第660話・花火の前日
Side:久遠一馬
「動くよねぇ。やっぱり」
清洲城でエルと信長さんと勘十郎君とお市ちゃんと一緒に餅を焼いていたら、望月さんが北近江の報告にきた。どうも京極が北近江にて、こそこそと動いているらしい。
「
土岐家といい京極家といい、この時代の家督争いは衰退のフラグだね。さすがに表立っては動いてないらしいが、北近江の国人たちに文を出したりしている。
とりあえず兄である高延を蹴落としたいようだ。
「誰ぞ、支援しておるのか?」
「今のところは、支援しておる者はおらぬようでございます。浅井殿が生きて戻らぬか、また戻っても再起は不可能と見た北近江の者たちが個々には動いておりまするが」
あからさまに面倒そうな顔をしたオレに信長さんは少し苦笑いを見せつつ、その影響を確認していく。背後に六角とかいるなら交渉どころではなくなるからね。
可能性としては十分あり得ることだが、それはないだろう。このままでも北近江は六角の勢力下に収まるんだ。朝倉がどこまで求めるかにもよるが、六角と朝倉の関係は良好だ。越前から京の都への沿道辺りが六角と朝倉の両属状態になるのが落としどころだろう。
わざわざ京極家を復権させてやる理由がない。実のところ守護の義統さんのところにもそれらしい手紙が来たんだとか。浅井領に攻め入ってそのまま北近江を任せてほしいというような内容だったようだ。
そんな余力がない。美濃だけで精一杯だとかはぐらかして終わったらしいが。
実は六角でも支援を断ったんだよね。これは虫型偵察機の情報だから織田家ではまだ知らない事実だが。六角定頼は北近江の守護を京極家に任せる気など更々ない。
それと昨年には浅井久政と和睦した京極高延が小谷城に軟禁されているが、こちらもまた別に実権を取り返そうと考えている。ただし小谷城は今のところ片桐直貞が守っていて隙がない状態だ。
「エル、放置して構わんのか?」
「構いませんよ。おそらく管領代殿にはお見通しです。こちらは関ケ原で守るだけで十分です」
エルはお市ちゃんを膝の上に乗せてのんびりと餅を焼いている。信長さんは気になるらしくエルに対策を問うが、エルが答えるまでもなく現時点では織田への影響はほとんどないんだよね。
確か京極高吉の息子が大名として江戸時代まで残ったはずだが、京極高吉自体は史実でたいした活躍もしていない。北近江では依然として京極の影響力はあるが、それも管領代である定頼と比べると微々たるものだ。
六角シールドの出番だね。まあ将来に騒動の種が残るが、そこは仕方ない。
「京極家も後継ぎで揉めた結果だと聞きましたが……」
ぷくっと膨らむ餅にお市ちゃんは笑顔になり、エルは熱々の餅を小皿に取り分けると、砂糖醤油を付けて海苔を巻いてお市ちゃんに手渡していた。
熱々の餅をふうふうとしながら食べるのをみんなで見つつ、勘十郎君は京極家のことになんとも言えない様子で口を開いた。
「自業自得だな」
信長さんは手厳しい。とはいえこの二人、それなりに上手くやっているらしい。史実の対立が嘘のような関係だ。
家督相続に関しては武士に限らず、内裏の奥から村の小屋に至るまで、人が揉める原因のひとつだからね。家を継げないでも個人で立身出世の道があるくらいでないと、家督相続での揉め事はなくならないだろう。長男が相続するのが一番争いは少ないんだろうが、そうすると馬鹿でも家督を継いでしまう。
なかなか難しい問題だよね。
Side:鍛冶屋の清兵衛
工業村の中にある代官屋敷の庭で、ジュリア様は藁束を一刀両断にされた。その見事な腕前に周りの職人たちからどよめきの声がした。
「いかがでございます」
「うん、悪くないね。どこの刀だい?」
「なんでも九州は肥後の
久遠家では各地から刀や鉄砲など様々なものを得ては、ここ工業村に送ってくださる。刀ひとつ取ってもそれぞれに伝統や流派があり違いがある。多くのものを集めて学ぶことでよりよいものを作るのが久遠家では当然なのだとか。
此度の同田貫の刀は面白い。反りがなく幅が厚く頑丈なのだ。常々ジュリア様は斬れ味よりも頑丈さを求めておられたのでお見せしたのだが、気に入られたらしい。
「いくつか欲しいね。作れるかい?」
「はっ、試作させてみまする」
今や鉄砲や金色砲が戦を左右するとさえ言われるが、まだまだ戦の勝敗は兵が斬り込み、敵を屈服させねばならん。主力は槍であり、刀も戦場で敵に後れを取らぬ良い物を求める者が増えておる。
美濃伝と称される美濃の関では昔から鍛冶が盛んで、今もこの辺りでいい刀槍と言えば美濃伝のものだ。とはいえ工業村では刀槍の試作もしておる。
まあ誰にも真似が出来ぬような業物を作るよりは、いかにしていいものを数多く作るかということを試しておるのだが。
ただの数打ちではない業物と言えるものをどれだけ多く作れるか。刀槍は日ノ本の外にも売れるというので、我らも試しておる。
工業村の役目は多岐に渡る。鉄を造ることから、その鉄を使って様々なものを作ることまで。近頃では水車小屋や旋盤も増えておる。水車の力を利用し旋盤を使ってものを作ることもしておるのだ。
大八車や馬車も工業村で作ったものだが、近頃では外の職人町の連中に部品を作らせてもおる。ただ厄介なのは寸法が微妙に違うことだ。
久遠の殿様が言うにはじきに度量を統一するそうだ。基準となるものさしは、ここで作ることになるらしいがな。
それにしても同じ寸法のものを作ることが、これほど難しいとは思わなんだ。そもそも同じものを作るということ自体、あまり考えんからな。前よりもいいものを作るか、同じくらいのものでいいと考えるのだ。
旋盤をもっと増やして職人町の者たちにも使わすことが出来ればいいのだが、あれはまだ外に出す許可がいただけぬ。人が足りぬ。やることが多過ぎてな。
わしらも親戚から人を集めて見習いを増やした。それに学校ではその先を考えて、職人の基礎を教えておるが、使えるようになるのはまだ先だ。
「それにしても大変そうだね。大丈夫かい?」
「はっ、問題ありませぬ」
しばし物思いに耽っておるとジュリア様にご心配をおかけしてしまったか。我ながら情けない。
「無理するんじゃないよ。アンタたちの役目は軽くないんだからね。少し休みな」
それほど無理をしておるつもりはないが、ジュリア様からお叱りを受けてしまった。いいものを多く作り、新しいものも作る。ここでしか出来ぬことだ。
やりがいがある分、皆が朝から晩まで働いておるからな。久遠の殿様は家伝の技もわしらに教えてくださる。本来ならば一子相伝でもおかしくないほどの技ばかりだ。それに他国では鉄が貴重なのだが、ここでは使いきれぬ鉄が毎日山のように造られておるからな。
そのご期待に応えたいという者や、毎日楽しくて仕方ないという者すらおるのだ。
「そうでございますな。明日の花火は、職人は休ませまする」
「そうだね。それがいいよ」
ここでは何不自由ないからな。朝から晩まで仕事をしてそのまま遊女屋に行って、遊女屋から仕事にくる者までおるくらいだ。
近頃では遊女を嫁にほしいと、競うように字を覚えて文を出しておる者もおるが。
明日は年に一度の花火だ。織田の大殿様にいい席を用意していただいておる。皆でゆっくり酒でも飲んで花火見物といくか。
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