第636話・両軍集う
Side:久遠一馬
松尾山の城。関ケ原城という仮称で呼んでいるが、ここが本陣になる。単純な守兵数は千人程度であるが、今日この時も賦役を行っているので実際にいる人員はその数倍になる。
松尾山から天満山に掛けての平地には臨時で設置した関所兼野戦陣地がある。堀と柵で守っているので、少数が東山道経由で攻めてきても問題はない。
天満山の西にある城山の天満山寄りの場所にも砦があり、また笹尾山の麓にも砦を造った。
城山の辺りは史実では大谷吉継勢が守っていた辺りで、笹尾山は史実で石田三成の本陣があった場所に近い。
主戦場が関ケ原の前になるので史実とは逆向きだが。
主力は天満山にいる。おおよそ四千百くらいか。あとは関所にも千五百程の兵を置いてある。各砦と関所には二百五十の守兵がいるが、砦の内部では賦役も続いており、工事の人員が別に入っている。
ウチのみんなだが、ジュリア、すず、チェリーは主力である天満山にいる。やはり前線に行きたいと志願したんだよねぇ。慶次や石舟斎さんたちが付いてるから問題ないだろう。
ウチの陣は城山の砦にあって、資清さんとウルザとヒルザに任せている。職人衆もここにいるから、あまり出過ぎるなと言ったけど。ケティ率いる衛生兵の本部もここだけど、衛生兵の職質上、応急処置の人員を各城砦や陣地に専任の護衛と一緒に配置している。
あと全体の兵数は一万二千ほどに膨らんでいる。美濃の独立領主の一部で呼んでもいないのに戦に加えてくれと、やって来た人たちがいるんだ。それと傭兵というか流れの足軽が近江から結構流れて来た。勝ち戦と見たことと裕福な織田なら褒美もいいだろうと期待してか、結構な数が集まったんだよね。
「やっと、来たか」
とうとう松尾山の城からも浅井方の軍勢が見えた。ウチには双眼鏡があるからね。よく見える。双眼鏡を覗いていた信長さんも今日はきちんと鎧を纏っていて、浅井方の姿に表情が真剣に変わった。
信長さん、本当はもう少し前線に行きたかったらしいけどね。エルに止められていた。今後大将として戦をするならば、全体が見えるここで指揮するべきだと進言されてね。
「浅井方、三千。ただ後方はあまり士気が高くないようでございます」
オレとエルとメルティは本陣にいる。忍び衆を統率して浅井方の報告をしているのは望月さんだ。道中の奪われるものはみんな持って逃げたからね。浅井方は兵糧が足りなくてお腹が空いているらしい。
念のため各地の賦役は中断して非戦闘員の領民や人足は避難するように指示を出している。特に女子供は乱取りで拉致される危険性がある。
関ケ原も町と言っても過言ではないほど人がいるからね。
「この陣容相手に攻めて来るとはな。天晴と褒めてやるべきか、愚か者と謗るべきか」
観戦武官の皆さんも松尾山の城にいる。双眼鏡を貸していてみんなで戦を観戦する。元気なのは北畠具教さんで、ほかの美濃の独立領主たちや松平宗家の人たちは大人しいね。
浅井方は割と統制が取れているなという印象だ。前回の三河一向衆は統制とか無縁な感じだったしさ。天満山が目視出来る場所で浅井方の進軍が止まった。
幸か不幸か、雨は降っているが小雨程度だ。さっきまで強く降っていたんだけどね。
「これは後方を塞げば、包囲して殲滅出来るのではありませんか?」
「それをやると逃げ場のない兵が死兵となるんですよねぇ。それに浅井を殲滅しても織田に利は大きくありませんので」
ああ初陣組である勘十郎君もここにいる。学校で勉強しているからか、いい読みなんだけど、退路を断つのは危険なんだよね。
この後で浅井領を占領統治するなら殲滅でもいいんだが、どうせ放置するんだから殲滅する理由がないんだ。
さて、浅井方はどうするかな。雨がまた強くなるのを待つのか。それとも勢いのままに攻めてくるのか。どうするんだろう。
正直、オレにはこんな状況でどう出るのかわからない。
Side:浅井久政
「なんと……」
「つい近頃まではなにもなかったのだぞ」
関ケ原の手前で我らは止まった。目の前の光景に皆がまるで物の怪にでも化かされたような顔をしておる。
かく言うわしも同じかもしれぬ。遠くの山には城が見える。しかもひとつではない。陣地も複数あり見えるだけでも恐ろしい数の兵がおるのが見える。信じられぬと言ったほうがよいかもしれぬ。
「いやはや、織田はずいぶんと張り切っておりますなぁ。この戦で美濃を従えるつもりなのでしょう」
ひとり元気なのは、いかなる訳か織田の事情に詳しいこの男だ。まるで我らの不幸を喜ぶようなその笑顔に家臣たちが怒りに染まる。
「おのれは! 何故そのようなことまでわかるのだ!!」
「まさか織田の間者ではあるまいな!」
「やめよ」
相変わらず愚か者ばかりだ。間者でもよいのだ。おのれらとて、いつ織田に寝返るかわからんくせに。すでに内応の約束をしておる者がおってもおかしくないのだ。
今更間者のひとりやふたり、おったとして、いかがなるというのだ。
「しかし殿!!」
「わしの命に従えぬのならば、織田に寝返るなり逃げるなり好きにしろ」
思えばこ奴らが、あの愚かな妹を許すなと織田如き敵ではないと騒いだのがきっかけ。すでに織田に内通しておる者がおってもおかしくはないのだ。
ここまで来て味方となる者を疑っては戦など出来んわ。
「間者でも誰でも構わん。わしの一世一代の戦、おのれらに見せてくれるわ」
「ほう、やはりこの状況でも戦をなさるおつもりで?」
家臣たちはわしの決意にそれ以上なにも言わなんだ。しかしこの男だけは安易に口を開く。口数が多い男など信用ならんというのに。
「当然だ。ここでなにもせずに退くなら死んだほうがマシだ。おのれは退いていいぞ。なにが目的かは知らぬがな」
「目的はござらん。拙者は伊勢亀山の関家に仕えておる家に生まれましたが、三十を過ぎても兄にこき使われるのが嫌になりましてな。家を飛び出したまで。もしお望みならば降伏の使者くらいはいたしますぞ」
「要らぬ世話だ。とはいえおのれには面白い話を聞いたので褒美をやる。あとは好きにしろ」
伊勢亀山の関家といえば、確か北畠と六角と繋がるはず。北畠か六角に頼まれたか? まあいずれでもいい。ここで死なすには少し惜しい男だ。
「織田の治世は悪くありませぬぞ。弱き者にも明日がある」
「ああ、生きておったらそれも悪くあるまい」
呆ける家臣たちを捨て置いて、この男に褒美として太刀をやる。
この男の言葉で思い出したが、わしは織田に恨みなどなかったのだ。憎むべきは斎藤山城守。だが織田は己に臣従する者を本気で守るようだ。
少し羨ましい気もする。我が浅井が同じ状況になった時に、六角はここまでしてくれるか? まずあり得ぬな。援軍くらいは寄越してくれようが、浅井は戦場で使い潰されよう。
「攻めるぞ。ここで負ければ帰る場所などないと思え! 織田も六角も朝倉も、我らを潰して北近江を手に入れるつもりなのだからな! おのれらのことなど誰も認めんぞ!!」
雨が止み始めておる。天までも織田に味方したか。
まあいい。勝手ばかりする愚かな家臣にも、わしを侮る六角も朝倉もウンザリだ。ならばここで一世一代の戦をして、目にものをみせてくれるわ!
父上。不出来な息子で申し訳ない。
だが、わしはわしの思うままに生きて参るぞ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます