第669話・一馬と宗滴

Side:久遠一馬


 戦国時代の夏は元の世界のような苦しいほどの暑さはないが、それでも夏は暑い。


 宗滴さんとの交流は続いている。文化面では政秀さんを筆頭にそちらが得意な面々が参加していて、朝倉サイドから公家も参加している。


 伝統的な文化では公家がいる分、朝倉が上かもしれない。元守護代の信友さんと信安さんなどそれなりに文化面を理解している人もいるが、農民と変わらぬ生活をしている武士に和歌や蹴鞠などと言われても、正直恥をかかぬ程度に知っていればいいほうだという感じだ。


 もっとも尾張も負けてばかりではない。それというのも尾張の新しい文化も否定せず彼らが興味を持ってくれている。


 千利休で有名な侘び寂びの茶の湯の文化も堺や京の都を中心にあるのだが、それもこの時代では歴史ある文化とは言い切れないものがある。


 なにより堺が史実よりも力と面目を落としていることで下火かもしれない。もともと室町時代は唐物という大陸の陶磁器を使った茶の湯などで、派手というか金満的なイベントもあったらしいからね。


 客観的に見て、尾張の文化はそちらに近いかもしれない。


「この大きな食卓はいいですな」


 この日、清洲城の広間では椅子とテーブルでお茶会を開いている。先にも説明した宗滴さんとの交流の一環だ。


 オレは毎日参加しているわけじゃないけどね。和歌とか蹴鞠は参加していない。


 ただ、こういったウチが始めたもよおしは参加することになっている。特に命じられたわけではないが、慣例としてというところだろうか。


 宗滴さんは武人らしい風貌だが、その表情は柔らかい。気遣いしているんだろうなということを実感する。


「ええ、尾張ではあちこちで使っていますよ」


 お茶が運ばれてくるまで歓談タイムとなるが、宗滴さんは椅子とテーブルを興味深げに見てオレに声をかけてきた。


 尾張には椅子と食卓としてセットで使うものと、床に座ったまま使える座卓がある。あまり売れないかなと思ったが意外に売れているのが現状だ。一番売れているのは座卓だ。使わない時は片付けられるのがいいのかもしれない。


 一般販売しているのはニスやにかわを塗っただけのものと漆塗りのものがある。ニスはウチで職人に販売しているものだ。


 武士と商人なんかは結構買ってくれているみたい。


「明や南蛮に倣い、知恵を絞るとこれほどまでに変わるとは。それに気づかぬ某もまだまだ未熟だと痛感いたしまするな」


 宗滴さんの視線は庭とその先にある天守に向いていた。ここからはこの時代の日ノ本らしい和風の庭が見える。庭とその先に見える天守を見ていると、時代劇でも見ているような感覚になるのはオレだけだろう。


 場所は広間なのだが、当然見える景色も計算しているものだ。


「日々、学び試しておりますよ。少しでも明日がよくなるように。朝倉殿が鷹を自ら育てておられるようなものです」


 この時代の人もみんなが変わることを恐れて嫌うわけではない。無論、変わらぬことを望む者も多いが。


 個人的に公家たちが新しいものが結構好きなのは意外だった。得体の知れぬものと拒否するイメージがあったからね。まあ知っている公家は山科さんを除けばみんな地下人という下級の公家なんだけど。


「うむ、あれもなかなか上手くいかなくてな。鷹の巣を調べさせたり、あれやこれやと苦労をしておる」


「同じですね。試して失敗してはまた試す。当家もその繰り返しですよ」


 ちょっと興味があったので鷹の話を振ってみたら、一瞬驚きともなんとも言えぬ表情をしたが、鷹の孵化と育てる苦労を語ってくれた。


 実体験しているからだろう。ウチの技術に関しても他の人より価値を理解してくれている様子でもある。まあ実際にはチートなのでそこまで苦労はしていないんだが。


 とはいえ新しい技術が南蛮妖術だと考えたり、安易に模倣出来ると考えている人もいるんだ。それと比較したら凄いなって思う。


 まして元の世界と比較してもおじいちゃんと言える年齢なんだし。




「お待たせ致しましたわ」


 しばらく雑談しているとシンディとエルが城の奉公人のみなさんと共にお茶を運んできた。アイスミルクティーだね。


 硝子のグラスに入れたアイスミルクティーとケーキがある。ケーキは信長さんのリクエストらしい。宗滴さんを驚かせるにはこれが一番だそうだ。ケーキはチーズケーキか。これは城の料理人には教えていないはず。エルたちの作ったものだろう。


「なっ……」


「これは……」


 宗滴さんや公家の皆さんの顔色が変わった。明らかにアイスミルクティーが冷たいからだろう。それも驚くほど硝子のグラスが冷たい。


「玻璃の器に…、氷室の氷を使ったのか? 尾張に氷室があるとは聞いたことがないが……」


 公家のひとりが一口味わい、確信を持った様子で問いかけてきた。


「そこはご容赦を。いろいろと秘することがありますので」


 誰か代わりに答えるかなと思ったが義統さんも信秀さんも誰も答えない。オレに答えろということか。


 氷室なしで冷やせると教えてもいいんだけど。手間はかかるが使うのは水と硝石だけだ。しかも使った硝石は回収したらまた使える。これに関しては驚くほど費用が掛からないが教えてやる義理もない。


 まさか氷室なしに夏場に冷たいものを出せるとは思ってないだろう。どこかに氷室を作ったと誤解されたかもしれないが、それは自己責任ということで。


「なんと贅沢な……、主上ですら僅かに氷の朔日で食すくらいしか出来ぬというのに」


 信じられないと言いたげな公家もいる。使い方も氷を食べるのではなく、冷やすだけということが驚きのようだ。


「なんだ、この菓子は? これも初めてだ」


「美味い。なんというか甘いだけではないのが美味い」


 今日は戦国時代にしては暑いしねぇ。冷たいアイスミルクティーとチーズケーキで皆さん驚いてくれたようだ。


 チーズケーキも美味しいなぁ。甘さ控えめでそれでいてチーズの味もくちどけも絶妙だ。


 しかし驚き過ぎたんだろう。会話が止まり朝倉側はアイスミルクティーとチーズケーキに夢中になっている。ウチの孤児院でリリーと子供たちが一緒に作って楽しんでいるものなんだが。言わないほうがいいね。


 義統さんと信秀さんがニヤニヤとそんな朝倉側を見ている。気分はいいだろう。特に義統さんは越前に関して譲歩したんだ。ざまあみろと心で思っていても当然だからね。


「そういえば牛の乳の氷菓子はアイスクリームとか言うたか? あれも美味かったな」


「そなたは突然そのようなものを食わせるからな。信じられんわ。褒美を用意する隙も与えんのは困るわ」


 朝倉側にダメ押しをしたのは信秀さんと義統さんだった。ふたりは楽しげに笑いながら、昨年アイスを振舞ったことを口にした。


 いや、アレはお市ちゃんがね。兄弟と姉妹たちに旅の話をして、みんなが食べたいって言うから。別にオレが驚かせようとしたわけではない。それに同じ城で義統さんたちにあげないと角がたつでしょ?


 ただ、宗滴さんと公家の皆さんは信じられないと言わんばかりにオレを見ている。


 信秀さんも義統さんも狙ったね? オレはなにをするかわからないと。褒美も期待しないで氷菓子を献上したんだと、半ば冗談交じりに宗滴さんに追い込みをかけたんだ。和解したくば、表面的な儀礼や贈答程度では足りんとでも言いたいのかもしれない。


 まあ二人からすると、半ば好意による一言だろう。信秀さんも義統さんも最近益々お馬鹿さん嫌いになってきているからね。


 でも朝倉宗滴さんと、こうしてお茶を飲めるとはねぇ。もっといろんな話、聞いてみたいんだけどな。


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