第723話・晴具と具教

Side:久遠一馬


 他家での宴も少し慣れたね。ただ今回はエルたちが別だった。卜伝さんはいたが、お弟子さんたちは別で参加メンバーは少ない印象だ。


 ウチからは資清さんと太田さんが同席した。会話は畿内や京の都のことが中心で、特にピリピリすることもなく普通だったね。


 あとは卜伝さんが随分と助けになってくれた気がする。諸国の話をいろいろ語って興味を引いてくれた。


 翌日、義統さん、信秀さん、信安さん、政秀さんは、晴具さんと歌会をすることになったが、オレは信長さんと卜伝さんとエルたちと一緒に具教さんに誘われてお茶会に参加している。


「三郎殿と久遠殿は和歌よりはこちらのほうが良かろうと思うてな」


 なんで歌会とお茶会に分けたのかなと思ったら、具教さんが気を利かせてくれたのか。正真正銘の公家だからなぁ。晴具さんよりも家臣が旧態依然で一悶着もありそうだったしね。


 史実だと具教さんも和歌を好んだと伝わるから出来るんだろうけど。オレって外国人扱いだからね。尾張でも。その辺を知っているからか。


 一緒にいるのは尾張にも来たことのある具教さんの近習だ。気心が知れていると言えばそうだろうね。


「お気遣いありがとうございます」


「なんの、面白き都の話の礼だ。オレも行ってみたいのだがな……」


 なんというか、こういう気遣いの出来るイメージは史実にはなかった。卜伝さんとジュリアの関係って、こうしてみると影響が恐ろしいほどある。


「行ってもなにも見られなかったぞ」


「それはそうだろう。噂の仏の嫡男と久遠家の当主が出歩けば、三好や細川が手を組んで兵を挙げて捕らえに出ても驚かん」


 信長さんは京の都に行っても武衛陣にて缶詰めだったことを冗談交じりに口にしたが、具教さんには当然だと笑みを浮かべて指摘された。この人も物事の要所を押さえているんだよね。


「伊勢は久遠殿から見ていかが思う?」


 抹茶を淹れてもてなしてくれるのは具教さんだった。みんなにお茶を振る舞い、ひと息ついた時、さりげなく具教さんはオレに声を掛けてきた。


「いい国だと思いますよ。海もあり米もよく採れる。大変そうですけどね。いろいろと」


 なにが聞きたいのか、なんとなくわかる。ただここは尾張じゃない。言葉を選ぶ必要がある。皮肉なことに具教さんもまた、尾張の時より言葉を選んでいるようだ。


「見習うべきところは見習いたい。されど出来ることは多くはない。北畠家では出来ることが限られておってな。久遠殿が羨ましくもある」


 それなりに苦労しているんだろうなと思う。見習いたいという言葉になんと答えるべきか悩む。信秀さんとか信長さんはね。北畠家と比較するとそこまで歴史ある名門じゃないから身軽だと言える。


 信長さんなんか、天下を平定しても織田家が天下を治めなくてもいいとすら言ったしね。駄目でもウチと一緒に日ノ本の外で生きていけばいいと考えていそうな気もする。


 北畠家は中伊勢の長野家とは対立して苦戦しているけど、他はまあ上手くいっているんだよね。具教さん自身は尾張の躍進と発展が気になるらしいが、伊勢はすでにその恩恵を受けている。


 自身の目で尾張とウチを見ているだけに現状に不満もあるらしいが、北畠家の現状は悪くないんだよね。上手く行っている時に変えることは大変だ。それが出来たから織田家は今があるんだけど。


 実際、発展させようとすれば尾張に負けない国になりそうなんだけどね。伊勢は。それでも積み重ねた歴史と格式がある北畠家では織田家よりも変えることは難しいだろう。


「僭越ながら、自らの望むこと、願うこと、目指すところをよく見定めて、時世を見極めることが肝要かと存じます」


 信長さんも無言だ。なんと答えればいいか加減が難しいんだよね。具教さんの立場を思うと。しばしの沈黙に口を開いたのはやはりエルだった。


 それが無難だろう。北畠家の現状で無謀な賭けに出る必要なんてないんだ。


「そうだね。急いては事を仕損じるっていうのが現状だと思うよ」


 エルの言葉に具教さんは無言のままじっと見つめていたが、そこでこんな時にあまり口を開かないジュリアが珍しく口を開いた。ジュリアはやはり具教さんを気に入っているらしい。


「羨ましいな。オレには共に戦う者が多くない」


 ふっと笑みを浮かべた具教さんは、オレやエルたちに信長さんを見て少し寂しげに呟いた。やはり北畠家では現状を変えたい人は多くないようだ。


「己が道を定め、理を以って合議致して、同じモノを目指すならば共に戦う者はおろう。なあ、かず」


「そうですね。それが人の繋がりなのかもしれません」


 思わずドキッとしてしまった。口下手で行動と裏腹に慎重な信長さんが、更にこの場で一歩踏み込むとは思わなかった。


 ふと卜伝さんに視線を向けるとじっとオレたちを見守っていたが、僅かに唇が嬉しそうに動いた気がする。


 卜伝さんが繋いだこの縁は、史実にはない繋がりとなり未知の未来へと繋がるのかもしれない。




Side:織田信秀


 静かだな。和やかとも言えず、かと言って険悪なわけでもない。


 こちらを見極めんとする思惑がはっきり見える。そこを隠す気はないらしい。公家というものは厄介よの。


 とはいえ足利などより古き名門とも言える北畠家が、守護様やわしを遇するに値する客としてもてなす。その一石が北畠家の現在の繁栄をもたらしておるのやもしれん。


「今や諸国が武衛殿と内匠頭殿の一挙手一投足を見ておる。西か東か北か、いずれにも進めるとは羨ましきことよ」


 いかほどの時が過ぎたであろうか。茶が運ばれてくると北畠卿はふとひと息ついた様子で口を開いた。


 羨ましいか。同席しておる北畠家の重臣が僅かに驚いた顔をしておる。名門としての自負や北畠家の現状を考えれば、世辞としても言い過ぎとさえ思うのであろうな。


「何処にでも進めるとは、何処にも進めんということでもあるがの。広がった領内を治めるだけでいかほどに大変か。すぐに裏切る国人や土豪など信ずるに値せぬ」


 知りたいのはこちらの狙いと動きか。倅はある程度察しておろうが、知らせておらぬのか信じられぬのか。いずれであろうな。


 守護様はそんな北畠卿に、少しうんざりした様子でその気はないと語られた。


 今のところ伊勢に関わる気はないからな。疑われては困るのは当然。されど、うんざりしておられるのも確かであろうな。


「朝廷から求められて上洛致したが、皆が勝手な期待やあやしみの目をする。困ったものよ。我らは戦もせずともよいのだ。治める領もこれ以上要らぬ。幸いなことに食うていくに困らぬからの」


 何故、怪しむのか分からぬと言いたげな守護様に、北畠家の重臣たちがどよめいた。


 そう、我らがこれ以上領地を抱えても負担が増えるばかりなのだ。日ノ本を変える気がないならばな。


 久遠家が運んできたものを我らが尾張で売るだけで、我らも久遠家もそして我らの領地に暮らす者たちも生きていくには困るまい。


 もっともそれで済まぬのは考えずとも分かることだが。富める国があらば奪うのが世の常。大内家ですら今頃は家中で戦をしておるのやもしれぬのだ。


 懸念しておるのは長野か? 国人相手にいちいち優遇などせんというのに。北畠卿はいまひとつこちらを読み切れておらぬらしいな。





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