第732話・祝い
Side:織田信長
「爺、今日まで大儀であった。これからは吉法師の守役とする」
外ではまるで祭りのような騒ぎになっておるのが聞こえる。オレは早くも祝いにと掛けつけた者たちと目通りしつつ、爺に我が子の守役を任せる。
「はっ、畏まりましてございます」
嬉しそうな爺の顔を見て、ふと思う。歳を取ったなと。よう怒られたことを思い出す。あの頃はまだ爺も若かった。
織田も変わった。今では爺の役目も増えて大変であろうが、それはオレがやらねばならんことでもある。隠居させるには早いが、少し楽をさせてやらねばならんな。
「若様、おめでとうございます」
「おめでとうでござる!」
「おめでとうなのです!!」
「慶次にすずとチェリーか、そなたらは手ぶらか?」
皆があれこれと祝いの品を持参して駆け付ける中、手ぶらで現れたのは慶次とすずとチェリーだった。こやつらがただの挨拶に来るとは思えん。
「祝いの品は八郎叔父上が持参致します。某たちはよきものを持参いたしました」
「お祝いに木を植えるのです!」
「杉なのでござる。杉はまっすぐ育って千年以上も育つのでござるよ」
庭に運ばれたのはまだ小さな若木だった。これを植えるというのか?
子が生まれた祝いに木を植えるとは聞いたことがない。久遠家の風習か? されど千年とはまた気の長い話だ。とはいえ面白い。
「そうか、千年か」
「子々孫々に至るまで織田を見守る御神木となりましょう」
「木はずっと覚えているのですよ」
「きっと、吉法師様も喜ぶはずでござる」
城の一角に慶次たちが持参した若木を植えることにした。かずが少し苦笑いをうかべておるのは何故であろうな。
自ら穴を掘って木を植える。中々いいものであるな。千年とは先の長い話だ。吉法師も千年は無理でも、この木に負けぬように無事に大きくなってくれればいいのだがな。
Side:久遠一馬
みんな動きが早いなと思う。生まれた直後からお祝いに駆け付ける人たちの応対で信長さんは忙しい。
すずとチェリーと慶次は記念に木を植えるなんて持ってきちゃうし。みんな考えているんだなぁ。
「殿、祝いの品、持参致しました」
オレは信長さんと政秀さんと共に、お祝いに駆け付けた人たちの応対に同席している。信長さんの家老と重臣も一緒だ。
そんな中、資清さんがウチのお祝いにと鯨の塩漬けを持参してくれた。事前に用意していたものだ。
ただまあそんなに目立つほどの量ではない。ウチの立場で必要な分くらいか。ウチだけ目立ってもダメだからね。
エルたちは政秀さんの奥さんたちと一緒に、お祝いに駆け付けた人たちに振舞うお酒を用意をしたりしている。
それにお祝いにと頂いた食材系のものを調理なり保存なりしなくては駄目だ。立派な鯛やアワビやナマコや昆布などの海産物から、雉のような鳥まである。佐治さんなんかは、伊勢海老をたくさん持ってきたね。
信長さんにはまだ教えてないけど、工業村の蒸留施設では今日仕込んだ蒸留酒は吉法師君の生誕祝いとして長期熟成させる予定だ。吉法師君が元服したら信長さんと一緒に飲めるように。リンメイがさっそく出向いて造り始めているだろう。
ウチも宇宙要塞にて今年仕込んだワインを吉法師君の元服まで熟成させる予定だしね。
「あははは、これで織田も安泰ですな」
「左様、めでたい」
那古野城はお祝いに駆け付けた人たちにお酒を振る舞い宴となった。後継ぎ問題とかはこの時代では鬼門だからね。勢力維持に失敗する原因で一番多いんじゃないだろうか。後継ぎが出来ないとあとで争いが起きるからね。
「ほう、これは初めてだな」
「当家の慶事の時に作る料理のひとつになります」
宴の席がどよめいたのは、大きな平鍋がいくつも運ばれてきた時だった。湯気が出ていて、いい匂いがすぐに周囲に伝わる。
エルはウチの慶事の料理だと説明しているが、オレも初めてだ。ただ、これってパエリアだよね?
鯛にエビ、イカ、アサリなどの具材が豪華に盛られていて椎茸もある。元はスペイン農家定番の昼食メニューのパエリアよりも和風な感じか?
「これはまた、美味いの」
最初に食べたのは義統さんだ。この人も息子の岩竜丸君と共に、お忍びという体裁でお祝いに駆け付けている。
「確かに美味いな」
信長さんもそれを見届けて箸を付けるが、ちょっと驚いてくれたらしい。見た感じ炊き込みご飯にも見えるが違うね。オリーブオイルとにんにくの風味もあるから、ちゃんとパエリアらしさも残っている。
すでにお酒の入っている人たちがほとんどだが、これは見た目も華やかで飲んでいる最中でも美味しいとばくばく食べている。
「これもおいしいね」
ああ、オレたちと一緒にいた流れでそのまま一緒にいるお市ちゃんは、学校から駆け付けた兄や姉たちと一緒に宴に参加している。一般的に大人の宴に幼い子たちが参加することはないんだけどね。政治の絡む宴は仕方ないとは思うけど、こんな時くらいはね…。
織田家ではオレたちのせいで、そのあたりの慣例がかなり変わってきている。お市ちゃんが食べていたのはハマグリの酒蒸しだ。アルコールを飛ばしているので子供でも大丈夫で美味しいものだ。
子供たちには紅茶や冷やしあめを振舞っている。このあたりはエルが気を利かせたみたいだね。
「いや、めでたい。これはよき日に立ち会えたものだ」
あっちには卜伝さんがいる。ジュリアとセレスに義輝さんたちと一緒にお酒を飲んでいるよ。義輝さんは和風パエリアを黙々と食べているけど。
こうしてみると偉い人という風にはあまり見えない。食べ方は綺麗だけどね。
Side:織田信秀
わしもそろそろ隠居を考えてもよい頃になったということか。
濃尾以上を望まぬならば、それも叶うはずだ。一馬の本領にでも行き、のんびりと海を見ながら暮らすのもよい。船で旅をするのもよいと思えてしまう。
「三郎よ。これからが大変だぞ」
「ああ、わかっておる」
もっとも三郎はすでに日ノ本を変える気でおる。わしもここで止まる気などない。まあ止まれぬと言うたほうが正しいか。ここまで大きくなった織田を放っておいてはくれまいて。
隙あらば奪おうとするは当然のこと。吉法師が元服する頃には織田は如何になっておるのであろうな。
「……親父、苦労をかけたな」
賑やかな宴を見つつ、三郎と酒を酌み交わす。唐突に三郎がこちらを見てそう告げると、思わず亡き父上を思い出す。
「よいのだ。それが親と子であろう」
父上も三郎が生まれた時には、このような気持ちであったのであろうか?
「見せたかったな。今の尾張を……。かずたちの姿を……」
「ああ、今頃あの世で喜んでいよう」
ふふ、わしの気持ちを察するようになったか。家臣にも理解されず、隣国にまで大うつけとして知られておった男が。
公方様など驚きのあまりに目を見開いておるわ。
如何なとも言えぬ、心地よい音色だ。久遠家の者はまことに多才だ。一介の女であっても、この芸だけで生きていけよう。
吉法師もまた久遠家の者たちのように多くの才を伸ばしてほしいものだな。
◆◆
吉法杉
名古屋城(旧名:那古野城)にある御神木である。すでに樹齢四百年を超えていて、数年後には樹齢五百年になる。
織田信忠が誕生した際に、久遠すずと久遠チェリーと滝川秀益により吉法師誕生祝いとして贈られた杉の木になる。
父である信長が自ら植えたことでこの杉は吉法杉と呼ばれて、織田一族を守る御神木として現在では名古屋城神社により御神木として祀られている。
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