家中に報告だね。騒ぎになりそうだから根回しは慎重にやらないと。


 家庭を持って子供を作り育てていく。元の世界でもまったく考えなかったわけではない。ただ、生涯共にいたいと思える相手もおらず、また知り合う機会もほとんどなかった。


「ワン!」


「ワンワン!」


 この戦国時代を生きるひとりとして、エルたちの夫として、生まれてくる子の親として頑張ろうと決意を固めていると、ロボとブランカがやってきて甘えてくる。


「よしよし。うん? お前たちわかっているのか?」


「うふふ、そうかもしれませんね」


 いつもと同じように甘える二匹だが、ふと新しい命を喜んでいるようにも見える。


 エルと顔を見合わせて思わず笑ってしまった。


 ほかのみんなも子供がほしいんだろうな。賑やかになるな。楽しみだ。





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