第727話・一つの終焉

Side:大内義隆


「何故……、何故このようなことに……。吾は……吾は……」


 雅の欠片も高貴の気質もないほど取り乱す殿下に、周りの者は逆に落ち着いておる。『興ざめするわ』という言葉が思わず出そうになる。


 よほど命が惜しいのか和睦をとしきりに騒ぐので好きにさせたが、五郎が今更そのようなことを受けるはずもない。いかにも最後の最後まで己だけは殺されぬと自信があったようだが、五郎からは『誰も生かしておかん』と返答が参った次第だ。


 思い残すことはない。……いや、ひとつだけあるか。尾張の花火とやらを見てみたかった。夜空に花を咲かせたという花火を見てみたかったな。


「五郎左衛門。そなたには苦労を掛けたな」


 あとは悲しむことはない。このようなわしにもこれだけの家臣が残ってくれた。とはいえわしのせいで死なせてしまうことはすまぬと思う。


「御屋形様、某もすぐに参ります」


 戒名を授かり、腹を切るべく支度をした。涙する家臣もおる。そんな者たちの中で未だ目に力がある者が現れた。冷泉五郎左衛門隆豊。文武に優れ、最後まで従ってくれる忠臣だ。こやつならば五郎にも勝てたやもしれん。もう少し早く動けばな。


「そのことだがな。そなたに頼みがある」


「はっ、なんなりと申し付けください」


「そなたは生きよ」


 共に戒名を授かりあの世まで供を申し出てくれたが、五郎左衛門の力のある目にふと気が変わった。


「御屋形様!!」


 五郎左衛門の顔が怒りに変わる。思えばこやつはわしの思いを察して、なおもここまで尽くしてくれたのだ。この期に及んで生きよという命は、侮辱とも感じたのであろう。到底受け入れることが出来ぬほどの怒りに見える。


「わしの代わりに花火を見てほしいのだ」


「……花火でございますか?」


「うむ、わしはもう見られんからの」


 ただ、これだけは我が子でもほかの誰でもない五郎左衛門にしか頼めぬ。そんな気がする。


「案ずるな。そなたが参るまでわしは待っておる。それに先に参って、父上や祖先に謝らねばならんからの」


 すっと五郎左衛門の目から涙が流れた。申し訳ない。心からそう思う。


「御屋形様……」


「皆も最後までよう尽くした。わしはひとりでよい。寺に火を掛けて、逃げられる者は逃げて生き延びよ。五郎に降ってもよい。もし生き延びられたら、尾張に行くがいい」


 残っておった金色酒と玻璃の盃を運ばせて、最後まで尽くしてくれた者たちと別れの盃を交わす。


 武衛殿には礼を言わねばならんな。大内家の最期に相応しきひと時をくれた。


「五郎では国は治まらぬ。大友か尼子か、毛利もあり得るの。奴らが動く。じゃがの、誰も大内を超えることは出来まい。次の世は尾張から動く気がする。きっと面白きものが見られよう」


 西国はしばらく荒れるであろう。荒れた西国をまとめるのは誰であろうか? 誰もがあり得るが、誰もがあり得ぬ。


 己が力で明と交易をする久遠。仏と称えられるほどの織田。それらの上に上手く乗る斯波。先のことなどわからぬが、何故か連中が世を動かす。この金色酒を見てそう思えた。


「では、しばしの別れだ」


 あまり長々と話しておる時はあるまい。介錯を五郎左衛門に任せてわしは腹を切る。


 良き最期であったな。




Side:近衛稙家


 三好水軍にてなんとか畿内まで戻って、ようやく都に戻りて参った矢先。


 大樹を乗せた久遠の船が無事に伊勢大湊に戻ったという知らせと、周防から大内義隆と二条尹房が亡くなったという知らせが舞い込むとは。


「……まことか?」


「残念ながら……」


 周防の知らせを持参した石山本願寺の僧も、よほど急いで知らせに参ったのじゃろう。疲れた顔をしつつも周防の一向宗が寄越した文を届けに参った。山口の町は見る影もないほど荒らされてしまったとのこと。長門の国は大寧寺にて最期を迎えたとのこと。


 すぐに周防から連れ戻した者らに伝えるべく人を遣わしたが、皆、急ぎ参って絶句しておる。


「殿下がわざわざ迎えに来ていただかねば、吾らも今頃は……」


「礼ならば武衛に言うがいい。吾に伝えたは、斯波武衛ぞ」


 半信半疑。密勅ゆえに従ったという者がほとんどであろうな。多少面倒事があっても公家が殺されるとまで考えた者がいかほどにおろうか。少なくとも二条がしいされて大内卿が自刃するなど考えもしなかったであろう。


 連れ戻した者らが安堵する中、悲痛な顔をしておるのは二条の倅の関白と吾が連れ戻した左近衛中将か。


「すまぬな」


「いえ、殿下にはわざわざ御自ら迎えに参っていただいたにも拘らずのこと。父に成り代わり御礼申し上げます」


 致し方ないと言えば、そうなのじゃがな。あの男は吾の言葉ですらろくに信じなかったからのう。


 さて、これからじゃの。陶隆房め。このままで済むと思うなよ。


殿しんがりとして残った武衛たちの船が襲われたようじゃ。返り討ちにしたらしいがの。村上水軍には仔細を問い合わせることにする」


 主上にも知らせぬわけにはいくまい。悲しまれるであろうな。それに西国の雄である大内家がこのあと如何なるのか、注視せねばなるまい。


 尾張にもすぐに知らせる人を遣わしたが、大内家が行う明との交易が如何なるかによっては日ノ本がさらに荒れるのやもしれん。




Side:遊女のお園


 尾張にこれほど早く到着するとは思いませんでした。


 私と妹のお縁は与吉殿、私をここまで導いてくれた男の家に住むことになりました。


 私としては遊女屋にでも行こうと思っていましたが、与吉殿に求められたためです。子が産めぬ女など遊女くらいしか行き場がないと申したのですが、それでも構わぬと。


「ほう、それは目でたいの。それにちょうど良かった。お園、そなたに褒美があるのだ」


 与吉殿と共に許しを得に滝川様の屋敷に出向くと、私はどういうわけか褒美を頂けることになりました。


「船に乗せて命を救っていただきました。これほどの褒美を頂くわけには参りません」


「気持ちはわかるが、これは殿よりお預かりしたものだ。突き返すわけにもいくまい?」


 銭五貫と絹織物と綿織物がある。しかも良銭とは……。


「ありがとうございます。頂いた褒美の分、誠心誠意尽くす所存でございます」


 これほどの待遇を受けるとは思いませんでした。少しばかり知りうることを話しただけなのに。西国一と言われた大内家ですらあり得ぬこと。


 とはいえありがたく頂くしかありません。滝川様もご機嫌が良いようで、決して望まぬ褒美を与える様子でもないのですから。


「それとな、与吉。そなたの次の役目は蟹江にする。今後もしかと励めよ」


「はっ」


 無事に報告を終えられて与吉殿はホッとしておるようでしたが、そんな折に滝川様は新たな役目を与吉殿に与えました。久遠家においては新参の外様であるうえに、実家は滝川様と対立する家に仕えていたようで、今後も遠方に行くだろうと船で話していたのですが。


 与吉殿も驚いております。蟹江と言えば先日船を降りた湊のことでしょう。秋穂と比べようもない大きな湊と町があるところになります。織田にとっても重要な場所であることは明らか。


 既に与吉殿も周防での働きから結構な褒美を頂いたようで、少し広い長屋に移ろうかと話していたほどなのに。


 私は野垂れ死にすることもなく、飢えることもないことを感謝しなくてはなりません。





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