第716話・大内家の……
Side:陶隆房
「全滅だと……」
「正確には二杯ほど船が戻り、泳いで戻った者はそれなりにおりまする」
あまりの結果に言葉が続かなかった。ここは奴らにとって敵地ぞ。しかも月も見えぬ夜に奇襲して全滅とは……。
「いかなる戦だった?」
「単純にこちらの動きが読まれていたのだと思われまする。船で対抗しては勝てませぬ。それ故小さい船に絞って接近し、舵を破壊してしまう策だったのでございますが……。敵は大砲や鉄砲を幾度も撃っておりました。近づくことも出来ずに完敗でございます」
奇襲を読まれたとは。つまり連中は公家を逃がすための殿か。それにしても聞いておる話と違うではないのか?
「大砲はそれほど当たらぬと聞いたが?」
「腕前の差かと思われます。あの闇夜で味方同士がぶつかることなく動いておる様子は見事でございました」
久遠とやらの船は噂以上ということか。
「申し上げます! 斯波武衛様より書状が届きましてございます!」
斯波武衛だと?
「殿……?」
「どうやら武衛本人が乗っておるらしい。勅使をお連れした船に兵を差し向けるはどういうつもりだと、問いただしておるわ」
ちっ、落ちぶれたと聞いておったが、まだ生き残っておったか。
「殿、いかがなさいますか?」
「わしは知らぬ。政を顧みぬ御屋形様の所業であろう。つまらぬ因縁をつけるなと返答する」
さすがに勅使を狙ったとなるとまずい。知らぬ存ぜぬで通すしかあるまい。どうせ尾張の田舎者だ。嫌われたとて構うまい。
「されど……、この書状には捕らえた兵のことも書かれておりまするが? 当家の者もおりますれば……」
「知らぬ。わしの知らぬうちに御屋形様が命じたのであろう」
水軍衆を生かして捕らえたのか? わざわざ書状に書きおって。認めねば生かして返さぬというのか? 小癪な。
「最早、一刻の猶予もならんな。兵を挙げる! 御屋形様には隠居していただき、大内家を正しき姿に戻すのだ!!」
「はっ!!」
最早、一刻の猶予もない。兵を挙げるしかない。すべては御屋形様が贅沢三昧な暮らしをして、守護代の職を担うわしや代々仕えた家臣を軽んじたことが原因。公家どもが来なければこのようなことにならなかったのだ。
公家の乗る川舟を襲撃したのも南蛮船を襲撃したのもすべては御屋形様の所業なのだ。己が贅沢な暮らしをする邪魔をする者を許さぬ御方とするしかあるまい。
わしが正しき大内家を取り戻してみせる。
「敵は山口にあり!!」
御屋形様、すべては貴方様が悪いのでございますぞ。わしはもう退けませぬ。
Side:大内義隆
「恐らくは守護代殿の仕業かと……」
せっかくの茶の湯を台無しにするとは。斯波武衛も雅を理解せぬ男か? まあこの場におらぬ者に言っても仕方なきことか。
控えておる冷泉左衛門少尉が真偽の確認を指示したが、考えずともわかること。
「誰ぞ、筆と紙を持て。それと武衛殿に詫びの品を贈る」
斯波の思惑は分からぬが、詫びを入れればよかろう。
「よろしいのでございますか?」
「意地を張っても仕方あるまい。朝廷の覚えよく、明や南蛮との商いもする相手。向こうとて謝罪のひとつもなくば引けまいて」
噂の久遠とやらがいかなる男か興味はある。されど、戦などご免じゃ。連中は明に取り入るために倭寇を狩り、連中を土産にしておると聞く。手際を聞き及ぶところでは、西国一の侍大将などともてはやされても五郎の勝てる相手ではない。
されど変わらぬな。五郎は。ひとつのことに熱心でそれが良きところなれど、奴には世がいかに動くかまったく見えておらん。
武で世がすべて動くなどあり得ぬというのに。
「そうじゃ、明から取り寄せた花器、あれを贈ろう。尾張の紅茶なるものは大層よいものじゃ。明の商人もあれを欲しておったほど。それも教えてやろう。大きな利となるはず」
織田は戦ではなく政で国を治め大きくするという。羨ましいの。我が大内家ですら五郎のような者が多くわしの言葉を聞こうともせぬ。
「……御屋形様。これを口実に守護代殿を罷免、逆らうならば討つべきでございます」
「五郎左衛門、それはせぬと言うたはずぞ」
二条殿下の顔色が優れぬの。それほど死が恐ろしいならば逃げ出せばよかったものを。噂の尾張に行けばそれなりの暮らしが出来よう。それがわからぬのが殿下の定めか。
そんな中、左衛門少尉の進言を退ける。もうよいのだ。わしは戦などせぬ。
五郎、お前はまだ戦を求めるか? その先に地獄しかないと言っても聞かぬのであろうな。
来るがいい。お前が真に戦を求めるのならばな。大内家をお前にくれてやろう。いずれお前は知るはずだ。世というものがいかに無情で恐ろしいものかということをな。
Side:久遠一馬
朝ご飯を食べて一休みしていたら、慌てた様子でやってきたのは毎日水や食糧を売りに来ていた村上水軍だった。どうも寝耳に水だったらしく、自分たちは関わりがないと弁明していた。
ところがだ。末端には村上水軍にも所属していた船がいたことから話がおかしくなった。捕虜の話では、戦国名物である両属状態の連中の一部が陶隆房の命に従ったらしい。
村上水軍は瀬戸内海での徴税を幕府に正式に認められているのだが、その末端が朝廷の勅使の船を狙ったという事実は結構重いらしい。上に報告すると言って慌てて帰っていった。
どうも水や食糧を売りに来ていたのは、そこまで上の人じゃないようだ。
「あっ、そこは効きますね」
さっきまで後始末をしたりしていたが、特にやることもないのでエルの肩もみをしている。仮想空間からリアルになった影響か、エルは肩凝り気味なんだよね。主に体の一部が重いからだろうが。
なんとなく申し訳ないのと、スキンシップの意味もありマッサージをお互いにすることがウチではよくある。
「結果に関わらず明日か明後日には出航かな?」
「そうですね。引き際だとおもいます」
大内義隆と陶隆房と博多に問責状を出したが、博多は返事が来るまで待っていられないだろう。大内義隆と陶隆房は明日中には届くはず。とはいえこれ以上長居してもこちらの手札は多くはない。
エルもこれで終いと考えていた。
「湊でも焼けばいいのではないのか? 勅使への手出しは大罪ぞ」
一方、そんなオレたちを不思議そうに眺めていた義輝さんは、この時代の人らしいことを口にする。
なぜ肩を揉むんだと疑問を口にしていたからね。互いに労わるのがウチの流儀だと言うと一応納得したが。
「大局として見れば焼いても焼かなくとも、あまり影響はありませんよ。あとは近衛殿下に仔細を報告してお任せするしかありませんね。それにただの賊だと言い逃れされると、それが通る恐れもあります。またこちらのほうを虚言と主張することもあり得ます。大内家は官位の上では上様よりも高いのです」
信長さんと藤孝さんも若干その意見に賛同らしい。やられたらやり返す。やられたほうが悪いというのが武士の本音だからね。
エルはそんな過激な人たちを諭すように淡々と語っている。なんか肩を揉みながら話しているとオレが使用人みたいに見えそう。
手段としては悪くない。とはいえ焼いたところで得るものはないんだよね。もう武威は示したし。
困ったことに大内家の経済力と政治力は馬鹿に出来ない。怖いのは陶隆房よりも大内義隆だろう。
幕府に訴えるとしても細川晴元に話が行けば、大内家の一方的な意見を聞き届ける裁定とか下しかねない。
現状では大内義隆の死を決まったこととして動くのは時期尚早だ。
義輝さんは暗に幕府を信用出来ないと語るエルに黙ってしまった。過去にもあったことだ。幕府に裁定を求めてもその時々の都合に合わせた一方的な裁定をして遺恨が残ったことが。
「雪乃、次どうだ?」
「そうですわね。お願いしますわ」
さあ、エルの肩揉みが終わると次は雪乃だ。船にいるメンバーは限られているしね。日頃頑張ってくれているから、今日くらいはオレが癒してやらないと。
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