第772話・久遠家にて情勢のお話

Side:久遠一馬


 関東管領上杉憲政が危うい状況となっていた。領国を北条に攻められ居城の平井城を捨てて逃亡。越後の長尾景虎、史実の上杉謙信を頼り越後に向かったという報告があった。


 北条は織田の領国統治を真似て史実と若干異なる領国統治を試みたり、交易で利益を得ているが、その分だけ武田と今川との関係が良くない。結果として上杉憲政の動きは大きな変化はなかったらしい。


 これで長尾景虎が関東に首を突っ込むことになるか? 強い人なんだと思う。とはいえ史実を見ると、先のことをそこまで考えている人には思えない。


 まあウチも織田家も関東に深入りする余裕はないので、情報収集をしておく以外に現状では取れる選択肢はない。


「武田は焦っておるようですな」


 関東からの報告と合わせて検討している報告は、今川と武田の報告だ。望月さんはなんとも言えない顔をして考え込んでいる。


 湯之奥の金山を武田は守り通したが、優位なのは今川だった。武田は信濃の村上との敗北の傷が癒えてないこともあり、晴信への不満が燻っている。


 武士は戦に勝ってこそ武士。そんな風潮があるこの時代において、村上との戦で史実の想定よりも若干だが被害が多いような報告もあり、また晴信自身が手傷を負ったことで、名声が落ちている。


 なにより新参の信濃衆の不満が燻っているみたいだ。


「荷留を検討か。本気だね、今川も」


 駿河からの知らせでは、今川は信濃へ調略の手を伸ばしていて、武田の信濃衆へしつこいくらいちょっかいを出している。


 そんな中で今川は武田への荷留を検討しているらしい。


「今川では荷を止めても効果は限定的です。関東や信濃から荷が入るでしょう。それに駿河が商いの機会を失うとも言えます。どちらも苦しいですね」


 織田家でも荷留はやったので有効な戦術であることは間違いないが、武田の場合は他国からのルートもある。エルも嫌がらせにはいいが、すぐに効果が出るとは言えないようで、双方共に苦しいのではと推測した。


 北条は武田と商いくらいはするだろう。織田家もする。わざわざ運んでやる義理はないが、こちらまで買いに来るならば問題はない。


 ルートで言えば関東からのほうが楽だろう。信濃が安定してないからね。


 そもそも信濃のキーパーソンは真田さんだったはず。史実の資料を信じるならば。それが今は尾張にいる。武田は現状維持だろうなぁ。


 湯之奥に関しては、一旦兵を退いたあとに、小勢で嫌がらせ程度の焼き討ちや襲撃を今川は繰り返している。武田も警戒したり返り討ちにしたりしているが、根本的に受け身になっている。攻めるだけの余裕がないんだろう。


 泥仕合だな。本当。


「知多半島の水は難しいね」


 東に関してはこのくらいで終わりだ。特に動くこともない。現在悩んでいるのは信秀さんに命じられた知多半島の水問題だ。


 史実の知多用水と同じモノを造るのは現時点では不可能に近い。ただし主に平地に暗渠あんきょや水路を引いて生活用水の確保に絞るならば可能ということ。


 とはいえ、溜池などを造るほうが先と言えば先か。


「水野殿は大殿の妹君であられるつや様を奥方に迎えることで、知多半島を俸禄にすることに同意なされたとか」


 話が水問題になるとみんなで悩む。資清さんは開発の条件である知多半島の直轄化が早くも決まったことに驚いている。


「水の問題を話したんだけどね。水野殿もどうしようもないのが現状みたい」


 そうそう、生活用水の問題は佐治さんと水野さんとも相談した。はっきり言えばウチのテコ入れがない場合、出稼ぎに出ないと生きていけない土地だ。溜池の造成すら苦しいのが本音と言えば本音になる。


 そこで持ち上がったのが、水野さんに信秀さんの妹であるおつやさんが嫁ぐことだ。彼には桜井松平家出身の奥さんもいるんだけどね。桜井松平家は本證寺の際に勝手な行動をして当主の松平家次さんが死んだ結果、領地召し上げになり俸禄として家の存続だけを許されている。


 家次さんの元服していなかった子がいるが、現状では桜井松平家出身の奥さんがいる信光さんが面倒を見ていて、今は学校に通っているらしい。


 ちなみにこのおつやさん、史実ではおつやの方という名で有名で、東美濃の岩村遠山家の遠山景任に嫁ぐはずだった人だ。遠山景任が亡くなったあとには、武田に岩村城が攻められた際に降伏して武田家の秋山虎繁に嫁ぐことになるが、城主としていたはずの史実の織田信長の五男である御坊丸、のちに織田勝長となった子供を武田家に差し出したことで、織田信長を激怒させて殺された人になる。


 まあ岩村遠山は武田、斎藤、織田とあちこちと関係を持って、独立を保とうとしたらしいが、その結果が歴史なんだろうね。


 この世界でも岩村遠山との縁談の話はあったらしい。岩村遠山のほうも織田との同盟を模索していたしね。


 ただ、彼女の運命を変えたのは実はオレなんだよね。


 政略結婚に反対して、自分に娘が出来ても外に出さないと明言したことや、政略結婚などしないで治めることの出来る統治を目指すべきだって、信長さんとか信秀さんにも言ったんだ。


 完全に政略結婚を否定はしない。ただし、相手は選ぶべきだ。浅井とか遠山とかいつ裏切るかわからない相手には必要ない。


 信秀さん自身も、広がる領地と家中の統制に婚姻を使うべきだと判断したらしい。桜井松平家出身の奥さんはそのままで、正妻をおつやさんにすることで話が決まったらしい。


 奥さんの序列が変わるが、この時代では珍しくないようで特に騒ぎにはなっていない。


 なんだかんだ言って、水野さんも所領多かったんだよね。知多半島という厳しい土地が多かったことと、ウチがいるので目立ってなかったが。


 まあこれでおつやさんの死亡フラグと、水野家の破滅フラグが一挙に折れただろう。水野さんには知多半島の付け根が残される。三河のほうは領地整理の対象になっていてはっきりしていないが。


 知多半島の水野一族なんかは俸禄を貰って信秀さんに仕えるか、水野さんのもとに行くかの選択となる。そこはまだ決まっていないらしいけどね。


「三河は相変わらずね」


 知多半島の件は今しばらく調整が必要だろう。そんな状況に話が止まるとメルティが西三河に言及した。


 松平宗家がはっきりしない。織田が攻める気がないとそれなりに知れたことと、今川が退いたことでまとまりに欠けている。松平広忠にはまとめる力がないらしい。


 三河で言えば吉良家もいるが、あちらは家中でいろいろと愚痴をこぼしているらしいが、織田家の命令には従っている。


 同じ三河者でも対照的だ。


 実は史実で徳川家康を支えた三河衆でも、すでに織田家家臣となっている家がある。石川数正の石川家や榊原康政の榊原家とか、安祥で働く織田家三河衆になっているんだよね。


 目端の利く者は単独で織田と協力を模索したり、単独での臣従も模索しているらしいが。


 石川数正となる助四郎君なんかは、すでに学校で勉強をしている。榊原康政となる於亀君はまだ幼く親元にいるが。


「領地を栄えさせようと考えないと、織田と関わりたくないと思ってもおかしくないんだよね」


 価値観の違いだろう。今は織田が強くてもそのうち変わる。そう思っている人は他国には多い。まして領地を飢えないようにしようとか、栄えさせようと考えないと、織田なんてわけがわからない相手としか見ていないだろう。


 難しいね。




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