第722話・北畠家

Side:北畠晴具きたばたけはるとも


「御所様。斯波武衛殿、到着しました」


 来たか。わざわざ船で戻るとは、噂の南蛮船はよほど沈まぬ自信があるとみえる。もっとも何処に敵がおるかわからぬ陸路よりはいいと考えただけかもしれぬがな。


 久遠とやらが尾張に来て数年。織田は瞬く間に伊勢の海を制した。斯波は傀儡としておった守護代家から解放されて、また傀儡かと思うたが復権しておるとも聞く。


 面白い。倅が尾張に行って変わったことも面白いと思う理由じゃ。武芸にばかり目を向けておった倅が如何なるわけか、政に興味を持ち始めたからの。


「少し迂闊なようにも思えますな。守護家の斯波と守護代家である織田が共に領地を離れて、織田は嫡男までもが一緒だとは」


「迂闊なのか、余裕なのか。会えばわかるであろう」


 家臣たちの評価はいまひとつというところか。一時の勢いがある者は躓くと一気に転げ落ちるからの。それを期待しておるとも言える。


 されど、わしはそのような都合がよい期待はせぬ。織田信友、服部友貞、本證寺、浅井久政と瞬く間に敗れたからのう。


「水軍の者らがこのままでは危ういと騒いでおりますな」


「尾張に行く船が増えて通行税は取っておるのであろう? 己で努力もせずに騒ぐとは愚かしいことよ」


 わざわざ招いたのは、見てみたかったからだ。斯波と織田と久遠をな。倅は尾張が新しき世の始まりとなるとまで言うておる。話半分としても捨て置けぬ。


 とはいってもわしが尾張に行くなど出来ることではない。倅が何度も招かれておることもあって一度招いてみようと思うただけなのじゃが、何処からか聞きつけたあちこちの者たちから要らぬ願いが上がってくる。


 水軍は織田に水を開けられておることで黒船がほしいと騒ぎ、大湊からは何卒穏便にとご機嫌伺いがきた。宇治山田からはもっと己らにものを売ってほしいと騒いでおる。


 厄介なことよ。




Side:久遠一馬


 北畠晴具。従四位下参議。武家ではなく公家なんだよね。土佐の一条もそうだが、よく大名クラスとして生き残ったもんだ。


 対面の席で同席したのは義統さん、信秀さん、信長さんとオレだ。上座に晴具さんがいて、具教さんと重臣らしい人たちもいる。


 晴具さん。五十くらいか? この時代だと結構な歳だな。少し気難しそうな外見にも見える。


「この時期に上洛とは大変であったろう。よければ都の話でも聞かせてくれぬか」


 一通り挨拶を済ませると、晴具さんが主導する形で話が始まった。やはり聞きたいことは畿内の情勢か。この時代はメディアやインターネットで情報が手に入る元の世界と違う。


 自ら進んで情報を集めないと手に入らない時代だ。まあ北畠家は大湊からも情報が入るだろうし、他家よりは情報に敏感だろうが。


「まさか……」


「公方様が三好と……」


 どよめきが起きたのは、義輝さんと三好の和睦だ。どうもまだ知らなかったらしい。


 まだ和睦が決まって日が浅いしね。三好と六角は今頃は具体的な政権運営について話し合っている最中だろう。近衛さんに至ってはまだ瀬戸内海で船の中かもしれないから、積極的に知らせている余裕もないはずだ。知らなくて当然か。


「管領殿が納得をするのか?」


「また畿内が荒れるな」


 面白いのはこれで畿内が荒れると見ている人が多いことか。管領の細川晴元に関しては史実を知ると落ち目だとしか思えないが、北畠家の印象としては違うらしい。


 そういえば北畠家は、かつて細川家の内紛に関わっていたんだっけか。俗に言う大物崩れというやつだ。内情は一言で言えば、細川京兆家の権力争いだったはず。確か晴元に敗れて殺された細川高国の娘が晴具さんの奥さんだったね。


 晴元を評価しているというよりは、細川京兆家の権威と力を強いと感じているようだ。自分たちが支援した人が負けた相手だし、相対的に評価している部分もありそうだけど。


 そのままの流れで、大内家の内乱のことも義統さんは教えていくが、なんとも言えない感じか。受け取る感じとしては、まだまだ諸国は荒れているという印象に受け取ったんだろう。


 まあそれも間違いじゃないしね。義統さんはあるがままに事実を語るが、主観として感じている細川晴元が落ち目だなんてことは教えていない。


 しかしまあ随分と保守的な感じだね。北畠家は。六角家もそんな感じがあったが、それ以上に感じるよ。


 史実で織田信雄が具教さんの養子となり織田家に臣従したが、その後いつまでも敵意を残したままで武田信玄と密約を結んだりしていたはず。結局、具教さんは子供や家臣と共に殺されるんだよね。


 そういう色眼鏡で見ているせいもあるだろうが、保守的に見えてしまう。オレは目立たないほうがいいね。義統さんにお任せしよう。




Side:エル


 部屋の周囲には警護という名目の見張りがいますね。今までも六角領などであったことですが、ここも必ずしも皆に歓迎されているわけではないようですね。


 強大な隣国など邪魔でしかない。それがこの時代の武士の本音。とは言ってもそこまで心配はしていませんが。


 朝廷から官位を受領しての帰りに寄った斯波武衛家当主を毒殺や騙し討ちにしては、公家である北畠家の名声に傷が付きます。


 それにここで守護様や大殿を手に掛けると織田は弔い合戦となります。北畠家に尾張を攻めるだけの力はありません。領地も接していませんしね。要らぬ敵が増えるだけ。従って、そこまで良からぬことは企むことはないでしょう。


 もっとも一番の懸念は当家の実情を知らぬことでしょうが。手を出したくても出せぬでしょう。無論、万が一の際には私たちで救出してみせますが。


「なかなかに栄えておるな」


 楽しげなのは菊丸殿でしょうか。大湊といい多気御所といい、確かに荒れ果てた京の都よりはよく見えるのかもしれません。ただ周囲には見張りがいて聞き耳を立てています。迂闊なことを言わぬようにと塚原殿が制しています。


 北畠家は急速に大きくなった織田に探りを入れたいのでしょうね。


 南伊勢と志摩のほぼ全域と大和の吉野郡と宇陀郡に紀伊の一部が勢力圏となります。今の主な敵は中伊勢の長野家でしょうか。長野家が北畠に降るのは史実ではまだ先のはずです。


 織田とは領地は接していませんが、伊勢湾の支配権は完全にこちらにありますからね。気にならないはずはないでしょう。


 上手くいけば伊勢は今後も安定しますが、対立することも想定しておくべきでしょうね。北畠と対立すると大湊は使えませんね。


 ただこちらとしては蟹江があるのでそこまで困りません。陸路は北伊勢に六角家がいます。司令が以前言っていた六角バリアーが伊勢にも広がるだけ。


 蟹江の町は現在も整備と拡大が続いています。将来的に港を更に拡大してもいいように用地の確保だけはしてありますが、そちらも少し考えておくべきでしょうね。


 これから先、私たちはこのような旧来の勢力を征していかねばなりません。まだまだ織田は強くなる必要がありますね。



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