第765話・将軍として

Side:足利義藤


 管領代の葬儀は立派なものだった。


 今思えばオレも亡き父の葬儀を盛大にあげて、諸国の守護や力ある者を呼ぶべきだったのかもしれんな。如何程いかほど参ったかわからぬがな。


「さて、左京大夫。そなたを近江守護に任じる。それと武衛を美濃守護とする。これで近江と北伊勢と、西三河、尾張、美濃と安泰であろう」


 オレは将軍として辞するその時まで務めを果たさねばならん。近江と美濃の守護。どこまで必要で役に立つかわからんが、ここが荒れると天下が荒れる。


「上様、管領殿の処遇は如何いたしましょう」


 葬儀も終わり、左京大夫と数人の六角の重臣と今後のことを話す。左京大夫がオレを窺うように問うてきたのはあの小物のことか。


「三好とそなたに任せるが、和睦するなら心して掛かれ。奴は己のことしか考えておらんぞ」


 確かに管領代が亡き今、あの男が良からぬことを企むは火を見るより明らか。ましてオレがあの小物を嫌うておること、知らぬはずもないか。


「若狭に入ったまま、今のところ大人しゅうしておりまするが……」


 左京大夫とすれば、オレが討つか和睦かを指示したほうがやり易いのであろうな。少し困った顔をした。とはいえ若狭にまで兵を挙げて攻め入るのは果たして良策とは思えん。


「捨て置け。それよりも都と畿内をつつがなく治めることを考えよ。細川など不要だと世に示せ。無論、三好が望むなら攻めてもよいがな」


 ふと一馬と大智の顔が浮かんだ。あのふたりならば小物など放置しよう。一馬は言うていた。目の前のことをひとつひとつ片付けるべきだと。今必要なことは、細川などなくても天下がまとまると世に示すことではないのか?


 三好は若狭を攻めるか? 時が来れば攻めよう。されどその前に丹波の細川に味方する者らが先であろう。


 まあ好きにするがいい。三好がいかに動こうとも畿内は当分まとまらん。


「して、上様は都に戻られまするか?」


「いや、余はまた病となる。病を押して管領代の葬儀に出たのだ。それでよい」


 左京大夫の一番の懸念はオレの今後か。殿下と話さねば決められぬが、どのみち足利義藤は病なのだ。葬儀に出た者にいかに顔色が良く見えようとも、病は病。見ておらぬ者には真偽などわからんのだ。それでよい。


「ではまた菊丸殿として旅に?」


「それはわからぬ。願わくは将軍職を辞したいのだ。無論、殿下にお伺いは立てるがな。そう案じるな。なにがあろうともそなたを責めぬ」


 旅に戻ると告げると左京大夫は迷いながらも、今までで一番困った顔をした。今ならわかる。天下を騙すことに加担しておるのだ。将軍の役儀も殿下と左京大夫に任せることになる。負担を感じるのも無理のないこと。


「ふふふ、いっそのこと六角家が将軍や管領を目指すか?」


「御戯れを……」


「すまぬ。戯言だ。だが管領代を支えたそなたと六角家ならば出来よう。少なくとも世も知らぬ若造よりは天下も落ち着くというもの」


 あの小物のように皆が天下を欲するのかと昔は思うておった。将軍としての地位も実権も気を許せば奪われる。そう思えばこそ、オレは周りがすべて敵に見えた。


 だが、将軍の地位も天下を差配する実権も欲せぬ者は欲せぬのだ。左京大夫もあまりその気はないらしいな。


「それとな左京大夫。必ずしも偉大な父を追いかけずともよい。そなたはそなたのやりたいようにやるがいい。武芸も政も同じであろう。偉大な者に追いつこうとするばかりが道ではないからな」


 ふとオレは関東に行く前に今巴に言われたことを思い出して、左京大夫に伝えていた。


『先生と菊丸は別人だ。どうあがいてもね。武芸の型や技を習うのはいいけどね。あんたはあんたの道を探しな。追いかけてばかりじゃ、いつまでも追い付けないよ』。最後に稽古をつけてもらった時に、そう教えを受けた。


 左京大夫にこそ、その言葉が相応しい気がした。


「上様……」


「管領代の四十九日まではおる。だが余はこれ以上の口出しはせぬ。そなたたちで決めるがいい」


 オレは将軍を捨てて、足利家を残す道を選ぼうと思う。一馬よ。そなたならばきっとわかってくれるはずだ。




Side:久遠一馬


 一月も後半になると寒い日が続いている。織田領では、ここ数年あまり被害が出なかった流行り風邪。インフルエンザが、昨年末から急速に流行している。


 もっとも最初の冬に経験したほどの流行ではない。関所が曲がりなりにも機能していて人の出入りを管理出来ていることや、予防と治療の体制がこの時代にしては整っているので大きな被害になる前に抑え込めている。


 オレたちはこれ以上の流行を阻止するべく、エルたちや資清さんたちと一緒に対策を話し合う。


「まずまずかな。とはいえ関ケ原が大変そうだね。少し医者を増やせないかな?」


「検討してみる」


 流行り病の担当は今もケティだ。医薬奉行という、今年の年始の評定で新設した役職に正式に就いている。医者の認可の問題などを変える前に、織田家にて担当する部署を作ったんだ。


 各地から集まる情報をもとに、薬や医者を派遣していくことをケティの下で行なっている。


 元々ケティも医者として評定にも出ていたが、正式な役職としたことで部下となる文官も出来ている。これは織田領も広がったことから当然の措置だろう。


 問題なのは関ケ原だった。津島、蟹江、熱田は防疫という面では一定の効果をあげているが、多くの領民を動員して賦役が続いているうえに、六角や朝倉との商いもあり人の出入りが激しい。


 ウルザとヒルザが先行して入っているが、少し大変らしく医療従事者の増員を求める手紙が届いた。


「清洲も少し人の出入りが激しいから危ないよ」


「うーん。具合の悪い人は早めに申し出るように、かわら版をもう一度配布するか」


 一方同じ医師として活躍しているパメラは清洲の現状を少し心配していた。オレたちが来る前とは別の町になったと言われるほど人が増えている。人口調査はしているし、清洲の町に入る際には関所があり、そこでは税をとってはいないが入る人の確認はしているので、おおよその人口は掴んでいるんだが。


 とはいえ新しい人が増えると、それだけ織田の統治を知らない人も多いし、旅人も多い。


 この手のことは元の世界でさえ、口を酸っぱくしてしつこいほど広報していることだ。


「任せて。刷るだけだからすぐに配布できるわ」


 メルティはかわら版の版木を残しているらしく、数日で領内に再配布出来るようにしてくれるようだ。


「警備兵にも協力してほしい」


「だね。警備兵のみんなに市中見回りの際に確認してもらわないとダメだよ」


「わかりました。明日、正式に受理しておきます」


 ケティとパメラは、そのままセレスに警備兵の協力を頼んでいた。警備兵は信秀さん直轄なのでここでは決められないが、担当奉行がセレスなので明日には許可が下りるはずだ。


「薬の備蓄は問題ありません。ここ数年流行が小規模でしたので。ただこれ以上の爆発的な感染が起こると、他国に融通する分がなくなります。念のため追加の薬を島より取り寄せます」


 薬の管理はエルが把握していた。初めての冬の時よりも領地が広がり、誼を結ぶところが増えた。薬は地道に備蓄しているが、北条は当然として北畠、六角にもある程度融通する必要があるだろう。


 松平宗家は買えないだろうなぁ。今のところ尾張でもさほど流行しているわけではない。ここ数年と比較すると流行しているというだけだ。人口が多くないので、人の出入りと初期治療をきちんとしていれば治まると思うんだが。


 西三河の独立領は飢えない程度にしかしていない。臣従している人たちとの差は歴然としている。


 この問題は信秀さんと評定でも相談する必要があるだろう。西三河や東美濃や北美濃をどうするか。


 まあ流行り風邪が治まるかどうかも見極めながら対処が必要だが。




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