第756話・訪れた者

Side:博多の商人


「冷泉殿……いや、今は出家なされて隆光殿でございましたな。よくぞご無事で」


 まさか遥々尾張に足を運んで、このお方と再会出来るとはな。わしは陶隆房が織田の南蛮船に夜襲を仕掛けたことに対する弁明にと、同じく弁明に参った村上水軍の者と尾張まで来たのだ。


 そこで知ったのは、行方を陶隆房が必死に探しておる隆光殿が尾張まで無事にたどり着いており、大内様の盛大な葬儀もあげたということ。


 こうして挨拶に出向いたが、隆光殿はかつてよりもやつれたか? 出家して穏やかになったように見える。


「御屋形様が守ってくれたのかもしれませぬ」


「陶隆房が執拗に狙うております。某がこちらに参る時に聞いた話でも、大内様とあなた様の首を必ず取ってこいと家臣や国人衆に厳命したとか」


 隆光殿の屋敷は清洲にあった。物々しいとすら思える兵がいて、見張られておるようにも見えるが……。


「承知しておる。屋敷の兵も某を守るために置いていただいておる。斯波様としてもここでわしに死なれると困るというもの。迷惑をかけて申し訳ないくらいだ」


 そうか。すでに陶の動きを知っておられたか。さすがは陶の謀叛を知り公家衆を迎えるため南蛮船を寄越した織田というところか。抜かりはないな。


「西国は如何なっておる?」


「なんとも言えませぬ。当初は陶が大内様を討ったと喧伝しており、そのままの勢いで大内家をまとめるかと思われましたが、大内様は生きておられるのではないかとの噂が立ちまして……。それと大寧寺の者らが大内様の御遺言を世に広めました」


「やはり、そうなっておったか」


「はっ、周防には大内様を慕うておった商人や職人も多うございます。遺言通りに尾張に行こうという者も多いものの、陶がそれを阻止せんと強引に動いておりますれば。また国人衆も大内様の生存を考えて様子をみておる者も多いことと、大内家の富はすでに大半が戦の際に焼かれるか奪われて失われておりまして、国人衆が得るものは特にありませぬので……」


 周防はなんとも言えぬ様子なのだ。当初陶隆房は政を顧みず贅沢三昧にて国を滅ぼさんとした大内様には隠居していただこうとしたが、最後まで抵抗されたので致し方なく討ったと喧伝しておったが、それを信じる者はおらん。


 また、陶隆房に従うても特に得るものがないと知ると、多くの者は様子を窺うことで動きが鈍った。


「尾張ではな、西国一の侍大将止まりの男だと笑われておるわ。また大内家が明と行なっておる交易が止まると考えて、それの対処にすでに動いておる。あれの価値を陶よりもよく知っておる」


 なんと。尾張はそこまで読んでおるのか?


「そなたたち博多がどう動くのかは知らん。されど御屋形様の遺言。忘れぬほうがよいと思うぞ」


 もとより争う気などない。濡れ衣を晴らしておかねばならんと参っただけなのだ。大内様が亡くなり、争うどころではなくなったということもあるがな。




Side:久遠一馬


 大内義隆さんの葬儀は盛大に行われた。織田家の人々も見たことがないと囁くほどだった。中には縁も所縁もない大内義隆の葬儀が必要なのかというような、頓珍漢な人もいたらしいけど。


 越前の永平寺から来た高僧たちは、春までこちらに滞在してもらうことで話が付いているみたい。実は京の都から公家の皆さんが尾張に来て、大内義隆さんの葬儀を大々的にもう一度することで近衛稙家さんと話が進んでいるので、その時までいるのかもしれないが。


 この時代では一度葬儀をあげておいて、対外的な葬儀をあとであげることも珍しくないらしい。そもそも大内義隆さんの葬儀は、年内にあげてやらないと駄目だと随分と急いだものだ。


「博多から使者が来たしね」


 大内義隆、尾張で葬儀をあげる。その噂を広めることにした。ちょうど博多から先の周防での夜襲の弁明の使者が来ているんだよね。別にオレたちに利益はないんだけど、陶隆房が謀叛を正当化するのはあまり好ましくない。


 彼らに噂を広めてもらうか。


 もっとも陶隆房という男は典型的な旧態依然とした武士であって、それ以上でもそれ以下でもない。あの人に広大な大内義隆の勢力圏を維持するのは無理だろう。


「先の夜襲の弁明ですね。明らかに濡れ衣ですから」


 少し来るのが遅いのは、どうも村上水軍などと示し合わせたことで時間が掛かったらしい。一緒に村上水軍の使者も来たことがその証だろう。まあ彼らの言い分とするとよく調べたということになるんだろうが。


 エルも少し申し訳なさげにしているが、濡れ衣なんだよなぁ。可能性があったので指摘しただけで、こっちとしては別に何かが欲しいわけじゃない。とはいえ使者は使えるね。


「都のほうも随分とお怒りのようで」


「近衛殿下と公家衆に兵を送ったのがまずかったですね」


 史実と違うのは京の都の動きもある。公家衆の皆さんがお怒りなんだ。川下りの最中で襲われたことがお怒りの原因だ。放っておいても出ていったのに、賊に見立てた兵を出したことに相当お怒りなんだ。


 幕府を六角と三好が動かしていることも影響している。三好は公家を救出して凱旋したおかげで謀叛人との評価が一変した。当然立ち位置が陶ではなく公家の側なんだよね。せっかく得た信頼と評価を三好長慶さんが利用しないはずはない。


 ちなみにこの件でクローズアップされたのが、細川晴元と彼のせいで死んだ長慶さんの親父さんである三好元長さんの一件だった。


 長慶さんは父の無念を晴らしたのだと都の人々が言っているそうだ。細川晴元のやり方には被害者も多く、あちこちで恨みを買っていたのも原因にあるが。


「ちょっとウチが目立ちすぎたかな?」


「想定の範囲内ですね。守護様と大殿のおかげでしょう」


 あと、この件では斯波家、織田家、そしてウチの評価が上がった。あれがなければ殺されていたと、救出した公家衆が陶への怒りと共に騒いでいるためだ。


 これで仮に織田と斯波が動いたとしても、安易に朝敵にされる懸念は低くなっただろう。ウチの商いって、もろにグレーゾーンなんだがそれの追及もないだろうね。


「気になるのは管領殿かしら? 少し追い詰めるのが早すぎるわ」


 現状はそれほど悪くないが、ここで一抹の不安を口にしたのはメルティだった。


 そう、長慶さんの評価が上がった分だけ下がったのがこの人なんだ。公家とか都には相応に血縁や人脈もありそれなりの評価を受けていた人物でもある。


 晴元は現在若狭にいるが、若狭武田氏と晴元の関係は晴元が奥さんであった六角定頼さんの娘さんを返しているので、関係が史実よりも薄いんだよね。


 朝倉、六角は晴元に現状では手を貸さないだろう。畠山は落ち目というかそこまで力がない。


 それと史実では来年には、尼子が山陰山陽八カ国の守護職と幕府相伴衆に任じられている。陶の立場が史実よりも弱く今後も勢力拡大が難しいことと、義輝さんがいない影響であれもどうなるか怪しい。


 いろいろ情勢が動いている。とはいえこちらは相変わらず内政と領国整備が最優先なんだけど。


 義輝さんが将軍に戻らないと、史実の義昭か、平島公方か。それとも第三者か? 将軍って新しくなると、自分の力を強めようと余計なことするからなぁ。


 どちらにしても定頼さんの寿命は大きく変わらないだろう。鍵は定頼さんの後を継ぐ六角承禎さんに思える。お手並み拝見となるのかな。


 西国と九州は史実と違い宣教師が入ってきておらず、また本物の南蛮人も珍しいくらいだ。その分倭寇の活動が活発なようだが、それでも経済は悪化するだろうしね。あっちもどうなることやら。


 織田領以外は前途多難だね。



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