第766話・都と大根

Side:武衛陣在住の元斯波家家臣


 あれから季節も廻り、新たな年がやってきた。都は相変わらずなれど、変わったところもある。


 守護様が京におられる間に、わしは斯波家家臣から織田家家臣となった。守護様が家臣を内匠頭様に一本化させるというお考えのもとでだ。


 わからんではない。守護が守護代家や、それ以外にも内匠頭様のような己の力でのし上がった者と争うことなど日常茶飯事のこと。


 幸いなことに守護様は軽んじられている様子もない。一介の家臣でしかないわしがどうこう言えることではないのだ。素直に従った。


 都では昨年の末には二条殿下の葬儀があった。周防で大内義隆殿と共におり陶の手により殺害されたと聞き及ぶ。わしは守護様の名代として葬儀に参列した。


 三好家からは三好筑前守殿ご自身が参列しており、六角家からも後藤殿が参列されておった。


 三好筑前守殿は謀叛人という立場から一変、父の仇を討つべく立ち上がったのだと妙なほど褒められておるのがなんとも言えなかったが。


「そういえば都が片付いたの。三好方は何故、町を片付け始めたのか」


 この日は、馴染みの公家が茶を飲みにいらしておる。


 このお方はすでに断絶しておる日野西家所縁の者。断絶の際には庶子ゆえに家の存続が出来ずに終わった家だとか。今のところ一族に養ってもらっておるようだが、肩身が狭いのか共に野山を歩いておられたお方になる。


 苦しい時にはいろいろと助けていただいたお方だ。今では助ける立場となっておるがな。


 そんな馴染みの公家が口にした都のこと。それも昨年の末から新たな変化となっておることだ。


「どうも近衛殿下が動かれたとか。石山や清洲を見習ってほしいと三好方の松永殿にお伝えしたそうでございます」


「ほう、さすがは殿下じゃの。粗暴な武士にものを言うなど吾は恐ろしゅうてかなわんというのに」


 三好方は都に捨て置かれておった、亡骸を片付けて埋葬してやったようで騒ぎになっておる。


 何故あのようなことをと騒ぎになっておるが、意外と真相は伝わっておらん。殿下は自ら口外しておらぬからな。わしは久遠家の忍び衆とやらに聞いたので知っておるが。


 殿下はご自身の功とするよりも三好の功として、荒れる都をなんとかしたいとお考えなのかもしれん。とは言ってもこの話、一向宗の者は知っておるようで、知る人ぞ知る話ではある。


「春には尾張で大内殿の葬儀か法要があるとのこと。都からも公家衆を招くようでございます。よろしければ一度、尾張に行かれまするか? その気がおありならば某が手配致しまする」


「尾張か。それもいいかもしれんのう。二条殿下のこともある。都を離れれば暮らしが良くなるとも思えんが、一度くらいは行ってみてもいいかもしれん」


 二条殿下のことは、都の公家衆にとっては大きな衝撃であったようだ。西国一と言われておった山口ならば、貧しい思いもせずに戦に怯えることもなく暮らせると考えておったところだからな。


 それが山口は見る影もなく荒れ果ててしまい、二条殿下が殺された。何処に行っても安住の地はないと考えて悲観しておられる者も多いと聞く。


 気晴らしとなるかはわからんが、一度行かれてみてはと思う。少なくとも尾張から来られた者は悲観しておらなんだ。


 春には桜を見て祭りをして夏には花火をあげる。わしも一度でいいから見てみたいものだな。




Side:久遠一馬


 寒い冬のこの日、オレは牧場の畑にお市ちゃんと孤児たちといる。冬の作物である大根の収穫のためだ。品種は宮重大根。元の世界では尾張の西春日井郡春日村宮重にて見つかり江戸時代には栽培された品種だ。


 青首大根や京都の聖護院大根などはこの宮重大根が原種と言われている。ちょっと探したら見つかったので昨年の後半から栽培していたんだよね。


 ちなみにこの時代の大根は元の世界のにんじんとかゴボウ並みに細く、貧弱なものが当たり前というか、元の世界の大根とは似ても似つかないものである。


「さあ、みんな収穫しましょう」


「はーい!」


 風が冷たいことで孤児のみんなもお市ちゃんも寒くないようにと厚着している。お市ちゃんは汚れてもいいように、牧場専用の着物に着替えていて準備万端といったところ。


 リリーが子供たちに大根について簡単に説明して収穫となる。この時代は収穫がなによりの喜びだ。


「せいの!」


「おおっ!」


 子供たちが並んで大根を引き抜くと、元の世界の青首大根よりは細いが、それでも大根だとわかる太さと大きさの宮重大根が現れた。


「うーうん!!」


 お市ちゃんも乳母さんが見守る中、ひとりで収穫するべく大根を引き抜く。草むしりや追肥など子供たちが手入れしていた畑だとリリーに聞いた。お市ちゃんも何度か一緒に手伝っていたらしい。


「まあ、大きな大根でございますね。姫様」


「ほんとだ! おおきなだいこんだ」


 勢いあまって尻餅をつきそうになったところを乳母さんに受け止めてもらったお市ちゃんだが、彼女の収穫した大根は比較的立派なものだ。


「姫様すごい! 負けてられない!」


 偶然だろう。オレもリリーも誰が何処を収穫するかまで指示していない。子供たちが自発的に選んだ大根を収穫したんだ。


 ただ、子供たちはお市ちゃんの大根を見て対抗心を燃やして収穫をしていく。


「立派な大根になったな。これ農家でも作れるかな?」


「大丈夫だと思うわ。栽培法はそこまで難しくないもの」


 エルは侍女さんと牧場の世話をしている人たちと一緒に、収穫した大根を何本か持ってさっそく調理に行った。子供たちに取れたての大根で料理を振舞うんだそうだ。


 オレはリリーと一緒に子供たちを見守る。十分いい大根だ。これなら来年からは冬の野菜として栽培したい。元々あった品種だ。そこまで神経質になる必要はない。


 リリーのお墨付きもあるので、今年から栽培してくれる村を探してみようか。


 保存は漬物と切り干し大根がある。どちらも美味しいだろうな。




「これが大根なの!?」


「すごい!」


 頑張って収穫したあとは大根料理でお昼ご飯だ。ふろふき大根とだいこんのみぞれ鍋がある。ご飯は大根の葉を使った菜飯だ。同じく大根の葉を軽く油で炒めたものもある。


 子供たちはたくさん働いてお腹が空いたのか、瞳を輝かせている。


「さあ、みんな。召し上がれ」


「はい! いただきます!!」


 リリーの掛け声で子供たちは、一斉に手を合わせて『いただきます』と口にすると食事が始まる。この習慣は当然ながらこの時代にはないものだ。ウチの風習として織田家とか一部には知られているけど。


 お市ちゃんなんかは清洲城でも『いただきます』と言うそうだ。


 食べ物に感謝してご飯を食べる。リリーの教育の一環なんだよね。


「うん。美味しい。さすがはエルだ」


「ありがとうございます。ですが、素材がいいのですよ。美味しい大根ですから」


 久々だな。大根。美味しい。ふろふき大根もダシの味が染みているし、みぞれ鍋も具材と大根おろしの味が絶妙だ。菜飯は正直、いつ食べたか記憶がない。意外と美味しいと驚いたほどだ。


 隣で一緒に食べるエルに素直な感想を言う。正直、思った以上の味だったんだ。エルは少し恥ずかしげにしているけど、素材を生かしたのはエルの料理の腕だ。


 新鮮な大根は清洲城と信長さんに献上して、ウチでも少し貰おうか。あとは漬物と切り干し大根だな。結構な量を植えたけど足りないくらいだ。


 子供たちは楽しげにおしゃべりをしながら食事をしている。畑の世話の話もしているようだ。


 こういう光景はいいな。何度見ても飽きない。




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