第725話・各地の様子

Side:真田幸綱


 なんだ。この騒ぎは……。若君も呆然としておる。


 祭りでも戦勝祝いでも、これほどの賑わいは未だかつて甲斐や信濃では見たことも聞いたこともない。


 守護の帰還。ただそれだけのために、町を埋め尽くすほどの人が集まるというのか。尾張は……。


「申し訳ございません。港に入る場合は、刀と脇差しはすべてお預けくだされ」


 港に入る前で厳重な警護が敷かれておる。武士から民に至るまで武器になりそうなものは取り上げておる。そもそもここの港は塀と堀で囲まれておって、ほかとは違う様子になる。


 人足が荷を盗まぬように検めるためとも思うが、いささか厳重過ぎる港だ。


「あいわかった」


 若君が入りたいというので刀と脇差しを預けて港の中に入る。海側に開かれておる割に町のほうが厳重というのは何故であろうか?


「若君!!」


 海に見えたのは黒い船だ。五隻か。久遠家の船だと周りが騒ぎ、笛や太鼓の音まで聞こえる中、船から轟音がした。供の者のひとりがとっさに若君を守ったが、周りは怯えることも逃げることもなくさらに喜び騒ぐ。


「あれは久遠家の仕来りじゃよ。礼砲。帰還する際に知らせるためのな」


 鉄砲の音に似ておった。あれが金色砲とやらの音かと考えを巡らせる中、声を掛けて参ったのは沢彦宗恩和尚だった。


 周りの様子から敵でも攻撃でもないとは思うたが、帰還の合図だったとは。


「和尚様、ここは何故、海に開かれ町との間に堀と塀があるので?」


「人と荷を検めるためと言うておったの。病を防ぐにも他国の虫や鼠などは入れてはならんと聞く」


 理解出来ん。虫や鼠など何処にでもおろう。何故ここまで致すのだ? 久遠家の知恵か? 斯波家も織田家も、よくわからぬ久遠家の知恵を何故信じるのだ?


「皆、無事に戻られたようじゃの。良かった、良かった」


 一番大きな船からは武衛様を筆頭に弾正忠様や三郎殿に久遠殿が降りてくる。和尚はその姿に嬉しそうに笑みを浮かべると仏に感謝するように手を合わせて拝み出した。


 周りには同じような者が何人もおる。聞けば上洛してからというもの、寺社には無事の帰還を祈る者が何人もおったとか。これほど慕われるものなのか?


 上洛からの帰還や官位を得たところで民が喜ぶなど聞いたこともないわ。民が武士に従い戦に出るは勝って敵から奪うためぞ。


 これが……、同じ日ノ本の国だというのか? 甲斐とて上国のはずであろう?




Side:久遠一馬


 完全にお祭りになっているね。最近あれこれとイベントやったからか、尾張の人たちは祭り慣れしているのかもしれない。


 港で検疫を受けて蟹江の町に入ると屋台が出ていて、商人が祝いの握り飯や酒を振舞っている姿も見える。


「そういえば蟹江の祭りって、まだないんだったね」


「確かに……」


 とりあえず蟹江にある織田家の館にみんなで入ることになった。そこまで歩いているんだが、ふと蟹江に祭りらしい祭りがまだないことに気付いた。


 エルと顔を見合わせて考えてみるが、なんとなく笑えてしまった。


 この時代において祭りというのは、イベントというより神仏への感謝を捧げるような祝いになる。


 蟹江にも寺社はあるが、市や座などの権限は織田家で握っているからね。なんというか祭りらしい祭りをやるには織田家が動かないと駄目だろう。


「かずま! える! じゅりあ! まどか! お帰り!!」


「わん! わん!」


 館に入るなり、お市ちゃんがロボとブランカを連れて駆け寄ってきた。ここに来るまで信秀さんに甘えていたんだけど、オレたちのことも思い出してくれたらしい。


 ロボとブランカも尻尾をぶんぶんと振りつつ、再会を喜んでいるように見える。おっ、ロボとブランカはちょっと大きくなったか? 気のせいだよな。二匹はもう大人だし。


「ただいま戻りました。姫様」


「みんないる!」


「ええ、ちゃんとみんなで戻りましたよ」


 お市ちゃんは資清さんとか太田さんにも声を掛けて、みんな帰ってきたことに嬉しそうに笑った。心配してくれていたのかな?


 とりあえず一休みして留守中の報告を聞くことになった。お市ちゃんは指定席となりつつあるエルの膝の上に座れてご満悦な様子だ。ロボとブランカは、オレやジュリアやマドカのところを行ったり来たりして匂いを擦り付けている。


「今川と武田の戦、大きな成果もなく両軍引いたようでございます」


 最初の報告は留守を任せていた益氏さんからの、今川と武田の戦の最新情報だった。オレとエルたちも知らないんだよね。今回の船の中では緊急時以外はオーバーテクノロジーによる通信は使わなかったから。


 今川の狙いは湯の奥という地域一帯の確保。そこに金山があるし、富士川があって水運が使えるメリットもある。


 今川方は河内路と中道という街道を二手に分かれて甲斐に侵攻。武田方もそれを読んで本隊を河内路の湯の奥に向けたようで野戦にて戦ったが、決め手に欠ける今川方は被害が増える前に撤退したらしい。


 中道のほうも睨み合いをしていたらしいが、こちらは今川がやる気があまりなかったようで小競り合い程度の戦で湯の奥の本隊が退くと同じく退いたようだ。


「やけにあっさりと退いたね。農繁期前に帰りたいのはわかるけど」


「初戦ですので様子見といったところでしょう。それと今川とすれば武田に先んじて現地に入れなかったことが原因ですね」


 停戦協定は一年なんだけど。さっさと帰ったなんて、今川どうするんだろ。エルはもともと決戦のつもりではなかったと推測している。


 まあ、この時代で一度の戦で決戦を挑むほうが珍しいんだが。史実の桶狭間の戦いのように追い詰められないと中々あることじゃない。


 守り手も籠城をして時間を稼ぎ、被害を与えることで撤退をさせることがよくある。


「今川の動きは読まれていた? いや、内通者がいた?」


「断定は難しいですね。ただあの規模で攻め込むとなると、気付かないほうがおかしいかと。さらに今川方は土地勘もありませんしね。奪えれば儲けものという段階でしょうか」


 ないとは思うが、示し合わせてこちらに攻めてくることもあり得るんだよなぁ。警戒して対策もしているんだけどさ。


 現状では無難な流れか。今川義元と武田晴信の戦だ。一方的にはならないよね。


 そもそもこの時代で領地を広げるというのは相当な苦労がいる。みんな必死だ。負けたら奪われて皆殺しにされてもおかしくない。


「それと、管領の細川殿が若狭に入ったようでございます」


「都に戻らなかったのか」


 続けて細川晴元について報告を受ける。若狭に行ったのか。史実でも彼は足利義輝と三好長慶が和睦したあとに若狭に行っているんだよね。


 若狭の武田家当主は武田信豊。正室には六角定頼さんの娘がいて、細川晴元の継室も定頼さんの娘だから親戚ということになる。


 朽木にいるよりはいいと思ったんだろう。六角家が三好と和睦してしまったからね。若狭の武田家は史実でも三好と敵対していたはず。


 若狭だと討伐に行くのは当分無理だろう。代わりの管領を立てるのか、管領を放置して政権運営にあたるのか。三好と六角次第か。


 そうそう浅井家の北近江三郡だが、やはりほとんどが六角の領地になるらしい。浅井家の家臣団も大半が六角家家臣となり、浅井家には小谷城近辺などが領地として残される。


 浅井久政は隠居のうえで、観音寺城下に屋敷を与えられて住むことになったらしい。浅井家は史実の浅井長政こと猿夜叉丸が継ぐようだが、幼少ということで先の戦に関わっていない母の兄にあたる井口経親が後見するようだ。


 ああ、北近江の守護家だった京極家だが、浅井家に軟禁されていた京極高延は形式として彼の名前で攻めたもんだから責任を取らされて近江を追放されたようで、義輝さんのところにいた京極高吉は北近江を取り戻さんと文を出したりしたが、誰も動かないので晴元と共に若狭に行ったらしい。





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