第773話・蟹江のお祭りと松平宗家

Side:久遠一馬


 二月になった。信光さんのところで造っている寒仕込みの清酒が、もうすぐ出来上がるそうだ。楽しみだなぁ。


 焼き物村でも新しく造った上り窯で、最初の陶器を焼いているみたい。あちこちで蒔いた種が芽吹いているのがわかる。


 美濃の独立領に関しては分裂している。東美濃の遠山一族に関しては岩村遠山家が臣従することがほぼ決まりで、明智遠山家も臣従に傾いている。一方で苗木遠山家は事実上の拒否になる。敵対する気もないらしいが、木材の販売とかで儲かっているからね。


 それぞれの家の事情と家と家の関係に、当主個人の考えなどいろいろある。戦をして負けてからでもいいと考えている人もいるそうだ。


「蟹江の祭りか。いいんじゃないかな」


 この日、報告があったのは蟹江の祭りについてだった。


 この時代のお祭りは神事の流れを汲むものである。豊穣を祈る祭りや、収穫を祝う祭り。寺社の例祭などの祭りなどなど。


 新しい港町である蟹江の祭りに関しては、蟹江の人たちに意見を募集して考えるように指示をだしていた。


 ちなみに蟹江の代官はオレがしている。あの町をコントロール出来る人がほかにいないんだ。湊屋さんとミレイとエミールが主に運営しているが、商人や職人を含めたみんなで出た意見は船の無事を祈る祭りであった。


 どうも久遠諸島ではどんな祭りがあるのかという疑問から生まれたアイデアらしい。久遠諸島では豊漁と船の帰還を祈る祭りがあるということにしたらしく、その流れで蟹江の祭りも決まったらしい。


 『海祭り』、そういう仮称が付いている。蟹江の繁栄と船の無事を祈る祭り。そんな内容だ。


「みんな、ウチに気を使っているワケ」


「そうね。ウチの本領と一緒にやりたいって言っていたわ」


 報告と外出を兼ねて那古野に来たエミールとミレイはコタツに入りながら、事の経緯を教えてくれている。


 佐治水軍を中心に、外海の大変さを知った人たちがそれを教えている。


 実は現状でも蟹江に来る外国船は、ほぼウチだけだ。たまに明の密貿易船が来ることもあるが、なんと言っても遠い。本物の南蛮船は海の藻屑になっているしさ。


 ウチはいろいろと誤魔化して月に数回の船を蟹江に寄越しているが、この時代だと一般的に半年に一回くらいしか交易船は出せない。季節や海流を見極めつつ、命懸けの船旅だ。そもそも密貿易船なんかは九州や日本海側に堺で十分な利益になる。


 硝石とか絹とか、彼らのドル箱の商品が尾張だとそこまで高値で買っていないことも大きいだろう。


 明の商人が欲しがる真珠とかも毎回は売っていない。たまに売っている程度で、それも彼らが来ない原因だろう。


「いいと思うよ。交流はもっとしていくべきだろうね」


 ふたりの話を聞いて、尾張の人たちにも連帯感というか仲間意識が出てきているんだなと実感する。佐治水軍とかは特に顕著だけど。


 関東との交易船ではウチの船と船団を組んでいるので、仲間意識が強い。そうそう、来月には本物の南蛮船を改造したキャラック船で、ウチの船と一緒に久遠諸島にも行くんだそうだ。


 そのまま定期運航をしたいと佐治さんが張り切っている。あの人、本当にウチと一緒に世界を目指しているからね。


 得体の知れない余所者と思われるよりはいい。蟹江の祭りには率先して協力するようにしよう。


 具体的には津島神社と熱田神社の神職による船の無事を祈る儀式や、お坊さんによる海の死者の御霊を慰めることもするらしい。


 あと、屋台を出してみんなで楽しめる、『蟹江大市』という町全体を市にすることも計画しているんだとか。盛り上がっているみたいでなによりだ。


「わたしのかち!」


「おっと、姫様。やりますね」


 四角いコタツに入るオレとミレイとエミールだが、もう一か所には乳母さんとお市ちゃんが入っている。久しぶりにふたりが来たので一緒にトランプをしていたんだよ。


 このトランプも尾張では人気だ。娯楽にもってこいだからね。あと駆け引きとか考える力を養うという意味で学校でも取り入れている。


 ただ、厚紙にすることや印刷のコストで安くはしていないが。




Side:松平広忠


「いつの間にか姿が見えぬ者がおるな」


 岡崎城は静かだった。今川が西三河から退いて以降、ここも変わった。未だに今川との繋がりを持っておる者もおれば、すでに織田に単独で臣従した者もおる。


 気が付けば岡崎に姿を見せなくなった者がおるのが、松平宗家の現状だ。所詮わしは今川あっての当主であったということなのであろうな。


 水野殿が内匠頭様の妹をもらい受けるという話がここにも届いた。あちらは着々と動いておるというのに、ここは家臣をまとめることすら出来ておらん。


「殿、勝手をする者を許しては示しがつきませんぞ」


 家臣の勝手は今に始まったことではないがな。矢作川の向こうにも、父上に仕えておった者たちは多くいた。それが今はほぼすべての者が織田に仕えておるのだ。


 織田では細々とした領地を召し上げて俸禄にしておるというのに、誰も謀叛など起こさずに従っておる。聞けば父上の頃より暮らしはいいらしい。


 それに織田信広でさえも、城と領地を召し上げられて俸禄で安祥を治めるようになったという。それを知った三河の者らは仕方ないとあきらめたそうだ。


 吉良家は相変わらず不満を口にしておるというが、それでも織田に従っておる。所領も織田の力で楽になったと噂だ。織田は口も出すが銭も出す。不満を口にするくらいは見逃しておるらしい。


「殿、そろそろ動かれたほうがよいかと」


 残った家臣はわしに忠義を誓う者と、織田寄りの者ばかり。わしが織田と誼を深めることに不満の者らは姿を見せなくなった。


 織田が気に入らぬのだ。所領を召し上げられることを嫌がる者もおるし、織田が好き勝手出来るのも今のうちだと考える者も多い。


 それにわしならば、逆らってもなにも出来んと思われておるのも事実。


 織田に臣従するか、それともわしに逆らう者を討伐するか。残った家臣は織田に根回しをして、西三河の織田に従わぬ者をこちらで討伐すればいいと考えておる。


 織田には逆らえんが、織田に逆らう者を討伐して従えて、少しでも所領を広げねば先がないと考えておるようだ。無論、間違ってはおらん。


「織田は無益な争いは望まぬぞ」


 だが、こやつらは理解しておらん。織田は勝手をする国人など興味がないことを。西三河が荒れれば、こちらが見限られることもあり得ると思うのだが。


「されど、従わぬ者を放置しては殿のためにもなりませぬ」


 とはいえ家臣たちの進言も一理ある。織田と今川が戦を避けた以上、我らには武功を示す場すらなくなってしまった。


 家臣を従えられぬ者など、織田でも不要と思われてもおかしくはない。それもわかるのだ。


 最早、命じてくれる者はおらん。わしが決めて動かねばならん。


 いかがする? とはいえ織田家の様子と考えを知ることが先決か。水野殿に婚礼の祝いの文でも出して様子を窺うか。


 手をこまねいておれば、松平宗家はますます立場が悪くなるばかりだ。






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