第704話・秋の牧場
Side:リリー
季節は秋になってしまったわね。ここ牧場では早くも冬の支度を始めているわ。領民と孤児院の子供たちのみんなで夏場から続けている、牧草をサイロに溜めておくことも順調よ。
「御袋様、今日の
「ありがとう。それじゃあ今日はお漬物にしましょうか」
「はい!」
牧場の日誌を書いていると五郎君が元気よく知らせに来てくれた。元孤児の年長だった子で今はここの下働きとして働いているわ。孤児の世話から身寄りのないお年寄りの世話まで頑張ってくれているのよ。
今度のお正月には元服をさせてあげようと計画している。
「元気ええ子や」
「フフフ、そうね。今度は自分が働いて恩返しするんだって頑張っているわ」
ちょうどお茶を飲みに来ていた鏡花は、そんな五郎君をみて笑みを浮かべているわ。子供たちの成長はなによりの喜びなの。いつの日か、あの子たちが立派になって家庭を持って会いに来てくれたら嬉しい。
「そうそう、船大工になりたい子もいるんだけどどうかしら?」
「ええよ。うちに任しとき」
孤児の子供たちには継ぐべき家もない。勉強と武芸といろんな仕事を体験させているわ。ここ牧場が彼らの故郷であり帰る場所。私はそう教えている。元服をして大人になったから出て行くのではなく、いつでも帰って来られる場所にしたい。
武士となりたい子もいれば、牧場の仕事をしたいという子もいる。ウチのガレオン船を見て、あんな船を造りたいという子もいるわ。
まだ学校に通うことを続けさせたいけど、そんな子は数日に一度の割合で牧場の手伝いの代わりに鏡花の下で見習いとして使ってみることにした。
子供たちは物心付いた時から働くのが当然な時代だし、私たちもそれを受け入れながら少しずつ変えていく必要があるわ。
「申し上げます。ただいま、姫様がお見えになりました」
「りりー? きょうかもいる!」
日誌を書き終えて茄子の漬物を仕込もうとした時、ロボとブランカを連れた市姫様がやってきたわ。今日はメルティが焼き物村に行って居ないからかしらね。
「姫様、これから茄子を漬けるのですが、ご一緒なさいますか?」
「うん!」
元気で活発なのはいいけど、身分からすると少し心配にもなるわね。もっとも市姫様は久遠家に嫁ぐのがほぼ既定路線になるわ。久遠家の娘を出せとは言わないでしょうが、市姫様は受け入れる必要がある。
司令か、司令の子のどちらか。多分司令でしょうね。そのために自由にウチに来ることを許されているのだから。
最近では牧場にも市姫様のここでの専用の着物があるほど。子供たちと同じ汚れてもいい着物で、畑仕事や家畜の世話までしているのは少しやり過ぎな気もするけど。
もっとも身分に合わせた教育もすでに始まっているわ。大殿はそれをおろそかにしない限りは好きにさせるおつもりだとか。
女性も寿命が延びれば子供を産んだあとの人生が長くなる。長い目で見れば悪いことではないわ。
Side:久遠一馬
「近くで見ると更に大きいな」
出発の朝、ご飯を頂いたオレたちは証如さんに挨拶をして湊にきた。小舟に乗り沖合に停泊している船に乗り込むが、義輝さんは小舟から船を見上げて改めて見入っている。
「ほっほっほっ、これは凄いのう」
同じく楽しそうなのは稙家さんだ。周囲には船があるが、それと比較してもガレオン船の大きさは別格だからね。
「出航の準備は完了しております」
ふたりは船に乗ると出迎えたリーファに更に驚いたようだ。身長高いからなぁ。百九十センチはこの時代では見ることすら珍しい。尾張では斎藤義龍さんが大きいからまだいいけど。
「そなたは船が似合うの。万事任せるぞ」
「はい。お任せください」
ああ、義統さんも初めての船旅に嬉しそうだ。楽しげな様子でリーファに声をかけているが、船が似合うと言われたリーファは嬉しそうに笑みを見せた。
なんというか、この人の凄いところだね。一言の言葉が絶妙なんだ。全幅の信頼を示しつつ船が似合うというリーファが一番喜ぶような言葉がパッと出るところが流石だ。
ウチのルールとして船では船長が最終的な責任者として決定権を持つ。それは義統さんや稙家さんたちにも説明した。それを受けての言葉だろうが。
松永久秀さんとはここでお別れだ。昨日少し話すことが出来たが、尾張では具体的に町をどうしているのかと聞かれたので少し教えておいた。
身を清め常に町を片付けることで病が起きにくくなる。ウチの経験則ではあるが、古くからの伝統でもあるので、京の都も少しはよくなるだろう。
「では皆様、よろしければ出航致します」
遠く離れた湊には見送りの人たちが集まっていた。オレたちは特に町の人たちと交流をしたわけではない。とはいえ石山の人々にとってウチの船と尾張は、友好相手と認識してもらえているようだ。
リーファが最終確認をして船は帆を張り出航する。
「これはなんと速い。主上によき土産話となろう」
五隻の船団はガレオン船を中心に進む。稙家さんはあっという間に遠くなる石山を見て驚いているね。考えてみればこんなに速い乗り物は初めてなのかもしれない。
「船に乗ると落ち着くな」
甲板で秋風を感じつつホッとしていたのは信長さんだった。それなりに乗っているからね。石山本願寺を信用していないわけではないだろうが、慣れているウチの船のほうが落ち着くということか。
「これはよいな。このまま日ノ本の外を見聞しに行きたいものだ」
「某ももう十年若ければ、明や天竺に旅をしてみとうございましたな」
短時間の乗船はあるが、本格的な船旅が初めてなのは信秀さんも同じか。南蛮船が初めての卜伝さんと楽しげに明や天竺に思いを馳せている。
もちろん義輝さんも藤孝さんも驚きと興奮で楽しげだね。ここでみんなが不安そうにしていないのが凄いとこだ。
若干危険性を理解していない感じもあるが、まあいいだろう。
さて、西国の雄、大内の周防に行きましょうかね。
島への船旅と違い二日という日数は早く感じる。幸いなことに天候も荒れずに周防に到着することが出来た。
太平洋に出たところで船酔いが続出したが、毎度のことだし大きな問題はなかった。信秀さんは特に船酔いをしなかったね。織田家の人たちはそういう家系なんだろうか。
「では世話になったの」
周防に到着すると、ちょっとした騒ぎとなった。何の前触れもなく来たからだろう。慌ただしく水軍が湊から出てきたが、事情を説明するととりあえず攻撃されることはなかった。
稙家さんとは多分ここでお別れだ。念のため三好水軍が来るまではここで待機しているが、稙家さんが戻るのが遅ければ三好水軍と交代でお別れになる。
「道中ご無事をお祈り申し上げます」
「落ち着いたら尾張にも参ってみたいの」
代表して義統さんが別れの挨拶をすると稙家さんは少し名残惜しそうに笑った。湊の様子と史実の記録から考えても陶の謀叛はまだ起きていない。間に合ったようだ。
といっても山口の町までは川舟で一日、公家衆を説得して戻ってくるまで早くて二日というところか? 余計な儀式とか別れの宴とかしなければ間に合うはずなんだが。
陶隆房が公家を嫌っているのは確かだ。連中が正確な情報を得る前にさっさと逃げ出すのが一番なんだが。
町は焼かれるんだろうな。もったいないな。史実と違い宣教師は未だに日ノ本には来ていない。山口の町は明の文化が色濃く伝わっている町だということだ。
残しておけば陶隆房としても役に立つのに。それを理解出来ないのが彼の限界か。
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