第706話・それぞれの動き

Side:久遠一馬


 暇なんでトランプをしていると、周防にて情報収集をしていた忍び衆が自発的にやってきた。オレは見たことがない人たちだ。今日、周防に来たばかりだよ? 凄いな。


 しかも彼らが持ってきた情報が更に凄い。大内家の内情がほとんどわかるじゃないか。


 史実に鑑みると数日の余裕はあると思ったが、彼らの話を聞く限り余裕はないかもしれない。もしかするとオレたちの行動がきっかけとなりかねないほどだ。


「殿下に伝えるべきであろうな」


 義統さんは渋い表情をした。危ういなら最悪稙家さんだけでも回収して帰らないとオレたちの責任問題となりかねない。ただ悪いことばかりではない。こちらには義輝さんがいる。万が一稙家さんたちが帰らなくても、オレたちに非はないと証言してくれるだろう。


 もっとも世間の風評もある。なるべく助けなくてはならないだろうな。


 急遽みんなで話し合い、忍び衆のふたりにこのまま稙家さんへの使者を頼むことにする。稙家さんは川舟で山口に向かった。川を上るということもあり、彼らは稙家さんたちが山口に着く前に追いつけるかもしれないと言う。


「文を書いた。これを見せれば殿下に直接会えるであろう」


 とはいえ身分を明かせない忍び衆だ。彼らの身元を証明するための義統さんの文を持たせる。


「もし途中で謀叛が起きたら、こっちに報告はいいから殿下に知らせたら逃げて。この船も狙われたら動かざるを得ないから」


 少し危険な任務だが、ふたりは申し訳ないほどやる気だ。懸念は万が一陶隆房の謀叛が早まれば、こちらにも攻めて来る可能性がゼロではないということか。


 大内義隆を逃がすまいと兵を寄越すかもしれないし、どさくさに紛れて船と荷を奪おうとするかもしれない。この時代の戦はなにがあっても驚きはしない。最悪の場合も想定しておくべきだ。


 どうも通常の連絡ルートとか退避ルートがいくつかあるらしいし、無理に戻る必要もない。無論、なにもなければ報告が欲しいが。


「さて、どうなるのやら」


「あのふたりならば、大丈夫でございましょう。三雲家に仕える者に血縁がある故、外に出しておりまするが、腕は確かでございます。それに任務にも忠実な者たちでございます故に」


 信秀さんは彼らから聞きながら書いた手書きの地図を見ながら唸っていた。戦になれば多勢に無勢だ。ただ資清さんはあのふたりを評価している。


 時代的にこんな遠い地域に派遣されたからどうかと思ったが、優秀な人たちのようだ。大内家は明との勘合貿易をしているので、実はウチとしては調査の優先順位は高いんだよね。


 資清さんと望月さんはそのあたりを考慮してくれているらしい。有り難い限りだ。


「では某は村上水軍と少し話して参ります。近くをウロウロしておるようでございますからな」


 こちらはあまり動けない。とはいえ政秀さんは村上水軍と接触するべく甲板に出て行った。現時点では泊まっているので特に接触はないが、遠巻きに村上水軍の船が監視しているんだよね。


 一応戦の支度も必要か。エルと相談して準備をしよう。




Side:陶隆房


 思えば、御屋形様は昔から軟弱な文官らにいいように扱われておったな。戦も知らず武士としての本分すらおろそかにする。そのようなお方とて主君は主君だ。わしは誠心誠意お仕えしたにもかかわらず、御屋形様はご理解してくださらぬ。


 あまつさえ、たった一度の尼子との敗戦で戦を拒絶するとは愚かとしか言えぬ。負けたからには次は勝たねば大内家はいつまでも尼子に負けたままになるのだというのに。


 そこに付け込んで働きもせずに無駄飯食らうあの公家どもめ。貴様らに食わせる無駄飯があらば、戦のひとつやふたつも出来るというに。許せぬ。許せぬのだ。


 奴らが諸悪の根源だ。


 もうすぐだ。もうすぐすべてが正しき道に戻る。ごくつぶしに腑抜けとされた御屋形様など大内家の当主としては相応しくあらず。わしが穀潰しと軟弱者など排除して本来の大内家の姿へと戻してやるわ。


「殿! 一大事でございます!!」


「何事だ!!」


秋穂あいおに黒い南蛮の船が現れてございます!! その船より一向宗の僧が殿上人と思わしき公家と共に降りたとのこと!」


 なんだと。何故、この時期に……。


「なお黒い南蛮の船には、足利家の丸に二つ引きの家紋と織田木瓜があるとのこと。噂の織田の南蛮船かと思われまする! 数は五隻!! いかがなさいますか!」


 黒い南蛮の船だと。博多より西の海では時折見かけて、倭寇の連中と争うておると聞いたことがある。なにをしに来たのだ?


「用件を問え! 場合によっては討ってくれるわ!!」


「殿! いけませぬ! 安芸には一向宗の門徒も多ございます。下手に手を出せば大変なことになりまする!」


「わかっておるわ!」


 斯波か? 織田か? まさか腑抜けを助けに来たのか? 許さぬぞ。大内家はわしが正しき道に戻して治めるのだ。とはいえ家臣の申す通りか。迂闊に手を出してしまうは下策。無駄に敵を増やすことはしとうない。


 追い払うか? いや、腑抜けの始末が先だ。目的を見誤るわけにはいかん。


 それより一向宗の坊主と公家らしき者の狙いと行く先を探らねばならん。




Side:近衛稙家


 周防は、湊で逃げ出す支度をしておる者がおるほど殺伐としておる。川舟の船頭に話を聞くと、やはり陶隆房の謀叛の噂で持ち切りなようじゃ。


 思っておった以上に危うい。戦が起きるような気配を感じる。大内義隆。優れた男だと聞いておったが、誤りであったか?


「殿下……」


「案ずるな。駄目ならすぐに戻る」


 本願寺の者も同じか。少し不安げにこちらを見ておる。長居すれば吾らも巻き込まれかねぬ。


 密勅を示してさっさと戻るかどうかを決断させねばならん。大内義隆と会う暇はないな。歓迎の宴などされておる間に謀叛でも起こされたらたまらん。


 ここまで民が動いておるということは、いつ戦が起きてもおかしゅうない。


「どけ! 我らは行商人など用はない!」


 山口はまだ無事であったか。とはいえここも逃げ出すような者がおる。そんな山口に着いた吾の前に現れたのはふたりの行商人であった。


 共に参った僧兵が怪しみ追い払おうとしたが、その時、行商人が見せた文に書かれた家紋に目が止まった。


「まあ、よい。少し品を見せてたもれ」


 あれは足利家の家紋。綺麗な紙に書かれたそれが気になり、行商人の品を見るとの名目で少し人のいない場所で行商人と話すことにする。


「ご無礼をお許しくださいませ。某たちは斯波武衛様の使いで参りました。某は久遠家に仕える者」


 驚くことにこの者たちは武衛が寄越した者か。文も本物であろう。なにより書かれた内容に驚き頭が痛くなる。


 やはり陶隆房の謀叛がいつ起きてもおかしゅうないか。あまつさえ大内義隆は公家に腑抜けとされたと噂になっておるとは。腑抜けと噂され、贅沢三昧をして家臣たちに見限られつつあるとならば、謀叛を治めることは難しかろう。


「そなたら、このあとどうするのじゃ?」


「御用命がなければ周防を離れるように命じられております」


 これは吾も危ういかもしれぬ。


「そなたらは、周防に詳しいのか?」


「はっ、それなりにではありまするが」


「ならば吾の供として参れ。決して悪いようにはせぬ」


「心得ましてございます」


 本願寺の者らもこの土地を知らぬ者ばかり。もし陶隆房の謀叛に巻き込まれれば逃げるに逃げられなくなる。


 久遠家の者か。久遠家では素破にまで情けを掛けると聞く。扱いさえ間違わねば裏切るまい。もしかすると、この者らに吾の命を預けることになるやもしれぬ。




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