第647話・久政の現状

Side:浅井久政


「ずいぶんとよい待遇ですな。飯が美味い」


 清洲城へと移されたわしは、近習と関家の家臣の一族である幸次郎と共に城内の客間におる。結局この男は最後まで逃げ出さなかったな。なにを考えておるのやら。


 確かにわしらの待遇は驚くほどいい。敗軍の将など虜囚として牢屋が当然であろうに。まるで客人のような上等な部屋で寝泊まりしておる。さすがに見張りの兵はおるが、午後には城の庭にて散歩することも許されておるほど。


 切腹か打ち首ではないのか?


「気味が悪いわ。敗軍の将の扱いなど、何処も同じであろうに」


「織田は敗軍の将には寛容ですぞ。尾張の元守護代殿も生きて働いておられる」


「それは同族だからであろう?」


「織田弾正忠様は道理と義理を重んじ、民をなによりも大切にされておるとか。むしろ案ずるのは先に降伏した連中かもしれませんな」


 周囲には織田の見張りもおる。近習は後で罰を受けるのを恐れて、なにも話さぬというのに。この男は相変わらずよくしゃべる。


 わしもすでに捨てた命だ。特に気にしてはおらんがな。


「小谷城は留守居役の片桐殿が守っておるぞ。六角と朝倉は動いてはおらん。直にここ清洲に両家からの使者が来る。浅井殿の身柄の処遇はその時に正式に決まるが、命まではとらぬ」


 織田からの詮議もすでに済んでおり、切腹の心構えをしておると久遠家の八郎殿が姿を見せて、頼んでもおらぬのに北近江三郡の様子を教えてくれた。


 驚いたのは清洲城では、北近江三郡の動きが筒抜けだということだ。いったい何をしたのだ? しかもわしの命を取らぬとはいかなることだ?


 わからぬ。なにもかもがおかしい。


「わしと家臣たちはいかがなる?」


「戦に関しては六角と話を付けることになろう。家臣たちも今須宿を襲った賊、東山道の荷を襲った賊以外は命までは取らぬと思う。連中は厳しき詮議の後に沙汰を決める手筈だ。そもそも浅井殿以外とは助命や安堵を約束などしておらぬからな。勝手に織田が近江を攻めると誤解して降った者たちだ。幸いなことに浅井殿からの助命嘆願に連中が入っておらんからな」


「ではわしは六角で首を刎ねられるということか?」


「わしも必ずと断言は出来ぬが、そこまで六角家が強う出るなら、六角家の責を問わずにはおれぬ。拠って『六角家の好きにはさせぬ』つもりだ。大殿も守護様も浅井殿の命を懸けた助命嘆願は守ると仰せである。それと浅井殿の御自身のことも命までは取らずともよいとも仰せだ」


 織田は今須宿への奇襲などが気に入らぬのか。しかもわしを六角配下の者として最後まで貫くとはな。


 胸のうちでは屈辱だと苛立ちもするが、敗者として辱めを受けるよりはいいとも思う。


「命を粗末にせず生きられよ。それが浅井殿のために戦い亡くなった者たちへの義理だとわしは思うぞ」


 織田にとってわしは殺す価値もないということか? たしかに今後わしが織田の脅威となる日など来ぬと思うがな。


 しかし忠義の八郎か。裏切り裏切られるのが当然の世でこのような男がおるとはな。羨ましい限りだ。




Side:久遠一馬


 宴で盛り上がったが、翌日からは戦後処理が始まる。浅井久政の要望をどこまで聞くか検討することはもちろんのこと、今須宿を襲った連中の洗い出しと罰を検討していく。東山道の荷を襲った連中は更に重い罰だろうけど。


 まあ問題がないわけではない。織田家中には降伏した者に罰を与えるのは良くないのではとの声もある。この辺りは国人レベルだと許すべきと考えてもおかしくはない。


 織田家中もそれぞれの立場でものを見る。国人や土豪と言える家臣は己の立場から見るので、勝ったのだから許して信秀さんの器を見せるべきだというのも一つの意見だろう。


 もっとも逆に全員打ち首で晒してしまえという人もいる。この辺りは本当にそれぞれの価値観と考えなので、意見を言えることはいいことだと思う。


「かわら版作り早くなったね」


「職人も張り切っています。大殿が良い出来だと褒美を出していますから」


 そんな翌日だが、早くもオレたちが帰還したと知らせるかわら版が織田領内で配られた。エルと一緒に見てみるが、中々の出来だ。


 製作者は土岐頼芸が偽の織田手形を作らせていた人たちになる。


 単色刷りの木版印刷はこの時代よりも昔からある技術だ。堺では独自に職人を抱えていたようで、彼らがその職人の一部になる。


 その腕を見込まれ織田手形の偽造に加担していたが、すずとチェリーが救出というか連れてきてしまった人たちだね。故郷である堺に帰すことも検討したが、彼らが自ら残ることを選択して、家族を呼びたいと希望したので、大湊が代理で交渉してくれて、引き取れたので定住したんだ。


 尾張ではメルティの指示により、かわら版やらお市ちゃんたちにあげた絵本を制作していたが、今回はオレたちが帰ってくる前に浅井との戦のかわら版をすでに制作して配布していた。


 清洲にいる絵師が協力したようで和風の絵だが、勇敢に戦う織田家のみんなの挿絵も描かれていて時代劇のかわら版みたいな感じの代物だ。本当はこちらのほうが正統に近いんだろうけどね。


 紙はわら半紙。現在那古野の工業村の外にある職人町で作っていて、斎藤家の城下町である井ノ口でも新たな製作工房を作るための準備をしているものだ。


 関ケ原の戦でのかわら版も昨日見たが、浅井久政を説得して捕らえた資清さんの人徳が一番称えられている。内容に関しては信秀さんが指示したようで配布前にチェックもしたみたい。


「エル、熱田祭りの準備は?」


「シンディとリリーで進めていましたので、問題ありません」


 そうそう六角と朝倉からの使者が尾張に来る期間は熱田祭りの前後とした。今年は熱田祭りで花火大会の順番だからね。使者の皆さんにも見てもらおうということだ。


 オーバーテクノロジーでの情報収集なのでまだオレとエルたちしか知らないが、朝倉家からは朝倉宗滴がくる。どんな人か楽しみなんだよね。映像で見ることはオレたちには可能だが、直接会って人となりを感じることも大切にしたい。


 外を見れば幼子たちが遊ぶ声が聞こえる。学校にまだ通う年齢ではない子供たちを屋敷に迎えて遊ばせているんだ。


 みんなオレたちが無事に帰ってくるようにと祈ってくれたみたいなんで、今日はそのお礼にと昼食とおやつに招いている。午後には絵本の読み聞かせもしたいな。



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