第637話・進撃浅井軍!
Side:織田信長
浅井勢が動きだしたか。前衛の者らが一斉に天満山の方角に押し寄せてくる。
たかが三千でいかがする気だ?
オレの周りでは北畠殿がいつもと変わらぬが、ほかの客人の諸将は厳しい顔で黙ったままだ。爺も少し緊張しておるほどだ。ここで下手な采配を振れば、オレはまた大うつけと謗られるであろうな。爺のことだ。そこを気にしておろう。
「引っ込みが付かなくなったのかな?」
「かもしれません。若様、すぐに関所の兵一千を動かし敵の側面を突くべきです」
ああ、やはりかずたちは普段と変わらぬか。何処に行ってもそうだな。伊勢の時も関東の時も同じだった。特にかずは飄々としておって、焦りの様子など微塵もない。戦の時ですら
メルティに至っては戦の状況を絵に描いておる始末だ。こやつらには気負いというものはないのか? 歳がほとんど変わらぬというのに。勝てる気がせん。
「関所に使いを出せ」
爺にもちらりと視線を向けるが、特に異論はないようなので、そのままエルの進言通りに伝令を出す。
松平や遠山などからオレは如何に見えるであろうな。自ら采配も振れぬうつけか? もっとも親父とて、すべてを己で采配を振っておったわけではない。
三河の時などもそうだ。エルやウルザの策をほぼそのまま丸呑みにしておった。親父が決めたのは前衛に好きに動いていいという許可を出して、夜通しで攻めよと言うただけだ。
この先、天下を統一するためにはオレは何度こうして戦に出ねばならんのだろうな。
北は蝦夷から南は九州まですべて統一するなど夢のまた夢。とはいえやらねばならんのだ。
さて、いかなることやら。
Side:ジュリア
「投石隊、大砲隊、敵に当てるな! 手前でいい。撃て!」
ここの指揮はアタシに任された。義龍でも良かったんだけどねぇ。織田一族であるアタシがいる以上は自分が下でいいと義龍が譲ったのさ。
「はっ!」
その気になれば鉄砲の的で終わりにも出来る。とはいえそれをやれば、今後のためにならない。
戦を肌で知り、経験を積むことが今の織田には必要だからね。
「当てぬのでございますか?」
「武芸も戦も流れが重要なんだよ。それにやり過ぎると敵を死兵にするからね。多少の勢いを削げばそれでいいんだよ。それに活躍の場を与えないと出番がない連中も多いからね」
この場で副将と言えるのは、やはり義龍だろう。アタシが敵に砲撃の指示を出すと少し驚いた顔をした。
ここの兵は守兵を除き四千五百。武芸自慢の奴らと陣借りの奴らがここには多い。加減をしないと一気に敵が崩壊して、追撃だけになっちまうからねぇ。
敵の統率は思ったよりいい。見知らぬ武器であろう大砲が、突然自軍の中に撃ち込まれると半数は逃げるだろうが、半数は死兵と化す恐れもある。加えてここまで戦力差があると、こちらに被害らしい被害が出るだけでも敵に勝ちを宣言されかねないからね。
投石機では焙烙玉を放って、大砲隊は木砲を撃つ。金色砲も持ってきてはいるが、使うほどの相手じゃない。
「弓、鉄砲、弩は好きに撃っていいよ。ただし雑兵はいちいち狩らなくていいからね。良く引き付けて狙うなら武士にしな」
あまり早く撃っても困る。ある程度引き付けたところで木砲が撃たれると、特有の轟音が戦場に響く。浅井の連中には初めての音だろう。勢いよく攻めてきていた前線はその音に驚き勢いが弱まるが、すぐに焙烙玉が目の前で爆発すると早くも混乱し始める。
「すず、チェリー。別動隊出すよ。慶次、ふたりを任せた」
「了解なのでござる」
「いざ進軍なのです!」
「はっ、お任せを」
さてどうするかと見ていたが、浅井は態勢を立て直して進軍してくる。ならばこちらも動くのみ。精鋭の半数をすずとチェリーに任せて東回りで側面から攻撃をさせる。
もっともまだ勢いのあるのは前線だけだね。後方は早くも動きが鈍った。この状況でやる気があるのがおかしいくらいだよ。
「鉄砲、弓、弩、大砲。あまり急がなくていい。確実に狙って撃ちな!」
「はっ!」
浅井も、なかなかやるねぇ。さすがは史実で六角に勝った浅井か。この状況で攻め続けられるなんて驚きだよ。
でも、久政。アンタは生き残れるかい? こうなった以上、あんたの首は手柄首だ。アタシは狙う気がないが、他の連中は狙っていくよ?
Side:浅井家の家臣
あれは落とせんな。城まで到達できればよかったのだが、前線の陣地でさえも落とすには無理だ。
堀と柵が幾つも見えるわ。こちらの足が止まると鉄砲の的にしかならん。味方にも鉄砲はあるが数も多くなく、また雨続きだったのでとても使えるものではない。
だが、ようやく見えて来た。もうすぐ弓なら届くはず。
「ぐわ!!」
「なっ、なんだ!!」
先陣の者どもが騒ぎだして足が止まった。愚か者が。足を止めると弓と鉄砲の的になって、包囲されれば、後は殺されるだけぞ。
「なにをしておる! 進め!!」
敵と当たる前に逃げ出そうとした臆病者を斬り捨てるように命じる。同時に、進むようにとも厳命する。先陣は抜け駆けした愚か者と余所者だ。死んでくれたほうがいい連中なのだ。
なにを臆しておるのだ! さっさと死ね!!
「申し上げます! なにかが前線に飛んできております!!」
「たわけ! なにが起きておるのか確認せんか!!」
なんだ? 噂の金色砲か? とはいえ浅井家でさえ鉄砲は高価で数が多くはないのだ。織田如きに多少銭があるからと言ってそう何度も撃てまい。
遠くでは織田の兵が、こちらを挑発するような罵詈雑言を叫んでおるのが微かに聞こえる。
家臣に確認するように厳命しつつ、早くも逃げて来た余所者をわし自らが槍で討ち取った。
織田など恐るるに足らん。わしは先代様と共に幾度も戦を重ねて来たのだ!
「皆の者! 雨がまた降り出したぞ! 天は我らの味方だ!」
ああ、弱まっておった雨が再び強く降りだした。時折響く轟音と爆発音は雨にもかかわらず止まらぬが、鉄砲は使えまい。
好機だ。このまま攻めて敵陣の後方に回り込んでくれるわ!
手傷を負った前線の者らを放置してひたすら前に進ませる。逃げれば味方に討たれると知ると余所者も逃げられなくなり進むしかない。余所者の考えることなどお見通しだ。
とうとうわしの下にも弓矢が届くようになる。ここからが本番だという時に雨は更に強くなる、しかしなぜか金色砲やら鉄砲が撃たれる音が止まらぬ。
ちっ、陣地に屋根でも設けたか?
奇襲に失敗した愚か者どもも兵の統率くらいは出来るらしいな。そのおかげで前線が崩壊しておらぬ。とはいえそもそもの問題として、連中が勝手な行動をしたせいで状況が悪くなったのだ。
まとめて死んでくれて一向に構わぬ。
「よいか! 織田の首を取れば望む褒美をやるぞ!!」
ようやく敵陣の間近に迫ることが出来た。前線の兵は無視できぬ痛手を受けたが、どうせわしの兵ではない。それにどのみち浅井は終わりだ。
ならばこのわしの武勇で新たな北近江で生き抜くしかない。
誰でもいいのだ。それなりに名のある者の首さえあればな!!
「出てこい! 織田は臆病者か!!」
足を止めぬように厳命しつつ弓の射られる者で反撃をさせて、そのまま敵の陣地の間を抜けるようにして敵の後方に急ぐ。
味方からも敵からも罵詈雑言の嵐が吹き荒れるが、敵が強固な陣地から出て来ることはない。
おのれ。織田め。このままなぶり殺しにする気か!!
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