第757話・年の瀬の策謀
Side:久遠一馬
博多と村上水軍からの使者は、守護の義統さんが会って、向こうの言い分を聞いてそれで終わった。
博多は一切関与していないとの弁明であり、陶隆房の謀叛は自分たちも困っていると言ったそうだ。村上水軍は末端の一部が協力したということに対する謝罪。
そもそもこの一件は大内義隆さんが謝罪して終わった話になる。博多には周防にいた時に義隆さんや陶隆房と一緒に問いただす書状を出したが、義隆さんが謝罪したことを戻る前に彼らに伝えることまではしていなかったからな。
義統さんの話だと、彼らは大内義隆さんが謝罪した件を知らなかったらしい。そのすぐ後に陶隆房の謀叛が起きてしまい、それどころではなかったからだろう。
陶隆房が認めなかったことで、あの一件が終わっていないと勘違いしたようだ。その事実を義統さんが教えると、彼らは驚いていたそうだ。
謀叛人のやることだと言えばそうだが、この事実は西国に大きな影響を与えるのかもしれない。
安堵ともなんとも言えない表情で、彼らとの謁見が終わったと教えてくれた。博多は堺との絶縁の件を知っているんだろう。このまま難癖を付けられてしまうのではと戦々恐々としていたんだろうね。
そして年の瀬も残りわずかとなったこの日、清洲城の南蛮の間には義統さんと信秀さんとオレとエルがいる。
そこにあとから入ってきたのは、冷泉さんだ。
「呼び出してすまぬの。実はそなたの妻子についてわかったのでな。妻子は生きておるぞ。そなたの奥方の義父である安芸の平賀殿のところに、弟の吉安殿と共に逃げ延びたようだ」
冷泉さんを呼んだ訳は、彼の妻子の行方がわかったからなんだ。忍び衆に調査させた結果、史実と同じく冷泉さんの奥さんの実家に弟さんとその家族と共に逃げている。
特に頼まれたわけではないんだけどね。西国の様子が知りたいとは頼まれていたこともあって、生きて尾張にたどり着いた時に調べるように手配している。
忍び衆も凄いね。土地勘もない西国できちんと家族の生存を掴んできたんだから。
「まことでございますか」
大内義隆さんの子は史実と同じく嫡男は殺されてしまったが、弟は史実では大内義教となる子と、まだ生まれていなかった史実の大石義胤は今のところ生きている。
信秀さんが説明して、そのことも含めて教えると控えめながら安堵の表情が見えた。
「さて、そなたの妻子と弟だがな。尾張に呼ぶか? 陶の怒りは相当なものだと聞く。残しておくと義父殿も大変であろう」
「……されど某はもう出家した身。それにこれ以上、ご迷惑をおかけするわけには……」
実は彼を呼んだのは報告だけではない。冷泉さんの家族の今後だ。いっそ尾張に呼んではどうかと思ってね。オレから信秀さんに提案した。ただ冷泉さんは話を切り出した信秀さんを見て戸惑っている。
まあ負担を掛けてばかりで申し訳ないと思う気持ちもわかる。斯波家も織田家も特に大内家と深い繋がりはないからね。
「その分働いてくれればよい。わしはここにおる内匠頭以外は家臣を持たんことにしておるので召し抱えてやれぬが、内匠頭に倅を仕えさせればよい。悪い話ではあるまい。こちらとしても使える者はほしいのだ」
「そこまでおっしゃっていただけるのならば……。されど難しゅうございませぬか? 某は陶に恨まれておりますれば」
「そこは一馬が考えた。一向宗に頼むこととする。安芸は門徒も多いと聞く。手出しは出来まい」
そのまま冷泉さんを説得するように義統さんが話を引き継いだ。冷泉さんは家族も助けたいのだろうが、その困難さを知るが故に苦悩していた。
でもまあ、そこはエルたちと一緒に考えた。この時代ではお坊さんは関所を自由に通過出来る権利がある。まして安芸は一向宗が強い土地だ。多少の礼金は必要だろうが、多分手間と危険を考えると安上がりになる。
「いかが思う?」
「陶めは山口を焼いたとのこと。寺社も怒っておりましょう。今ならばむやみに手は出せぬと思いまする」
念のため西国に詳しい冷泉さんにも意見を聞く。やはりこの策は有効か。
「実はですね。周防にいる職人とか商人も、同じ策でこちらに招くことが出来ないかなと考えています。大内殿の遺言もあります。また尾張は商人や職人が不足しておりますれば」
義統さんと信秀さんに目配せで許可をもらい、この件のもう一つの策を冷泉さんに聞いてみる。そう大内家の財産とも言える商人や職人をいただくことだ。
せっかく遺言があるんだからね。
「なるほど。噂通りの久遠の知恵ということでございますか」
「いかがでしょうか?」
「良き策かと思いまする。某も及ばずながら力になりましょう。お世話になるばかりの暮らしに、いかにして恩を返すか考えておったところ」
冷泉さんは驚きつつも、こちらの意図を理解したうえで協力を申し出てくれた。これは助かる。現地を詳しく知る冷泉さんの存在は心強い。
これはメルティが言っていたことだが、単純に助けるだけよりもこちらの利を合わせたほうが冷泉さんも受け入れやすいと考えたんだ。
冷泉さんは家族と一緒に暮らせるし、周防の商人や職人たちも尾張に来たい人を誘える。尾張では慢性的に不足気味の商人や職人が手に入る。みんなにっこり得するお話だ。
「西国一の侍大将に教えてやらねばならん。文治をもって国を治めるとは、如何なるかということをな」
ニヤリと信秀さんは笑った。西国一の大内家の財産とも言える人が手に入れば、これほど力強いことはない。
まあ史実のように全国に散ってもいい。とはいえ見ているだけというのも面白くない。一向宗の巡礼者として周防から出してしまえば、あとはどうとでもなる。
冷泉さんに協力してもらって具体策を練るとするか。
「元気な赤子にございますね」
清洲からの帰りに那古野城に寄った。エルはご機嫌な吉法師君に思わず笑みを浮かべた。子供とか好きだからね。
寄った訳は信長さんに先の話を伝える必要があったことと、そろそろ吉法師君の百日祝いをする必要があるんだ。
百日を過ぎたあとの吉日ということで、二十九日に行うつもりでいくつか話して相談しておくこともある。
吉法師君の様子を見に行くと、ちょうどお市ちゃんも来ていて、ベッドメリーを鳴らして吉法師君をあやしていたところだった。
「殿に似たのでございましょう。平手様からはそっくりだと聞き及んでおります」
帰蝶さんも産後の体調も問題なく、ケティの指導の下で育児に参加しているそうだ。政秀さんは毎日顔を見に来ては、信長さんや帰蝶さんと共にその成長を見届けているみたい。
史実では信長さんを諫めるために自害したと言われている人だ。それが今では織田一族以外では一番の実力者となっていて、信長さんの子供の守役として日々楽しそうなんだよね。
本当に良かったなと思う。
「陶はそれほど駄目か」
「戦は強いんでしょうね。ただ博多や村上水軍がこの時期に来ているということは、信頼されていませんよ」
信長さんも少し変わった気がする。相変わらず口下手だけどね。少し穏やかになったというか、家臣の皆さんに対して優しくなった気もする。ケティが地味に父親としての心構えとかを教えているからなぁ。
陶隆房の現状を聞いても、特に驚きはない。もっとも戦に強いという事実から、なにを思ったのか少し複雑そうな顔をしたが。
「代わりになれる人が出てくれば一気に潰れます。ただ出てこないとしばらくはこのままですかね」
さっき冷泉さんと少し話した限りでは、陶と敵対しそうな人はいるが、大内家をまとめられる人物は心当たりがないそうだ。
毛利、大友、尼子、そのあたりがどう動くか。陶隆房に対する風当たりは史実よりも強い。大内義隆さんの葬儀の話なんて伝わると怒るだろうな。
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