第661話・熱田祭りの変化

Side:久遠一馬


 今日は花火大会だ。正確には熱田神社のお祭りの奉納花火という扱いなんだけど。


 熱田祭りは熱田天王祭ともいい、元の世界でも残っていた祭になる。


 元の世界ではすでに失われていた高さ二十メートルにも及ぶ大山おおやまという山車や、それよりも低い車楽だんじりという山車が運行され、櫓のように組まれた山車はこの時代では驚くほど立派で派手なものだ。


 歴史は古く最近までは熱田神社と地元の人たちの祭りだったが、近年は尾張の祭りとして認知されている。


「おいしいよ~」


「金色飴もあるよ!」


 今日は前日から熱田の屋敷に泊っていた。屋敷には孤児院の子供たちも泊っていて、朝一で子供たちとウチの奉公人のみんなが屋台で元気に働いている。


 場所は熱田神社の敷地になる。この時代は神社の敷地が広いしね。オレも織田一族となっていることから一等地になる。


「並んでください」


「まだまだありますから!」


 ウチの屋台は今年も大人気だ。多くの人が集まっていて子供たちや奉公人のみんなに家臣も混じって、慌ただしく行列の整理をしている。実はこの時代は行列に並ばせるというのも大変なんだよね。身分があるから。


 そもそも商品もそれなりの身分だと自分から買い物に行くことはなく、商人を呼んで買うということが当然だ。まして身分にかかわらず並ぶなんて尾張だけだろう。


 並びたくないなら家臣なり奉公人を並ばせればいいだけで、割り込みは禁止となっている。この辺りは守護である義統さんが並んだことからそういう形になった。


 ウチの屋台だとべっこう飴である金色飴や金平糖やクッキーなどが人気だ。金色酒は他にも売る人が多いので今年はウチでは売っていない。あとはたこ焼きとか焼きそばもあるね。これらは結構模倣されていて類似する屋台があるので、食べ比べも楽しいだろう。


 ラーメンなどの麺類の屋台も多い。清洲の八屋も今日は熱田で屋台を出していて、忍び衆などの奥さんたちが手伝って頑張っているはずだ。


 甘味は水飴が織田領ではだいぶ普及しているが、それでも高級品で晴れの日や祭りの日に奮発して食べるものだ。特にウチの甘味は質がいいからね。このあと地元の熱田の子供たちもお手伝いに来てくれて一日屋台を続ける予定だ。


 えっ? 信長さんのたこ焼きはどうしたって? さすがに関ケ原で総大将を務めて浅井戦の第一責任者だから、六角と朝倉との交渉が終わるまで自由は無いよ。朝に挨拶した時はちょっとブー垂れてたけどね。


「年を追うごとに賑やかになるね」


 熱田で目立つのは屋台の他は、お揃いの革の鎧を着た警備兵と臨時で雇った警備の人たちだろう。


 普段は賦役をやっている人も結構参加してくれた。それほど難しいことをさせるつもりはない。節度を持って祭りを楽しむことだけだ。道案内に酔っ払いの対処や迷子など仕事はたくさんあるが。


「当然ですわ。尾張に熱田ありと諸国に見せつける時ですもの」


 今日のお供はエルとシンディだ。さっきまではすずとチェリーもいたが、喧嘩で騒いでいる人がいると聞きつけると、近くにいた警備兵と一緒に行っちゃったんだよね。悪人は成敗するとか言って。


 しかしシンディも気合が入っているなぁ。


「桔梗の方様、これ持っていってください!」


「今日は久遠様とご一緒でございますか。よろしゅうございますな」


 オレたちはウチの屋台をリリーたちと家臣のみんなに任せて他も見て回るが、シンディは熱田の人たちによく声を掛けられる。


 相手は熱田神社の関係者に商人や町衆まで様々だが、なんというか熱田の皆さんに良くしてもらっているなと思う。


「ききょうのかたさま! あのね。あっちでこまっているひとがいるの!」


「あら、いけませんわね。わたくし少し見て参りますわ」


 しばらくすると小さな子供たちがシンディを見つけると慌てて駆け寄ってきて、身振り手振りで助けを求めてくる。地元の子供だろうな。親しげな様子がなんかいい。


 シンディはそのまま子供たちに連れられるように行ってしまった。


「シンディ、楽しそうですね」


「確かに楽しそうだったなぁ」


 子供たちに連れられるシンディの表情に、思わずエルと顔を見合わせて笑ってしまった。ちょっとわがままなお嬢様のようなイメージで創った初期の設定の影響だろうか。シンディは少し上から目線のような態度が時折ある子だった。


 それが頼られることで楽しげに子供と歩く姿は少し新鮮に感じた。


 人は成長するものだが、それはアンドロイドも同じなのかもしれない。仮想世界の創られた存在から解き放たれた彼女たちは、生きるということを本当に楽しんでいる。


「あれ……、どこかで聞き覚えのあるような?」


 そんなシンディと入れ替わるように、風に乗って何処からか聞き覚えのあるメロディが聞こえた気がした。


「あれは当家の子供たちですね。覚えてしまったようです」


 なんとなく気になりそのメロディを探しに行くと、忍び衆の子たちを見つけた。どうやら八屋の屋台を手伝っているらしい。


 聞き覚えのある歌は彼らがお手伝いをしながら歌っているらしい。あれはすずとチェリーがたまに歌っていた元の世界のアニソンだね。とうとうこの時代に広まってしまったか。


 まだ早いと思うんだけどねぇ。まあ楽しそうな子供たちにやめろとも言えないし、いいだろう。




 熱田神社の近辺を見て回ったあとは熱田郊外にやってきた。海が見える少し小高い丘の上だ。ここでは今夜学校の子供たちが花火見物を兼ねたキャンプをする。


 去年は津島神社の花火だったので河原だったが、今年は熱田なので海の見えるところになったらしい。万が一に備えて海から少し離れた位置にしている。


「アーシャ。こっちはどう?」


「見ての通りよ。問題ないわ」


 もうすぐお昼ということもあり、子供たちが食事の支度をしている。責任者のアーシャに声を掛けるが、昨年よりもずっと子供たちが上手くやっているらしい。


「尾張ではこのようなこともするのですな」


 ただ、戸惑いの表情を僅かに見せていたのは武田の家臣だった。真田さんも不思議そうに見ている。岩竜丸君も包丁を持って料理に参加しているからなぁ。というか包丁の遣い方が昨年より上手くなっているよ。


 基本的に上げ膳据え膳の人だからな。学校で教えたのか、本人が練習したのか。


「元はウチの習慣なんですよ。子供たちにはいろいろな体験をさせたいということです」


 三管領の斯波家の嫡男が家臣や領民の子に混じって料理をする。この時代の価値観ではあり得ないことだろう。ただやはり子供なんだよね。岩竜丸君も学校を楽しんでいる。


 肝心の西保三郎君も楽しそうだ。岩竜丸君に教わりながら調理をしている。下手すると生の野菜すら見たことがなくても不思議じゃないからね。



 ただあれだね。護衛や侍女などお付きの人なども当然いるので、周りには数百人の大人たちがいる。子供たちにはそんな大人たちの分の食事も作ってもらうんだそうだ。


 ハラハラしている人やその成長を嬉しそうに見ている人もいる。臨海学校と参観日が合わさったようなものか。そう言えば参観日とかやってないなぁ。


 大人に学校の良さを理解してもらうためにも参観日は必要か。身分とかもあるからみんなで相談する必要もあるが。それと運動会も学校独自でやりたい。


 家族で学校行事に参加することも、そろそろ考えてもいいだろう。みんなと相談してみようかな。


「尾張は違いますな……」


 真田さんはポツリと呟くとどう受け止めていいか考えているように見える。身分というものが当然なこの時代では異端だからね。


 ただこの人なんかはもう少し尾張の考え方を覚えれば、習得しそうな人ではあるんだよね。それが武田にどう影響するのか。注意深く見守る必要もあるか。





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