第638話・織田軍の反撃
Side:滝川慶次
浅井勢は天満山の陣地をすり抜けるようにして、関ケ原へと進もうとしておるようだ。陣地の背後でも突く気か?
「それで、いかがされるので?」
「もちろん突撃なのでござる」
オレはすず様とチェリー様と共に、天満山の陣地を出て東周りで浅井の側面へと移動した。あまりに無警戒だ。一見すると気付かれておらんようだが、実は気付いておるのやもしれん。
オレにはわからんね。こんな大きな戦など初めてなのだ。
連れてきた者どもは、揃いも揃って武芸に自信があり戦を好むような者ばかり。鉄砲や弩が増えておる今の織田では活躍の場は多くはない。
すず様が突撃をすると言うと、目の色が変わった。立身出世も自家の明日も武芸でしか見られぬ連中だからな。
「首など要らないのです。足を止めずに突き抜けるのです」
「しかし、それでは誰が手柄を挙げたかわかりませぬが?」
「オフコース! 手柄はみんなで勝ち取るのです」
しかしそんな連中が戸惑ったような顔をした。チェリー様が首を取るなと言ったせいだろう。
首を取るために戦をするとまでは言わぬが、名のある相手を討ってこそ手柄だというのが武士だからな。もっとも久遠家では、すでに首の手柄などものの数ではないほどの手柄が戦以外で挙げられる。
近頃では、いちいち首をとるために戦う手を止めるなと教わるくらいだ。主力が金色砲と鉄砲になりつつある今、首の価値だけで功を決められぬということでもあろうが。
「偉そうな人は生け捕りにするでござる。そうすれば褒美が出るでござる」
殿も奥方様たちも首にはあまり価値を感じておられなかったからな。人を治めるのは武力ではなく法で治めるといわれるほど。生け捕りにすれば人質なり交渉なり使い道がある。
「いいではないか。どうせこの兵力差だと浅井方の首の価値も低い。さっさと攻めましょうぞ」
首を取るなというお二方に戸惑う者もおるが、それなりに順応する者もおる。警備兵として働く佐々兄弟などは順応しておるほうか。
殿と奥方様たちはものの見方が違う。領民や家臣を食わせるのが役目と言い切ることもあり、戦場で手柄がなくとも真面目に働けば、それなりの暮らしが出来るようにしてくださるからな。
織田家の武士にとって警備兵とは、殿のお考えを試しておるところ。真面目に働けば戦場で首を取るよりいい暮らしが出来る。
織田家においてこの佐々兄弟が反対せぬと反論出来る者は多くはない。小豆坂の七本槍の武勇もあり、警備兵としても実績があるからな。
「では、突撃でござる!!」
お二方が持つのは薙刀だ。ジュリア様のよりは少し小ぶりのものだが、使い勝手がいいからと愛用しておられる。
オレは柳生を筆頭とした久遠家の家臣たちに視線を送る。お二方は放っておくと自ら最前線に出てしまうからな。周囲を護衛で固めぬとなにが起こるかわからん。
武芸の腕前は並み居る男どもを撃破するほどあるが、狙われるのもお二方だ。
すず様の下知で千の兵が一斉に浅井勢に突撃した。お二方は馬に乗り先陣を駆けておられる。飛んでくる矢をも簡単に弾く姿に味方の士気が上がる。
女の分際でと陰口が今でもなくなったわけではない。お二方はジュリア様、セレス様に次ぐ実力があるが、それが面白くない者も多い。
とはいえこうして共に戦えば、そんなわだかまりも消えてゆくのが武士というものだろう。
「うおおっ!」
「我は柴田権六勝家! 浅井はこの程度か!!」
戦場に現れた馬上の女。しかも鎧の様子から身分が高いと悟った浅井勢が一気に狙いをすず様たちに定めるが、そんなことはこちらもわかっておること。
織田家でも名のある者たちが、すぐにお二方の前に出て押し寄せる敵を薙ぎ払い討っていく。
無論、足は止めてはおらん。首どころか止めも刺さぬまま放置していく我らを、浅井勢は理解出来ぬのか混乱し始めた。
「手柄を挙げそこないましたな」
「いいのでござる。手柄はみんなの手柄なのでござる」
お二方も薙刀で迫る敵を討っておられるが、前線はすべて織田家の者たちに代わった。いかなる顔をしておられるかと思ったが、意外と納得の表情だ。
これも狙いか。あまり知られてはおらんが、お二方ですら猪武者とは違う。戦には理と策を以って勝つというのが久遠家の常道なのだ。
「慶次も行っていいのですよ?」
「勝ち戦ですからな。やる気が出ませぬ」
チェリー様がオレに前線に出てもいいと言われるが、さすがにお二方を置いてはゆけぬ。それにここまで勝ち戦だと興がそがれるのもある。
「さすがは傾奇者なのです」
いかなるわけか、お二方はオレをかぶき者と呼ぶ。いかなる意味だ? よくわからぬ南蛮所縁の言葉を使われるのはいつものことなので流しておるが。
「後方が逃げに入りましたな」
「追わなくていいのでござる。偉そうな人を取っ捕まえるのでござる!」
駆け抜けるように敵を討ち取っていくと、今までまとまっておった浅井勢が混乱して後方は早くも逃げに入る者が出始めた。
よく見れば西側からも味方が攻め寄せておって、浅井勢は
実のところ飛び道具のみでも撃退は出来たのだがな。鉄砲や金色砲を過信されては困るとエル様がお考えになり、これは意図して用意された野戦なのだ。
「あっ、ジュリアが出て来たのです!」
東西からの切り込みで、割り裂くように分断された浅井勢は大いに混乱した。陣形もなにもない。織田はまともに浅井と向き合い戦う気などないのだ。
後方は逃げ出し、それでも前線では砦の横を抜けようと前に進むが、とうとう天満山から味方の主力が出て来た。
織田と斎藤の家紋に久遠家の旗印もある。真っ赤な鎧を身に纏うジュリア様の姿は遠くからでも良く見える。
まるで狂ったように前に進んでおった浅井勢はその姿に恐れをなしたのか、一瞬で崩壊した。もともと鉄砲などの攻勢で被害が大きかったのであろうがな。
「久政はどこだ!」
「久政を捕らえろ!!」
東から西に駆け抜けた我らと、西から東に駆け抜けた味方が、再び挟みこむように浅井勢を攻め立てておる最中に正面から本隊が出てきた。
結果として浅井勢は逃げ道である後方しか進路はない。
「すず様、もしかしてこの策、本来は後方を塞ぐものでは?」
「そうでござるよ。でもそれをやれば、六角が喜ぶだけでござる」
オレは知っておったが、味方も気付いたらしいな。この策の真の意味に。手加減しておるということに気付いた味方の武士は驚いておる。
その気になれば陣地に籠って鉄砲と弓を撃っておるだけで浅井は撤退するからな。如何にせよ織田の勝ちは揺るがぬのだ。
勝ち方だけではないのだ。味方にいかにして経験を積ませるか、そこを考えた結果だ。すべてはエル様の手のひらの上なのだろう。
「おのれ! 南蛮人が!!」
「うぬらのほうが蛮族ではないか! 賊紛いのことをしたかと思えば、軍使も寄越さずに攻め寄せて!」
浅井勢の幾ばくかの者は恨むと言わんばかりにこちらに攻め寄せてくるが、雑兵などおらぬここを抜けられるはずもない。
味方の中には忍び衆も混じっておって、焙烙玉を味方のおらぬところに投擲しておるのだ。焙烙玉に紐を付けて投げる形にしたことで、遠くまで届くようにした新たな武器だ。
三方から攻められたうえに、後方も兵がおらずとも攻撃されることで一部では同士討ちまでしておる様子も見える。
この戦も終わりだな。
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