第646話・清洲への帰還

Side:久遠一馬


「若様だ!」


「おかえりなさい!」


 オレたちはようやく清洲へとたどり着いていたが、出迎えてくれたのは清洲ばかりか近隣から集まった領民たちだった。


 この時代は戦に勝つことが正義なんだなとこの光景を見て思う。


「堅苦しい挨拶はよい。皆、よう戻った」


 帰ってきたんだなとホッとしていると、そんなオレも驚いたのは清洲城の城門の外でオレたちを出迎えるために待っていた義統さんと信秀さんだった。


 信長さんを筆頭にオレたちはその姿にすぐに馬を降りて、前に進み出て作法通りに片膝ついて帰還の口上を述べようとしたが、義統さんは相変わらず威張る様子はなく笑顔で出迎えてくれた。


 ああ、セレスも二人の警護をしているね。元気そうでなによりだ。


「いや、帰ってくると落ち着くね」


 清洲城ではすでに宴の用意がされている。宴に参加するために城にあるオレたちの部屋で旅装束から着替える。


「浅井久政は素直にこちらの聴取に応じております。ただ一部の浅井家家臣は暴れるので聴取が進んでおりませんが、今須宿襲撃の犯人は概ね判明しました」


「そうか。ご苦労様」


 ちょっと汗をかいたので、エルたちと一緒にお湯と手ぬぐいで体を拭きながらセレスに留守中の報告を受ける。


 オレ? もちろん自分で拭いているよ。その辺は変わらない。


 しかしまあ、浅井家の皆さんは対照的だね。すでに悟ったような諦めたような久政と、今も話が違うと暴れる者がいるんだとか。


 まあ早めに降伏したのが織田の先鋒となって近江を攻めて自領を認めてもらうためだからなぁ。気持ちはわかる。


「それと、久政と一緒にいた牢人がどうも伊勢関家の家中の者のようで、裏どりをした結果、出奔して絶縁された者でした」


 特に気になった報告はなかったが、少し引っ掛かったのは久政と一緒に捕らえられた男の報告だった。


 怯えることも怒ることもなく、織田が近江に攻めないと知ると馬鹿笑いしていた男だ。あまりの態度に久政が止めたほどの者だ。


 実は久政が自身の命と引き換えにして助命嘆願をした者たちには彼も入っている。一時雇いの牢人で正式な家臣ではないらしく、前線で戦った家臣たちは自業自得だと嘆願の対象に入れてないが、牢人衆は助命嘆願をしているんだ。


 その辺りの人の好き嫌いも久政の失敗の原因だと思う。


「七年ほど前に浅井が京極と争っていた戦で、六角が浅井に味方して兵を出した時に関もその戦に加わっていたようです。ただ当主であった兄に手柄を取られたのが不服だったようで出奔。その際に兄には絶縁をされています。その後は各地を転々としていたようで桑名が牢人を集めた際にも参加していたようです。これは柳生家の者に見知っていた者がいました。あとは尾張でも一時期働いていたようですが、戦を求めて近江へ行ったようですね」


 ああ、石舟斎さんたちと同じ桑名にいた牢人か。あの牢人たち半分ほどは今も尾張にいるんだよね。


 賦役とか警備兵になって定住している人が結構いる。ただし、大きな武功で立身出世を狙う人とか出ていった人もいないわけではない。


 なんかどこかの傾奇者みたいな経歴だな。でもこの時代ではよくあることなんだろう。兄弟も兄が家督を継ぎ、家長となれば弟は下になればなるほど立場が下がる。上手くいけば兄より上の人に認められて出世できる可能性もあるが、北畠や六角だとよほどの実力がないと旧来の秩序を優先する。


 国人なんかは特に重要だからね。旧来の統治だと。織田の場合は土地を治める国人の役割が変わっているから、文官や武官に警備兵で活躍の場はあるが。


「かずま~、える~。おかえり!」


 浅井家の話が一段落するとお市ちゃんが部屋に入ってきた。どうも着替えをするのを待っていたらしい。


「姫様、ただいま戻りました」


 パッと花が咲いたような笑顔のお市ちゃんにオレたちも自然と笑顔になる。帰りを待っていてくれる人がいるって、いいもんだね。




 清洲城では戦勝祝いの宴で盛り上がっていた。手柄首を挙げた人は多くないが、敵将を捕らえて手柄とした人は結構いる。


 前線のみんなが降伏勧告をしたためだろう。もっと抵抗するかと思ったが、意外にあっさりと受け入れて投降した近江者が多い。


 課題は北近江を攻めるもんだと勘違いした人が多いことか。結局攻めるんだろうと考えていた織田方の人が、オレが思ってたよりも多かったね。


「一番手柄は八郎殿か。いいところを持っていかれたな」


「いや、某は与えられた役目をこなしておっただけでござるよ」



 無礼講のように自由に盛り上がっているが、周りを囲まれていたのは資清さんだ。やはり久政を捕らえた功績が大きいらしい。


「生かして捕らえる。確かに首ひとつよりは理に適うが、これがまた難しい」


「そうだな。忠義の八郎と言われる八郎殿だからこその手柄であろう。浅井久政は人の好き嫌いが激しいと聞き及ぶ。我らだと手向てむかいされて終わりだな」


 資清さんは照れるというか恐縮している様子だ。決して武芸に秀でてはいない。それを周りは知っていても、妬むのではなく褒めるというのは見ていて気持ちがいい。


「されど用兵は巧いではないか。得意でないと以前言うておった気がしたが?」


「それは尾張に来て学んだのだ。元は領民を率いるくらいしか経験がなくてな」


 へぇ。資清さんの用兵って巧いのか。オレは関ケ原城から出ることがなかったから見てないんだよね。熱心に勉強していた成果が出たということか。


「確かに、領民を率いて戦うのと久遠家を率いるのは訳が違うだろうな」


「近頃では甲賀は元より伊賀からも八郎殿を頼ってくるとか。六角殿はさぞ悔しい思いをしておろう」


 織田家の家臣も、実は資清さんとそこまで差があるわけではない。領民と共に生きている人たちだからね。この時代は強い者が尊敬されるのは変わらないが、人格が評価されて人望で認められることもある。


 余所者だと軽んじることがないのは織田家も変わったのかもしれない。まあ、オレは当初からそんな酷い扱い受けたことないけど。


「六角殿か。気を付けねば危ういであろうな」


「孫三郎様? それはいかなることで?」


「領内に影響を与えるほど人望がある者が近隣におる。しかも元は己の家臣なのだ。面白くはなかろう。今は良くても代替わりでもしてみろ。一気に関係が変わるぞ」


 資清さんと武闘派は資清さんが習ったという用兵の話で盛り上がり始めたが、そこに加わったのは信光さんだ。


 資清さんの名は今回の武功で嫌でも上がるだろう。それを見越した発言だね。相変わらず勘がいい人だ。


「某もそれを懸念しております。某如きが過ぎた名声を得ておりますれば……」


「運も実力のうちだ。一馬が尾張に来なければ今の織田はないし、今の八郎もなかろう。もし他所に仕官してみろ。織田も八郎も、いかがなっておったことか。もっとも八郎を妬む程度の男が継いだのならば、六角など恐るるに足らんがな」


 資清さんも自己評価があまり高くないんだよね。過去を戒めとしているのはわかるが。


 信光さんはそんな資清さんに自信を持てと言いたげな言葉を掛けると、六角に対しても自分の見解を口にした。


 甲賀が織田に近いのが織田にとっては悪いことではないが、それが将来の火種になりかねない。まあ気付いている人は気付いていることだね。


 周りを見渡せばエルとメルティとすずとチェリーが、お市ちゃんたち姉妹に関ケ原の話をして盛り上がっていた。最近では学校に行ったりと城から出ることが多いが、それでも戦場なんて経験がないからね。


 実際に見た話が聞きたいんだろう。


 人の繋がりなんて不思議なもんだね。オレもエルたちも今では立派な織田家の一員だ。




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