第696話・晴元と長慶

Side:細川晴元


「申し上げます! 都にて公方様と六角が三好と和睦をしたようでございます! また都に攻め入った丹波衆は敗走しました!」


 突然舞い込んだ知らせに場が静まり返った。やはりそうきたか。おのれ。六角め。天下を握るために、あのような謀叛人と組むとは。どうあってもわしに逆らう気か。近江の田舎者が。


「おのれ! 六角め! 誰の断りを得てこのようなことを!」


「ふざけるな! 我らが認めん和睦など無効だ!!」


 突然の知らせに公方と六角に放置されておる愚か者どもは、口々に威勢のいいことを叫ぶ。不要だと捨てられたことをわからぬことが貴様らが愚かな証よ。


 六角定頼め。猪武者な公方に戯れ言を吹き込んだか。政も戦もなにも知らぬ公方だ。容易いことであろう。


 まあよい。将軍など誰でもよいのだ。わしは将軍など恐れぬぞ。逆らう者は滅ぼしてくれるわ。三好と六角とていつまでも和睦など続くまい。


 とはいえ、いつまでも朽木におるわけにいかぬな。六角と三好が攻めてこぬとも限らぬ。朽木は将軍家が相手ならば忠義を尽くすのかもしれぬが、わしには従わぬであろうからな。


「申し上げます! 近衛太閤殿下より御使者が参っております!」


「わしは病じゃ。そなたらで適当にあしらっておけ」


 これからどうしようかと思うておると早くも使者が来たか。わしは三好など許さぬぞ。とはいえ近衛を敵に回すのは得策ではないな。愚か者どもを使うか。なにかあればこやつらに責めを負わせればよい。


 ふむ、一旦退くとすれば若狭か。ともかくここを引き払う必要があるな。支度をさせねば。丹波衆を撃退した三好がそのままここに攻めてこぬとも限らぬ。


 今に見ておれ。天下はこのわしのものじゃ。誰にも渡さぬ。誰にもな。




Side:久遠一馬


 将軍足利義輝と三好との和睦が成立した。義輝さんは病ということになっているので代理で近衛稙家さんが誓紙に署名して正式に和睦がなった。同時に六角と三好も六角の後藤さんが長慶と誓紙に署名して和睦となる。


 形としては朝廷が和睦の斡旋をして双方が受けた形だ。御所もなく内裏という帝の私邸ですらぼろぼろの朝廷でも権威は依然としてあるということか。


 気になったので忍び衆に京の町の様子を見てきてもらったが、反応は概ね良好らしい。過大な期待はしていないようだが、目の前の大きな争いが避けられたことは喜んでいるらしい。


 もっとも和睦に細川晴元の名がないことで、新たな対立かとため息をこぼしている人も多いという。


 その細川晴元については、将軍足利義藤の名で京の都に呼び出す使者を送った。呼び出しに応じたら隠居させて高野山にでも送るんだろう。誰も来ると思っていないけど。


 幕府自体すでに体制があってないようなものだ。都合が悪くなれば誰も命令を聞かないしね。とはいっても幕府が定めた守護という体制が完全に崩壊したわけではない。


 皮肉なことに尾張は守護の体制が維持されていて、義統さんが事実上復権したことも幕府の体制維持に役立っているのはなんとも言えないけどね。




 この日、武衛陣には三好長慶さんが訪れている。京の都での最後の仕事として長慶さんとの面会があるんだ。


 参加メンバーは義統さん、信秀さん、信長さん、オレの四人。今回はエルたちがいない。六角家では旅の途中ということや、義輝さんが日ノ本の外のことを聞きたいという理由からエルたちも同席したが、これが本来の形だ。


 まあこれ以上エルたちが目立つと危ういと義統さんと信秀さんが心配した結果でもあるが。


 紅茶を淹れているのは意外にも義統さんだ。本人も簡単には知っていたが、始まる前にエルにレクチャーされていた。


 家柄としては斯波家が上であるし長慶さんが出向いたが、自ら歓迎することでバランスを取ったんだろう。あと一歩で天下人といっても過言じゃない人だし。


「我らが都に来ておる時に和睦とは、めでたいの」


 紅茶と羊羹でお茶会になるが、義統さんはご機嫌な様子で紅茶を淹れて和睦の話を切り出す。建前として斯波と織田は和睦には関係ないことになっている。


 義輝さんの旅とかここまで稙家さんを連れてきたこととか、直接ではないが結構関わっているんだけどね。長慶もまったくの無関係とは思ってないだろう。


 とはいえ建前は重要だ。


「右兵衛督就任おめでとうございまする」


 長慶さんは妙に畏まっているなと思ったが、官位があったか。長慶さんは従五位下筑前守という官位だが、義統さんは従四位下に相当する右兵衛督となるから官位的には上か。


 ちなみに信秀さんの得た内匠頭は従五位下になっていて官位としては長慶さんと同じだ。元の世界を知るとやっぱりイメージがいい官位じゃないけどね。内匠頭って。


 長慶さん自体は真面目そうな人という印象だ。史実の晩年は鬱だったなんて説もあるが、それもあり得ると思える感じか。


「お伺いしたいことは、大内家のことをでございます」


 しばし歓談したあとに長慶さんは大内家のことを口にした。気になるのはその件か。巻き込んだしね。当然だろう。


「嘘などついておらんぞ。大内家が文治を主とする者と、そうでなき者で揺れておるのは事実。武辺者をまとめておるのは陶隆房。以前出雲の尼子攻めに失敗してから大内殿が文治を政の中心としたことが気に入らぬらしい。特に公家衆の雅な文化を憎んでおるという。それと陶隆房はかつて大内殿の寵愛を受けておったゆえに、それがなくなったのも公家を恨む原因ではという噂もある」


「某も大内家の内情があまりうまくいっておらぬとは聞き及んでおりますが……」


「大きな乱にはならんと思うか?」


「はっ」


 義統さんと長慶さんは互いに探りながらも淡々と話を進めている。しかしあれだね。優秀な守護様のおかげでオレは楽でいい。説明って大変なんだよね。本当。


「筑前守殿は都に近い故に理解されておらぬようじゃがの。都から離れると畿内のことなど他人のことでしかないぞ。まあわしは畿内に関わる余裕などないゆえに、筑前守殿を騙す理由もない。信じられぬなら仕方ないがな」


 長慶さんは義統さんの言葉に少し驚きの顔をした。畿内に関わる余裕がないというところか? もしかすると斯波管領を期待しているかと疑っていたのかもしれない。


「では何故に……」


「大内が荒れると日ノ本の商いが変わる。それが理由じゃの。当然探るくらいはしておるわ」


 説得が上手いな。この人が素直に管領について幕府を解体してくれると、物凄く楽になりそうだ。ただし本人は全力で嫌がるだろうけど。


 長慶さんがこちらをちらりと見た。松永久秀さんとは結構話したし、これで疑いはかなり晴れるだろう。


「先日、駿河の今川が甲斐の武田を攻めるべく挙兵したと知らせが届いた。わしらはそれの備えとしてあまり長居は出来ん。それに陶隆房を押さえるには尾張の田舎者よりは、都を押さえる三好でなくばならん。本願寺も無関係ではない。助力を求めるべきであろう。そうそう悪いことにはならんと思うがの」


 その後、いくつか話をしてお茶会は終わった。結局オレは挨拶以上に話すことはなかった。信長さんは挨拶と浅井戦総大将の武功を褒められてた。長慶さんとすると斯波管領がないと理解したのが一番の収穫だろう。そこを懸念していたようだしね。


 ああ、堺の件も直接ではないが、ちらりと話題に出た。三好家と取り引きを今後も続けることを確認をした際に取り引きに商人を使いたいようだったが、義統さんは堺でないなら構わないと答えた。


 少し表情が曇ったが、そこは譲歩することは出来ないからね。



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