第715話・夜明けを迎える黒船

Side:久遠一馬


 リーファの指示で鉄砲と弓と弩が同時に放たれた。しかし今夜は分厚い雲があり、月明かりも期待出来ない。距離があるせいか、ここからはそれらの攻撃が当たったのか、敵船がどんな反応をしたのかはっきりとはわからない。


「敵船、依然として接近中!」


「両舷大砲、用意!」


 ただ、それでも敵船は接近してくる。船乗りのバイオロイドとロボット兵が大砲の準備をしている最中も、甲板では速射が可能な弓を中心に鉄砲や弩で攻撃を続ける。


 辺りではキャラベル船と佐治水軍の久遠船が同じく動き始めながら攻撃をしており、ちょっと驚かされた。


 こんな暗い夜でも連携して動けるようになったことが少し驚きだ。実際に日暮れ前にはリーファと雪乃を中心に陣形や動きに作戦は入念に練っていた。


 海域も風も数日の滞在で調べられる範囲で調べているが、それでも驚くのは佐治水軍がこちらに合わせて動けていることだろう。


 小回りの利く久遠船はこちらの背後に回り込もうとしている船に狙いを定めたらしく、動いて攻撃をしている。


「左舷一番、……撃て! 続けて二番行くよ! ……撃て!」


 ガレオン船のカルバリン砲が火を噴く。狙いは目視と経験で付けるしかないが、リーファが自身で狙いをつけるようでタイミングを計って撃たせた。


 一撃ごとにマストの見張りが着弾観測をしていて、それに基づいて次以降を撃つ。まあ戦闘型アンドロイドのリーファならひとりですべて計算してできるんだろうけどね。今後のためにも普通の人でもできる形で撃つ。


 着弾の水しぶきはここからも見えるようになった。


「敵船一、着弾の煽りを受けて転覆!」


 攻撃を続けていた船がどっと沸いた。残念ながら直撃はしなかったらしいが、大砲が間近に着弾したことにより予期せぬ波が起こり、混乱した敵がバランスを崩して船がひっくり返ったらしい。


「敵船一、着弾確認! 撃破しました!!」


 続けて入った知らせに甲板ではさらに味方が沸き士気があがる。多分、小早だろう。どんどん接近していたのでここからも見える。


 二発目、三発目と撃っていると、とうとう大砲が直撃して敵船は木端微塵になった。人に直撃したか? 静かな海に混乱する声や騒ぐ声が聞こえて、無事な敵の船の動きも変わり始めた。


 それまでは連携しながらもこちらに向かっていたのだが、迷うように旋回しようとしたり逃げようとしている船もある。


「逃がすな! 全部叩くよ!!」


「おー!!」


 流れは一気に変わった。最早勝ちは見えたが、リーファは手を緩める気はないらしい。


「二番船から五番船に伝令、徹底的に殲滅します」


 副官の雪乃はその指示を各船に伝令するように指示を出した。モールスとまではいかないが、ランプの明かりによって作戦の指示くらいは出せるようだ。


 小回りが利く久遠船が真っ先に逃げ出した船を追い始めた。焙烙玉も使ったんだろう。爆発音が聞こえる。スリングを使った投擲や、焙烙玉に縄を付けて遠くに投げることも佐治水軍では練習していたからね。


「二番船、敵船を撃破! 四番船、敵船を撃破!」


 そこからはもう一方的だった。火矢も僅かに飛んできたが、こちらの船体にはコールタールの塗料が塗ってあることと、船体に海水を掛けているので火が付くことはない。火矢がささってもすぐに火を消すしね。


「不利というわりに完勝だったな」


「これが戦か……」


 気が付くと信秀さんと義統さんも甲板に出て戦況を見守っていた。完勝という言葉で満足げな信秀さんと、初めての間近で見る戦に驚く義統さん。


 確かに条件は不利だったんだよね。敵地であり瀬戸内という潮流が複雑な場所での小型船との戦。とはいえリーファの指揮と火力で戦えばこんなものだろう。費用対効果は泣きたくなるほど悪いだろうけど。


「生存者を探せ!」


 一艘か二艘ほど秋穂の湊に逃げ込まれた。まあそれは仕方ない、ウチの船は湊に入れないし、佐治水軍の久遠船だけで深追いは危険だ。


 勝鬨も上がって盛り上がる味方だが、リーファは手を緩めることなく周囲の生存者を探させる。


 救助と言うよりは証人になるような人を探すためだ。多分無駄だろうけど、陶隆房の命令でと証言があれば、こちらも相応の対応をする。


 結局夜明けまで捕虜を捕らえるために周囲を捜索することになった。




「味方の兵に被害はありません。一部火矢が刺さりましたが航行に支障はないですね」


 すっかり朝陽が昇った頃、ガレオン船の船室では各船の船長が集まり義統さんや信秀さんを筆頭に軍議が開かれた。


 リーファの被害報告に織田家家臣の皆さんからどよめきが起きた。ある程度理解していたが、完勝中の完勝と言えるところだろう。人的な被害がゼロということが驚きといえば驚きなんだろうな。


「捕らえた敵兵は二十四名。残念ながら岸まで泳いで逃げた者が多数いた模様」


 続けて雪乃が捕虜の数を報告したが、思った以上に少ない。敵船は十から二十くらいは出てたはず。夜が明けて数艘はそのまま無人で漂っていたが、地元の漁師が使うような小舟から小早まであった。


 秋穂や近隣の大内水軍や漁民に声を掛けて動員したのかもしれない。村上水軍も末端の一部は関与した疑いがある。


 水軍も末端だと漁民と海賊の兼業だったり、所属や立場があやふやだったりするからね。


「さて、いかがなさいますか? 守護様」


「このまま帰り、逃げたと思われても面白うないの。抗議と真偽を正す書状でも書くか?」


 完勝。それで喜んでいられないのは、ここが敵地だからだろう。問題は捕虜の扱いと後始末だよなぁ。漂っていた小舟も一応確保して縄で繋いでいる。


 信秀さんは守護である義統さんに判断を求めた。


 まあ、それほど神経質になる状況じゃないからね。さっさと帰るか、嫌がらせ的になにかするか。陶隆房が他の地域から大内水軍を呼び寄せればどうなるかわからないが、村上水軍は動かないだろうし、完勝した以上はそう簡単にいかないだろう。


「どちらに出すんです?」


「双方に出せばよかろう。陶隆房は周防の守護代だ。証言はあるのであろう?」


「はい。口約束ですけど」


 抗議とはどちらに出すのかとふと思ったが、義統さんは双方に出す気らしい。実際捕虜から証言があった。陶家の家臣がこちらの船を奪うか沈めたら望みのまま褒美を出すと檄を飛ばしていたそうだ。


 ただ、言い方は良くないが口約束であり身分のある人も捕虜にはいない。言い掛かりだと言われるとどうしようもないね。


「博多にも書状を出すべきかもしれません。これは博多が関与したのではないかと」


 これは嫌がらせ以上に出来ることはないなと思ったが、静かに聞いていたエルが思わぬ妙案を口にした。


「博多か」


「すぐに影響はないかと思われます。ただし今後の展開次第では使えます」


 信秀さんもその意図をすぐには掴めないようだったが、エルは先を見越して提言している。


 博多はそれほど深い関わりがあるわけではない。ウチの船が何度か寄港したことはあるだろうが、遠すぎて関わりがないんだよね。


 ただこのまま史実のように勘合貿易が終わり、倭寇の退治をウチが続ければ、博多は明からの品が入りにくくなるだろう。そこに他では手に入らない品を多数抱えている織田と、博多はどう付き合うのか。


 そうなった時に、今回の事件が使えるかもしれないか。


 さて、大内義隆と陶隆房と博多の年行司はどう出るかな?




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